二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十六時三十六分
──事の経緯は、三月十七日に遡る。
元々、醍醐さんは横浜中華街で双六盤を使った風変わりな占い師として、実家の手伝いをしながら細々と日銭を稼いでいたらしい。
数年前、高校時代の友人のひとりから、半グレ仲間と贔屓にしている地下賭博場で壺振りの代役をしてほしい──と依頼された。当初は乗り気ではなかったものの、占いの宣伝をさせてくれるなら、という交換条件を提案したことで依頼を承諾した。
見よう見まねで壺振りを披露し、ついでに本業である占いの宣伝をしたところ、占いがかなりの高評価を得たらしい。友人の頼みであることもあって、その日から時々賭博場に顔を出すようになったそうだ。
事件のきっかけは十七日の夜に起こった。いつものように壺振りの仕事をこなしていたところ、最近店の常連になったらしい海外マフィアの構成員にイカサマを疑われてしまったらしい。理不尽ないちゃもんをつけられて一方的に殴打された挙句、賽子を奪われて店を追い出されたそうだ。賭博場での乱闘はご法度らしいが、相手が訛った英語しか話せなかったせいで、ろくに会話も成り立たなかったという。幸いにも拳銃を持ち出されなかったのもあって、その日は比較的穏便に済んだようだ。
──それから一週間後、件の賽子を強奪した構成員が突然死したという話を、街で偶然耳にしてしまったらしい。
おそらく、何かのタイミングで魔法道具である賽子の有用性に気づき、欲に溺れるように何度も使ってしまったせいでうっかり魔法に過干渉してしまったのだろう。不憫だが自業自得だと思った。
不幸にも、他の構成員は不審死に関わっているであろう賽子の持ち主である男を、現在も血眼で捜索しているらしい。それを知った醍醐さんは、見つかれば命はないと確信を得てしまった。ここまで事態が悪化してしまえば、どの面下げて賽子を返せ──などと悠長な戯れ言を口にできるだろう。
もはや、口八丁手八丁で解決できるような状況ではなくなってしまった。下手を打てば地元が戦争の舞台になってしまう。
「──で、自分じゃもうどうにもできないから、その海外マフィアの目から逃げ回りつつ、占いで助けを得られる相手を探してここへ来た……と」
「英語なら仕事柄まだ全然分かるんスけど、それ以外はマジで終わってるんス。ましてや訛りとか無理ゲーでェ……だから命乞いとか謝罪とか通じなくてェ……通じても許してもらえそうにないけど……」
「ったく、占い師のくせに運のないヤツだねェ。そこいらチンピラならまだしも、話の通じねェ海外の犯罪組織に目ェ付けられるとは。マ、経緯はどうあれ、これはアンタの危機感の薄さと管理ミスが招いた死だ。死ンだヤツァ魔術じゃ生き返らないし、零れた水は皿に戻らない。まずは動かぬ現実を受け入れな」
「ううううん……」
「情けない声出すンじゃないよ、やっちまったもンはやっちまったンだ。……いつまでメソメソしてンだい。ったく、魔女が聞いて呆れるよ」
微動だにしない土下座をしながら唸るようにすべてを白状した醍醐さんに、祖母は無慈悲な正論を叩きつけた。
ひとまず、醍醐さんが置かれている状況はすべて理解できたと思われる。人死にが出てしまった以上、相応の代償を払わなければ和解など泡沫の夢。ひたすら最悪を更新し続けている事態を収束させるには、ある二点を押さえることがマストだ。
ひとつは不幸の元凶である賽子を回収、あるいは破棄すること。もうひとつは、マフィアたちの戦意を挫く、ないし痛み分けの状態に持ち込むこと。
幸い、この二点であれば私たちでも解決できるだろう。惜しむらくは、私が魔法や魔術を駆使しても死者を蘇生させることができないことだ。たとえ魔女であっても、過去に起こしたことをなかったことにはできない。疑いようもなく当たり前のことであるはずなのに、そんな簡単なことでさえすぐ見失ってしまうのは、私が魔法や魔術による奇跡を見つめ続けているせいだろうか。
そこで、ふと思いつく。魔術では不可能でも、魔法があれば死者蘇生は可能なのではないだろうか、と。
──しかし、同時にそんな浅慮な考えは数秒で打ち消された。そんな人類の夢が形になったような魔法が実在するのであれば、祖母はとっくの昔にそれを使っているはずである、と。
(……今のは忘れよう)
愚かな思いつきを勝手にひとり恥じて、私は小さな妄想をそっと胸の裡に仕舞い込んだ。




