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二〇二四年三月二十八日木曜日 午前十時五十四分

 今日も無事に、いつもの朝を迎えられた。



「はよ~……ッス。ふたりとも、朝早いッスね……寝坊してすんません」


「おはよー瑛ちゃん。よく寝れた? コーヒー淹れたけど飲む?」


「うーん、いつもよりかなり! コーヒーもありがたくいただきまーす」



 ──訂正、いつもの朝ではなく、今日は瑛ちゃんがいた。

 疲れを解すように伸びをしながら瑛ちゃんがリビングに入ってきたので、朝食を共にする。聞けば、彼女も朝はパン派らしい。ひとまず昨日の帰りに衝動買いしたパンを並べて食べる。やはりパン派の王道はシンプルにトーストだろう。こんがり焼けてざらついた食パンに溶けたマーガリンが染み渡るのを待ちきれず、私は一口齧った。



「ん~実家のような安心感……ビジホ暮らししてた頃が遠い昔のよう……」


「そういえば、瑛ちゃんの実家ってどこなんだっけ」


「ん? あれ、言ってなかったっけ? 仕事場もそうッスけど、実家もギリ中華街にあるんスよ。そこそこ安くてそこそこ美味いとはよく言われるッス」


「……え!? ってことは実家って中華料理店!? どこどこ行ってみたい!」


「そうそう~ってか食いつきスッゲ。少なくともオシャレなカフェではないし、JKひとりで入るような店でもないんスけど……?」



 瑛ちゃんのバックグラウンドについて話したり、普段はあまり口にしないおかずパンの内容を論じながら、熱いコーヒーを呷った。

 いつもより少し姦しい朝食を堪能している途中、祖母から「駄弁ってないで働け」と鋭い小言が飛んできたので、分担して洗濯と掃除を終わらせ、溜まっていた朝の仕事を片づける。

 各々リビングでのんびりしていると、突然インターフォンが鳴り渡った。



「……ようやく来たか。茉楠、出迎え頼ンだ」


「はーい」



 時計の針が指し示しているのは午前十一時、五分前。件の警察官が訪問してくる時刻である。

 ──曰く、祖母とは旧知の間柄、浅草で暮らしていたときの幼馴染みだという。口が悪く態度も悪く、二言目には口煩い売り言葉を吐き、中身はクソガキの中のクソガキ──らしい。いかんせん祖母の目線で語られる人物像だからか、偏見と脚色強めの表現で本来の姿がほとんど見えてこない。この言葉が真実かどうかは、本人に会えばすぐ分かるだろう。

 私は小走りで来客用のスリッパを用意した後、サンダルを引っかけながら玄関のドアを開けた。



「お待たせしましたー……」



 私は、玄関の外に立っていた人物を見やる。

 ──例えるなら、老齢の狼のような男性だった。見たところ、推定年齢は五、六十代。見る人を遠ざけるような厳めしさを感じる。ほどよく鍛え上げた体躯は紺色のスーツに包まれ、中心には差し色のような赤いネクタイが飛び込んでくる。年季を感じさせる白と灰の入り混じった短髪は、かつて日本に実在したハイイロオオカミの硬そうな毛並みを彷彿とさせた。

 その筋一本で生きてきた腕利きの刑事(デカ)のような男性は、こちらを視界に収めるとどこかぎこちなさを残しながら口を開く。



「あー……どうも。あんたが例の姫さんか?」


「へ?」



 どこかで聞き覚えのあるようなおかしなフレーズに、私の思考は思いきり引っかかる。

 しかし、目の前の人物に言われるような心当たりは何もない。おそらく件の警察官が目の前の彼なのだろうが、念には念を入れよう。

 私は彼に尋ねる。



「……すみません、どちら様ですか?」


「あーっと、失礼。あんたとこうやって会うのはこれが初めてか」



 私は訝しむような空気を隠さず、男性に正体を明かすよう催促する。

 すると、彼は懐から手帳らしきものを取り出し、私の目線に入るよう見せつけた。



「初めまして、異端犯罪対策室(いたい)室長の有島(ありしま)賢次郎(けんじろう)だ。よろしく」


「は……初めまして、鈴木茉楠です」



 圧縮された情報に気圧されながらも、私と有島さんは互いに握手を交わした。

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