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二〇二四年三月二十七日水曜日 午後二十一時三十二分

 今夜の肝だった情報収集は何事もなく極めて無事に、つつがなく終わらせることができた。

 煌びやかでほのかに危険な香り漂う地下世界から足早に立ち去った私たちは、小休憩を兼ねて山下公園のベンチでまったりすることにした。



「かんぱーい! 今日はお疲れ様ーッス!」


「お疲れでーす」



 到着する途中、気づけば祖母の変身術が解けていたらしい私は、もはやそれどころではなかった。

 ──端的に言うと、疲れた。祖母がいつになく念押しするものだから、いつ何が起こって正体が露見するものかと無駄に気を張ったのが原因だろう。できれば、こうやって人を騙すようなことはあまりしたくはない。瑛ちゃんの友人には悪いことをした気になってしまう。

 外部の魔術師たちについては未だ情報不足、事情不詳としか言えないが、それでも分かることはある。どんな場所でも、事件が起こったとき迷惑を被るのは、何も被害者ひとりに限ったわけではない。それが自分たちの知覚の外で行われているのであれば、その不安と恐怖の大きさは計り知れない。すべてが片づくまで、彼もまた元の日常へ戻れるよう尽力しようと思う。

 春を迎えた夜空の下、私はコンビニで瑛ちゃんに奢ってもらったホットカフェラテを呷った。慣れないことをしたせいか、冷や汗と緊張でガチガチに固まって干からびた体を解すように、舌から優しく温めるふんわりと優しい味が口に広がった。苦みのある格調高いエスプレッソの香りと、スチームミルクのふわふわした甘さは、喉も心も癒してくれる。


 不思議なことに、こういう夜には闇色のブラックコーヒーではなく、キャラメル色のミルク入りコーヒーが飲みたくなる。


 ここにはないが、ひと手間加えてキャラメルソースをかけるとなお最高だ。ねっとりと舌に絡みつくような甘さは、普段口にしないからこその贅沢感を味わえる。



「……」


「……」



 波の立たない静寂は、より肌寒さを覚えさせる。私は寒さを紛らわせるように、隣の友人へ話しかけた。



「瑛ちゃん、確かお姉さんがアイドルやってるって言ってたよね。瑛ちゃんは芸能界に興味はなかったの?」


「う~ん……特には? オレはダンスができて楽し~程度で、それを将来に活かそうとは思わなかったなァ」


「……もしかして、ダンス部所属だった?」


「せーかい! 姉貴とは食べるものも着るものも趣味が合った試しがなかったけど、ダンスだけは別で。一年のときの部活動紹介でダンス部のパフォーマンス見て、揃って入部届出しに行ったなァ……」



 瑛ちゃんは、青春の日々を思い返すようにしみじみと言う。



「じゃあ、占い師をやり出したのは、大人になってから?」


「そうッスね。最初はリトルさんの……あ、オレのゲーム友達で魔女の前任者だった人なんスけど、あの人の影響と激押しプッシュがあってやり始めたんスよ」


「リトル……ってことは本名じゃなくてユーザー名?」


「そうそう。リトル・シープボーンって可愛い名前で、最初はMMORPGで遊んだときに知り合って、そこからオンライン上の卓ゲーを三年ちょっと……」


「そんなに前から知り合いだったの!?」



 インターネット上のメッセージだけで三年間やり取りするとなると、よほど趣味の合うネット友達だったのだろう。

 私は顔の見えない友人を想像してみたが──やはりと言うべきか、あまり実感が湧かなかった。想像力の欠如が原因か、実際にネット上の友人がいないせいだろうか。

 私は、湧いてきた次の疑問を口にした。



「瑛ちゃんは、占い師になって何か変わった?」


「正直なところ……自分じゃ、よく分かんねッス。この仕事やり始めて、微々たるもんだけどお客さんも増えて、人生に満足してて、少しずつ前に進んでる、はずなのに……上手く言えないんスけど、一番の友達がきっかけで始めたから、今自分がやってることに対してなおさらやるせないっていうか、悔しいっていうか、情けないっていうか……少なくとも、人目を盗んで壺振るために生きてるわけじゃないんだよなーって。そういう小っちゃい不満が、だんだん、塵みたいに心の中に積もっていって……あーごめん! なんかセンチなこと言っちゃって。いつもなら、こんなこと人に言ったりしないのに……」



 私の問いかけに対するその答えは、彼女が抱え続け、誰にも打ち明けることのなかった弱音だった。

 けれど、同時にそれは現状への大きな不満の現れでもある。もしかしたら、周囲に対する焦りも含まれているのかもしれない。

 自分の将来を想像したときに付き纏う、漠然とした不安を感じる気持ちは、私にも身に覚えがある。

 ──いっそ、普通の女の子みたいな人生を送りたかったと、泣いた日があった。けれど、私の十七年の時間を何度振り返ろうと、いっそ清々しいまでに他人と同じだと共感できるものはなかった。

 私は、私の人生の中で──ただのひとつも、自分と同じものだと自惚れ、驕れたことはない。

 異なるものは個性だけ、同じものは悩み方だけ。それでもなお、誰にも共感を得られない夢が先にあるのならば、その夢に対する解答の方法も、自分の手で好きに形を変えていく他ないだろう。


 私は、ただひたすら自分が抱いた夢と憧れに向き合い、今も自分なりの解答を探し続けている。


 憧れるものが身近にあったからこそ、その重さに圧し潰されかけた。自分の無力と才能のなさに心を焦がされた。些細なことに躓いて、そのたびに泣いた。できることよりできないことの多さに悩んだ。どこで何をするにも行き当たりばったりで、未来への保障なんてどこにもない。

 ──だからこそ、そこには唯一無二のオリジナリティが生まれるチャンスを秘めていると、私は信じられる。



「……ううん、いいよ。その話、もっと聞きたいな」


「え?  そ、そういうもんスか……?」



 だからこそ私は、醍醐瑛というひとりの個性(はな)の美しさを肯定できる。

 彼女もまた、私と同じように悩み苦しみ、人生という路頭に迷うひとりの人間なのだから。

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