二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十六時二十三分
すらりとした長身痩躯を覆い隠すようなカーキ色のブルゾンやパーカー、ダメージジーンズ姿は、近所の商店街で歩いても特に違和感のない洒落のあるラフスタイルだった。一度見たら忘れない、特徴的なツーブロックのマンバンヘアと健康的な小麦色に焼けた肌をした顔には、両目を覆うような飴色の丸いサングラスがかけている。
主観的な意見になるだろうが、今どきのかっこよさを形にしたかのような青年だった。しかし、普段の私であれば間違っても声をかけられない風貌の身なりをしていたため、その見た目のインパクトは言葉を紡げなくなるほど絶大である。
加えて、おそらくこの人物が例の魔女──なの、だろうか。
改めて、もう一度目の前に迫りくる人物を見やる。──本当に、彼が例の魔女なのだろうか。
魔女とヤンキー、ヤンキーと魔女。とにかく、絶対に両立するはずのないふたつの要素が目の前に現れた衝撃のせいだろうか。前科もあってだんだんヤマトの分析が真実かどうか疑わしくなってくる。なんということだ、大事な場面に限って身内の日頃を行いを疑うことになろうとは思わなかった。
しかし、引きこもりなヤマトがわざわざ外に出て私に警告してきた事実を考えると、このタイミングで笑えない嘘をつく理由はないと思われる。住宅街で派手に戦闘が起こるようなことがあれば、祖母も引っ張られてくるのは時間の問題だろう。
ヤマトが上空で大人しく待機している以上、ひとまずはタレコミを信じることにした。
「……キミ」
余計なことをつらつら考えていると、件の魔女は私の目と鼻の先まで迫っていた。
ここまで来られてはもう逃げられないと悟り、開いていた喉は緊張と焦燥で急速に閉じていく。
「ア、ハイ」
「キミ、そこの鈴木の家の人であってますよね?」
「あ、いえ全然違います」
やたら熱の篭ったハスキーボイスが顔面に降りかかる。その上、青年の若干目が血走っているようにも見えた。
無理矢理両肩を掴まれて身動きが取れなくなった私は、切羽詰まったようなプレッシャーに気圧されて咄嗟に細い嘘をついてしまった。我ながら取り繕うのが下手すぎると痛感する。
すると、私の態度を見て火に油を注いでしまったのか、さらに肩を掴む両手に力が篭った。
「嘘だ!! ねェ!! ホントのホントに鈴木の家の人ッスよねそうですよね!!? オレ見たもん家から出たとこちゃんと見たもん!! 何回も占ったし確認したし!! 服だって家を出たときと同じだったし!!」
「ちょ、いや……」
「お願いですからとにかく話を聞いてください!! 確かに家まで後を尾けちゃったけど誓って怪しい者とかじゃないんス!! このご時世に占いとか信じられないかもしれないんスけど、キミ以外にもう他に頼れる人がいな」
「話を聞いてほしかったらひとまず離してください。警察呼びますよ」
「それだけは本当に勘弁してください!! ごめんね怒んないで!!?」
聞こうという姿勢はあったのだが、いざ聞いてみるといまいち話が見えてこない。とりあえず心を鬼にして、どこか要領を得ない腰の低いヤンキー風の青年を宥めすかす。
気が動転しているとして思えない青年には一度冷静になってもらい、強く掴まれた両肩を引き離してもらった。
「スー……ハー……出会い頭に、いきなりすんませんっした!」
いろいろと気持ちを整理してもらったところで、青年は深く頭を下げた。
「初めまして、オレは醍醐瑛っていう者です。絶対に怪しい人ではないですので、警察はマジでやめてください」
「あ、はい、どうも。私は鈴木茉楠です」
「マナさんッスね。よろしくお願いします」
互いに差し出された右手を取って、握手を交わす。
対話の準備が整ったところで、私はつい先刻の疑問を口にした。
「それで、なんでわざわざ尾行を? あと、私の家に何のご用が──」
しかし、そんな和やかな空気が続いたのはほんの一瞬だった。
ここが公共の場であることを一瞬忘れるほど、青年──醍醐さんは勢いのある美しい土下座を披露した。
「お願いします。──できることなら何でもするので、助けてくださああああいっ!!!!」
「…………は?」
お手本にしても遜色がなければどこに出しても恥ずかしくない、完璧な土下座である。
雨と雲が過ぎ去った、小春日和の暖かい夕暮れ時。──他人の渾身の命乞いを聞いたのも、ましてや土下座されたのも、短い人生の中でこれが初めてだった。




