二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十六時四十三分
閑話休題。
変なタイミングで毒気を抜かれたところで話を一区切り付けたのか、祖母は電子タバコを咥えてゆっくりと白い煙を吐き出した。
「フー……で、アンタこれからどうすンだい」
「え?」
「これ以上事を荒立てるつもりはない、かといって謝罪しようにも仲間ハジかれたマフィア野郎は聞く耳を持たない。ひとりで解決すンなら八方塞がりだ……何か、アタシらに言うことがあンじゃないかい?」
「! ……はい。この期に及んでっていうのは、百も承知です。それでも、オレはこのためにここへ来て、頭を下げに来ました」
そう言って、醍醐さんは美しい土下座からようやく立ち上がる。
正座から佇まいを改めた醍醐さんの表情は、数十分前と比べて憑き物が落ちたかのような爽やかさを内包していた。
「改めて……お願いします! 報酬はできるかぎり上乗せさせていただくので──専門家であるアナタたちの力を、貸してください!」
至極真面目な顔つきと輪郭がはっきりした声音で、醍醐さんは深く頭を下げた。
私は祖母と顔を見合わせて、頷く。頭を下げられるまで人の事情に深入りしておいて、あっさり見捨てるような真似をするほど、私たちは冷酷非道ではない。地元の土地に血を流させないためにも、新たな魔女の身を守るためにも、私たちが動かない道理はないだろう。
すでに腹は決まりきっているだろうに、意地悪な祖母はわざとらしくため息をついて唇を開いた。
「……このままじゃアンタ、ソイツらのために腹でも切りかねないからねェ。仮にも魔女の名を頂く側としては、同じ国で生まれた同胞を見捨てるのも忍びねェ」
「! そ、それじゃあ……」
「その依頼、アンタの命知らずな度胸とまっすぐな誠意に免じて承った。ただし──茉楠!」
「へっ、はい!?」
「元はと言えばアンタが持ってきた依頼だ。フォローはこっちでしてやるが、アンタが責任取ってハナタレに付いててやンな。今回は討伐任務とはわけが違う。立ち回る相手は腐ってもマフィアだ。根城が分かり次第、一気呵成に叩き潰して警察の縄にかけてやりな!」
道理の通った威勢のいい祖母の言葉に、当然断る理由は皆無である。私は深く頷いた。
「よゥし、そうと決まりゃさっそく情報収集だ。アタシは今から知り合いの警察に大まかな事情を伝えて動いてもらう。瑛、アンタは今日からここで寝泊まりしな。実家に帰るよかよっぽど安全だろうからね。茉楠は瑛に茉穂の部屋を案内しておやり。先に衣食住を調えて、飯を食ってから今後の方針を話す。今は体を休めてな」
「ッス。よろしく頼んます!」
「了解……あ、そうだ」
祖母の指示を咀嚼している最中、私はふたりの会話で得た情報を思い出した。
祖母もどこまで気づいているのかまでは判断できないので、私は大して気負わずに忠告を口にする。
「おばあちゃん、その知り合いの警察官に連絡取るなら、例の海外マフィアは魔術師集団の可能性が超高いって言っておいて。話を聞くかぎり、向こうの狙いは醍醐さんの魔法だろうし、だとしたら相手は魔術師だと思うから」
「ハハッ、アンタも気づいてたか。言われなくても伝えるさ、瑛を野放しにした時点でどうせろくな腕もない相手だろうからねェ」
「……え? え!!?」
「じゃあ、そっちはよろしく。醍醐さん、部屋はこっちです」
ひとりだけ何も気づいていないらしい醍醐さんを連れて、私はリビングを後にする。
それにしても、本当に醍醐さんを旧姉の部屋に案内していいものやら、若干複雑な心境だ。ふたり揃って背格好が似ているのもあって、これでは数年ぶりに姉が帰ってきてくれたかのように錯覚してしまうではないか。姉恋しさにほんの少しだけ気持ちが揺らぐなんて、醍醐さんにも失礼だ。こんな調子では明日から先が思いやられてしまう。
元より、見る目の厳しい祖母がここにいて良しと判断したのだ。部屋にはクローゼットに残された私服以外の持ち物はないとはいえ、あの祖母があっさり許可を出しているので、特に問題はないのだろう。
「あ、あの」
「はい?」
「さっきの、なんで分かったんスか!!? オレを探してる相手が、その……魔術師? って! 根拠は!? というか魔女とか魔術師って実在してたんスか!? そもそもなんであの人、オレを見ただけで魔女って分かったんスか!? 何か知ってます!?」
私が件の部屋に入ろうとしたとき、醍醐さんはここぞとばかりに捲し立てた質問攻めを浴びせてきた。
聞きたい、知りたいというその気持ちは痛いほどよく分かる。疑問と不安の入り混じった顔に免じて、私はなるべく分かりやすい説明を組み立てながら、興奮状態の醍醐さんを落ち着かせようと努める。
いつもとは違う立場にどこか得意げな気分になりつつ、私は醍醐さんを見やった。
「まあまあ落ち着いて、順番に説明してきますから。えっと、まずはですね──」
これから醍醐さんが寝泊まりする部屋の準備を用立てながら、私は先ほどの推理を披露した。




