二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十六時二十九分
「何ィ? 賽子なくしたァ?」
「正確には殴られたときに盗まれて、その後行方不明になったらしいんだけど……盗った人の顔は分かってるんですよね?」
「は、はい……」
外で軽く聴取した後に醍醐さんを家へ招き入れ、私がクッション役になるよう祖母に事情を説明した。
勝手なことをした自覚はあったので、確実に怒られると覚悟はしていた。しかし、意外にも祖母は目くじらを立てることはなかった。当然、相手が魔女であることも伝えたが、祖母は不可思議そうに眉をひそめるだけで終わった。
醍醐さんをリビングへ通し、向かい合って座ったテーブルで私はふたりのやり取りを静かに窺う。
「何百回も占ってんのにまったく探知に引っかかっらないんス……一応予備はあるんスけど、仕事道具だし、できれば回収したくて……というか、もうこれ以上どこ探せばいいか分かんなくて……」
「で、助けてくれる相手を占った結果、アタシらを頼ってきたと」
さめざめと弱音を垂れ流しながら、醍醐さんは首肯する。
大雑把に事情を共有したはいいものの、話を聞いた祖母の機嫌は目に見えて悪化の一途を辿るばかりだ。
項垂れる醍醐さんを見て、祖母は細い眉を一層釣り上げながら目角を立てた。
「……臭いねェ」
「え?」
祖母が何かを呟くと、こちらを威嚇せんとばかりにテーブルを強く叩いた。
「きな臭ェっつってんだ。──さっきから黙って聞いてりゃアンタ、何が目的でここに来た?」
「え……」
「……!」
「アンタの占いの腕は知らんが、確かに失せ物探し程度ならアタシらの方が手は広い。餅は餅屋ってねェ。──だが、たかが賽子ひとつでこの世の終わりみてェな顔してアタシらを頼るようなヤツァ、大抵何かやらかしたって相場が決まってる。つまり、アンタは意図的に都合の悪い情報を伏せて喋ってる。っていうことは、大方その失くした賽子ってヤツは、アンタが作った魔法道具ってとこだろう?」
「魔法道具って、確か……」
昔聞いたことのある単語の連続に、私は思わず疑問を挟んだ。
祖母は醍醐さんを睨みつけたまま、厳しい声のまま祖母は続ける。
「茉楠」
「はい」
「いつか言ったかもしれないが、アタシたちは魔女が作成したものを魔法道具、魔術師が作成したものを魔術装具と呼び分けてる。なぜこれらを、わざわざ呼び分ける必要があると思う?」
後半の言葉をやたら強調しながら、祖母は私に視線を投げかけてきた。
祖母の問題提起を受けて、私はよく考えてみる。まず、魔女と魔術師の決定的な相違。絶対に埋めることのできない差異。魔女にはあって、魔術師にはないもの。
「……根本的に基本性能が違う。魔女が作るものの方が、魔術装具と比べてずっと強力だから?」
「八十点。弟子歴二ヶ月ちょいにしては飲み込みがいいねェ。マ、これもジジイの英才教育の賜物か」
「は、八十……」
「いいかい茉楠、あと二十点分の補足をするよ。──魔術師が魔術装具を用意するのは、あくまで戦闘や研究諸々の補助装置として使う機会が多いのさ。魔術師のために作られた補助装置なら、当然魔力を通さなければ動かない。作動させるために魔力を流すことが大前提である時点で、魔力炉心を持たない一般人には当然使用できない。何も分かってないヤツからすれば、魔力炉心の有無は一種のセーフティさ。悪用される可能性が一気に減るからね」
祖母は一度息を吸い込んで、さらに続けた。
「だが、魔法道具は違う。魔法道具には初めから魔力が込められてる。魔女も魔術師も一般人も、使用するだけなら誰でもできる。ただ『使いたい』という、意識のスイッチのオンオフを切り替えるだけでいいンだ」
そこで、祖母の細い指が一本だけ顔に寄せられる。
「さて、魔女が作った魔法道具……それもろくに制御できてない、魔法の力で作られた核爆弾に匹敵する危険物を、魔力炉心どころか何の魔術耐性も持たない一般人が使えば──どうなると思う?」
そのとき、私はかつて祖母に言われたことを思い出した。
魔法には厳重かつ正確な制御が求められる。最初に魔術を習い始めたとき、祖母が右も左も理解していない未熟者の私に忠告したのは、不用意に相手を死なせないためだった。
──つまり、祖母が言いたいのはそういうことなのだろう。
「ま、さか……」
「そのまさかさ。醍醐とか言ったか? ──アンタ、その賽子で人を殺したね」
「殺してない!!!!」
醍醐さんと出会ってから初めて聞いた、鋭く強い、否定の声が空気を裂いた。




