二〇二四年三月二十八日木曜日 午前十一時五分
三分前の空気を仕切り直すように、有島さんはタブレット端末を片手に頭を下げた。
「ここに来て早々すまなかった、お嬢さん方。無駄な時間を取らせた……本題に入ろう」
「いえいえ、むしろうちの祖母がいつもすみません」
「いや、いいさ。喧嘩なんざガキの頃からずっとやってる。ババア、ここからは真面目にやるぞ」
「だったらさっさと始めとくれ。時間がもったいない」
「テメェが先に喧嘩売ったんだろうが、黙っとけ」
思う存分祖母と小競り合いをしてすっきりしたのか、あるいは喧嘩の途中で我に返ったのか、有島さんは気恥ずかしそうに頭を掻いて言う。
ここで茶化したらまた話が拗れそうな気配を察して、私たちも多少の文句を飲み込み続きを促した。
「まず、東南アジア支部から朗報だ。連中の正体と来日した理由が分かったぞ」
「連中って……まさか、例の魔術師集団ですか?」
「ああ。敵さん、元より魔術結社どころか、マフィアと呼ぶのもおこがましいチンピラ集団だったとさ。だが、チームを牽引していたリーダー格の男がそれなりの腕利きだったのが災いして、見事勢いのまま成り上がったって今に至るわけだ。ここまではいいか?」
「あのー有島さん。話の腰折って申し訳ないんスけど、魔術結社って何のことッスか?」
「ん? ああ、読んで字のごとく『魔術的秘密結社』のことだ。失われた魔術体系の復活、その他諸々を主目的とした魔術組織を指す単語だが……まァいい、続けるぞ。来日目的はとあるものの引き渡し。取り引き終了後の一週間はかなり派手に遊んでたらしいな。おかげで証拠隠滅や魔術の隠匿にいたっては三流もいいとこ。大枚はたいてまで買った商品が手に入り、引き渡しも無事終わって有頂天になってたんだろうが、ちょーっとおいたが過ぎたな。後腐れなくぶっ潰せるぜ」
隠しもせず露呈した好戦的な感想とともに、有島さんの手により新たな情報も明らかになっていく。
魔導公安機関、各地に散らばる複数の支部。魔術結社と呼ばれる魔術師たちによる組織体制。多額の金を注ぎ込み、来日してまで望んだ取り引き。穴だらけだったパズルのピースがどんどん埋まっていくのを感じる。
テーブルに置いたタブレットを動かしながら、有島さんが思い出したかのように顔を上げた。
「そういえば、昨日の報告に『賽子の行方を占っても何も分からん』って話があったな。それについて考えられる可能性がいくつかある。ひとつは、何らかの手段ですでに破壊された可能性。もうひとつは、賽子をはるかに上回る魔力波で賽子の持つ魔力波を掻き消されてる可能性がある」
「……? でも、それって変じゃないですか? だって、話を聞くかぎりその人たちって魔術師としては大したことないんですよね? 魔法道具の探知ができないってことは、魔法道具と同等かそれ以上の技術が向こうにもあるってことになりません? たとえばステルス機器みたいに、特定の魔力をジャミングできる道具があれば話は別ですけど──あ、もしかしてそういうことか?」
「大方姫さんの言う通りだ。そこで、とあるものが深く関わってると俺たちは睨んでる」
「とあるもの……分かった! 取り引きの内容のやつッスね?」
揃えられた情報で大まかな推理を立てる私と、閃いた瑛ちゃんが前のめりになってともに解答を催促する。
そして、有島さんは淡々と肯定した。
「ああ。最後まで断定には至らなかったが……魔力反応の規模から推測するに、中身は魔術的な生物兵器だと考えられる」




