二〇二四年三月二十七日水曜日 午後十六時十七分
手芸部に所属していた先輩たちの卒業式もつつがなく終わり、いよいよ本当の春休みが開始した。
新学期までおよそ二週間。必要なものは新しい教科書を購入するまとまったお金と、ほんの少しの予習復習のみ。しかし、そんなことなど今は後回しだ。高校生最後の春休みこそ、初日のスタートダッシュが肝要である。
──とりわけ今日は、朝からフルスロットルの半日だったと言えよう。洗濯と掃除を爆速で終わらせて横浜駅へ向かい、数時間の吟味を経て試作品用のアクセサリーパーツを手に溢れるほど買い漁り、さらには図鑑や童話などの本を五、六冊ほど購入し、雰囲気の良さげなカフェで普段は選ばないお高いランチを大いに楽しみ、帰りは生ドーナツなるものも買って、ただいま帰路についている。
晴れ渡るほど爽やかな汗をかいたおかげか、心と体の不純物が一気に浄化した。買い物は一様にして体力を使うものだが、時々は自分の足で当てもなく彷徨うのもいい刺激になる。お楽しみの夜はまだこれからだ、この調子で明日も頑張ろう。
人目も憚らずスキップしたくなるような浮かれた気分でいると、ふと私の体に飛び回るような小さな影が差した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……え? あれ、ヤマト? 外出てるの珍しいね。どうかした?」
家まであと数メートルも間近というタイミングで、翼をはためかせたヤマトが颯爽と出迎えてくれた。
ヤマトはこちらから誘わないかぎり、基本的に家から出ようとしない。天候が雨だろうと雪だろうと晴れの日であろうとお構いなしの引きこもりなのである。まったくもって誰に似てしまったのやら、製作者の顔が見てみたいものだ。
右肩に両足を乗せたヤマトは、大きな嘴を私の耳に寄せた。
「──後方より三メートル十七センチ。詳細不明の不審者に尾行されています」
「……マジで?」
「桁違いの魔力反応を確認──搭載された過去のデータから推測──結論、データ不明の新たな魔女と想定されます。背後から奇襲しますか?」
「……」
帰って早々破壊力のある情報に打ちのめされかけたが、根性でどうにか踏みとどまった。
──状況を考えよう。いつからかは不明だが、謎の不審者は私を尾行していた。ヤマトの分析によると、謎の不審者はヤマトですら知らない魔女だという。つまり、魔女であること以外まったくの正体不明だ。
そうであるならば、この状況はなおさらおかしい。私より経験豊富な先輩であるはずの魔女が、何もせずただ尾行だけに甘んじるものだろうか。もしかしたら、例の味方であるかもしれない。味方でなくとも、害敵ではない可能性の方が高いと見ていいだろう。
「……いや。ヤマトは一旦様子を見てて。もし戦闘になりそうだったら、すぐにおばあちゃんにのところへ行って」
「御意」
情報を集めて予測を立てるにしても、基本は見だ。ひとまずヤマトを上空に避難させる。
立ち止まっていた私はヤマトが指摘した方角へと振り向いて、謎の人物に呼びかけるため喉を開いた。
「あのー……そこに隠れてる人、もうバレてるんで隠れて尾行しなくていいですよー!」
返事はない。あくまで白を切るつもりなのか。ならばこちらも強気で攻めよう。
「あなたの正体、もう分かってますよ! いつまでついてくるつもりですか!」
十秒の沈黙。なかなか強情だ。魔女とはいえ、根は恥ずかしがり屋なのだろうか。さらに攻めの姿勢でいこう。
「今から二十秒以内に姿を現さなければ、抵抗および攻撃の意志があると判断します! 警察への同行、もしくは痛い目に遭いたくなければ、今すぐ出てきて対話に応じてください!」
まるで立てこもり犯に対する警告を発する警官のような気分になった。リュックサックに入った重たい荷物が、経過のせいでより両肩に圧しかかる。
しかし、こちらからの脅しにようやく応えたのか、謎の人物が遮蔽物から足を見せた。相手はなんであれ魔女だ、油断は禁物。私は万が一を想定し、あらかじめ仕込んでいたポケットの折り鶴に手を伸ばす。
全体像を把握しようとした次の瞬間──私の思考はフリーズした後、見事にクラッシュした。
「────」
大股でこちらに歩いてきたのは、ヤンキー風の若い青年だった。




