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二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十九時十二分

 祖母が例の警察官と長話、改め売り言葉に買い言葉な言い争いを始めたので、手が空いた私と醍醐(だいご)さんは夕食作りに勤しむことにした。

 醍醐さんに食べたいものがあるか聞くと、即答でカレーという答えが返ってきた。そういうわけで、私はバターチキンカレーを、醍醐さんは中華サラダを作ってもらっている中、私の心中で事件が発生する。



「マーちゃん先輩、できたサラダは冷蔵庫に入れといた方がいいッスか?」


「あ、はい。それでお願いしま──先輩?」


「はい! 魔女歴じゃオレの方が先輩なんスけど、何も分かってなかった身の上で先輩を名乗るのはおこがましいと思い知ったんで、今日から気持ちを改めて勉強させていただきます! 何卒(なにとぞ)オナシャス、先輩!」


「は、はあ……」



 生まれて初めてあだ名で呼ばれることの衝撃に慄きながら、共同作業を通じて親交を深めていく。

 よほど身体(からだ)がカレーに飢えていたのか、味見の段階でゴマすりを疑うほどべた褒めされたときは、さすがにどんな顔をすればいいか分からなくなった。醍醐さんの善良に満ちた優しさと誠意が眩しい。自分でもなんだが、かなり変な顔をしていたはずである。他人に手料理を振る舞ったのは家庭科の授業以来だったので、酷評されることを考えればかなり心持ちが楽だった。

 話を終えた祖母を呼んで、数年ぶりに三人で食事を囲む。



「それにしても(あね)さん、お孫さんのことマジで誇らしいッスよね。むぐ、オレより年下で察しよくて料理も上手いし、あーウマ、頭もいいッスよね~こんな孫いたら可愛くて仕方ないでしょ?」


「孫への賛辞なら受け取るが、まず食うか褒めるかどっちかにしな」



 私を褒め殺しにしたいのか、醍醐さんは食事中も勢いを止めず祖母にも話しかける始末である。

 醍醐さんの噓偽りのない本気の褒め言葉にだんだんいたたまれなくなってきて、私は冷たいお茶で喉の渇きを潤す。

 私がクールダウンしている途中、推理の途中でお蔵入りにしてしまった「醍醐さんが魔女になった根本的な理由」が話題に上がった。



「そういえばマーちゃん先輩とも話してたんスけど、結局なんでオレが魔女になってたのかよく分かんなかったんスよねェ……リトルさんが何を思ってオレを魔女にしたのか最初に聞いてりゃ、ふたりの手を煩わせることもなかったんスけど」


「そりゃあアンタ、元々魔女の後継として見ちゃいなかったンだろうさ」


「? なんでそう思うの?」


「ジジイがまさにそうだったからね。アイツは最初(ハナ)からアタシを魔女にするつもりはなかったンだ。当然、愛莉華(えりか)や茉穂もね」


「え、そうなの!? ……?」



 突然の祖母のカミングアウトに驚きつつも、私は徐々にその発言内容の違和感に気づく。

 この話が事実なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。

 通常、弟子を取るということは、自分が持つ技術を後の世代に継承することだろう。現代では事例が少なくなりつつあるが、それが親族であればなお都合がいい。百歩譲って祖母ならまだしも、実の娘や長女の孫ですら後継者にするつもりがなかったのであれば、祖父は何のために祖母を弟子にした上で、私を後継者に選んだのだろうか。

 祖母はカレーを一口頬張った後、ビールを喉に流し込んで一息ついた。



「アタシらの場合だが、出会いがちょいと特殊でね。魔女の師弟関係はあくまで口実だったのさ」


「口実……って、何のための?」


「ジジイが殺さないための、もしくはアタシが殺されないための」


「へ?」


「……は?」



 今度は殺伐とした単語が飛び出し事故を起こした。

 こちらの情報処理が終わらないのをいいことに、祖母は畳みかけるように話を続ける。



「……我ながら情けないし、思い出したくない類の話だったンでね、率先して言いたくはなかったが……簡潔に言うと、アタシがひょんなことでジジイの秘密を知ったせいで、殺されかけただけさ。ただ、あの状況で殺し殺されから逃れるためには、無理矢理にでも師弟関係を結ぶしかなかった。アタシがこの世界に飛び込んだ理由の九割は事故みたいなもンで、()()()()()()()()()()()()さ。アタシは元々、魔女とも魔術師とも何ら無関係の、一般家庭の出だったのさ」


「そうだったんスか!? 人に歴史ありッスね……」



 初めて知らされた祖父母の馴れ初めと鈴木家の始まりに、私の脳内は急速に破裂寸前である。しかし、今までの態度や言動を鑑みれば、これ以上にない説得力があった。

 夫婦というよりは戦友で、師弟というには恋人に近い。長年疑問だった謎の関係性が、ようやくはっきりとした形で浮き彫りになった気がする。最初の出会いこそ最悪でも、そこから濃密な時間により育まれる関係と、血よりも強い絆の一端が言葉の端々から漏れ出ている。漫画やフィクション作品でよく見るラブロマンス的展開だ。聞いているこちらも、自然と頬と胸が熱くなった。

 祖母もまた、祖父に劣らず波乱万丈な人生を送ってきたらしい。



「あ、待って待って。残りの一割は?」


「……分かりきったことなンざ言わせンな。恥ずかしい」


(ノーコメントは言ってるのと同じなんだよなァ……)



 私が小さな疑問を問えば、祖母は露骨に目を逸らしてぶっきらぼうに言い捨てる。

 隠せていない照れ隠しの様子から、惚れた弱みに時代も国境も関係ないことがよく理解できた。

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