二〇二四年三月二十八日木曜日 午前十一時十分
まるで別世界で聞くような恐ろしい単語に、私たちの背筋は粟立った。
それはつまり、動物を魔術で加工し兵器化したということに相違ない。悲しいかな、その惨状は容易に想像できる。魔術による兵器化で考えられる未来は、どれも総じて最悪だということだけは確かだろう。
罪のない動物たちへの悪趣味すぎる仕打ちを思うと、私も自然と眉間に皺が寄った。
「あくまで推測だ、あんたらがここで気に病む必要はない。続けるが……取り引きで使用された実物は現地で確認し、できるかぎり回収せよとのお達しだ。ちなみに、生物兵器を流したブローカーの足取りは現在捜索中……ああそれから、奴らが根城にしてるアジトも昨日のうちに突き止められた。と、大まかな情報は以上だな。何か質問はあるか?」
「なるほどね。で、いつカチ込む気だい? 纏まったところを一気に叩くか、ほとぼりが冷めるまで泳がすか……?」
わざと首を傾げた祖母が意味ありげに話を振ると、有島さんは首を振って応えた。
「いや、決行は今夜だ」
「……え!? 今夜?」
「ずいぶん予定詰め込むッスね……」
「ああ。根城は抑えて、リーダー格の男はすでに死亡、あとの数人は大した腕もねェ雑魚だ。──これ以上、こんな身の程を弁えねェマフィアもどきのチンピラにかけてやる情けも時間も必要ねェ。諸々の罪状押しつけてしょっ引いてやる」
「おお……!」
そう言って、有島さんは極悪人がするような悪ワルな顔をして、口角を上げた。
──幼馴染みとは、得てして似た者同士である。祖母はクソガキと評したが、有島さんの顔を見てようやく腑に落ちた。私がふたりを見て納得する一方、警察官としての正義感に感銘を受けたのか、瑛ちゃんの目は尊敬の眼差しに変わっている。
「もっとも……」
「?」
「あーその、なんだ。タイミングの悪いことに、今うちは若いのがふたり出払っててな。幸いにも、今回の目的は正面切った戦闘じゃねェ。だから、あまり部外者に頼るなんざしたかないんだが……目の前のお嬢さん方が、玉みてェな肌も気にせず協力してくれるなら……その、こちらとしても、すごく助かるんだが」
先ほどの頼もしい発言とは打って変わって、無理矢理捻出した文章を並び替えるような歯切れの悪さで言った。
魔術師とはいえ、元を正せば有島さんはひとりの警察官だ。大人としての良識やら矜持やらで雁字搦めになった言葉の端々から、こちらへの気遣いが見て取れる。
隣にある体温と視線を合わせて、頷く。彼の言葉を聞いて、私も覚悟を決めた。元より、これは私が持ち込んだ案件である。危険度が高いからといって、ここで手を引く気は微塵もない。
視線を彷徨わせながらも途中から覚悟を決めたのか、有島さんは苦々しく唇を歪ませながら深く頭を下げた。
「頼む。これっきりでいい。あんたらの力を貸してほしい」
「……有島さん。この件については、オレにも責任があるッス。──ここで身を引けるほど、シャバくはないッスよ」
「右に同じく!」
「ここまでぶちまけておいて言い訳がましく頼むンじゃないよ、みっともねェ。足りてねェ人の手を借りンならさっさと腹括りな」
「……協力、感謝する」
この瞬間、纏まり皆無の四人組改め、一夜限りの即席チームが誕生した。
私、祖母、瑛ちゃん、有島さん。このチームは依然魔女として、あるいは魔術師としての詳細は未知数なのは間違いないだろう。けれど、そこに今までのような不安や葛藤はない。私には漠然とした確信がある。
──今夜は、生き残る。私が魔女として生きる意味、その過程を問いかける、総決算の時間になるだろう。
「ああ、そうだお嬢さん方。ババアにはさんざん言ったし協力体制を敷いた以上見逃すが、名目があったとしても金輪際カジノに未成年を連れ立って行くんじゃねェぞ。行くなら成人してからだ」
「ハイ、すみませんでした」
「ハイ、もうしません」
それはそれとして、通常運転の強面に戻ってきた有島さんにはしっかりと釘を刺されてしまった。
どうやら昨日の祖母との口論はこのことが原因だったらしい。私と瑛ちゃんは揃って謝罪の言葉を口にした。今は厳重注意されようと、頼まれても行きたいと思えるものでもない。あの場所は良くも悪くも刺激が強すぎる。
だからこそ、せめて最低限のルールとマナーを頭に入れてから、楽しく遊びに行きたいものである。
「分かってるならいい……情報共有が済んだところで、次はあんたらの力量を大まかでいいから教えてくれ。互いに何ができるかで突入メンバーを構成する。いいか?」
「了解!」
「了解!」
「時間は半日とちょっとだ。もったいぶってないでさっさとおし」
気合の入った三つの返事を皮切りに、今夜に向けての作戦会議が始まった。




