二〇二四年三月二日土曜日 午前十二時十四分
「あの、茉楠さん」
「はい?」
「本当にすいません。いつもみたいにやっちゃって……僕、本当にこういうことに気が回らなくて……」
「……え? あ、いえいえ! むしろこっちこそありがとうございました!」
相良さんの発言の内容を深読みして数秒だけ慌てるが、どうやら祖母の小言を真に受けてしまっただけのようだった。
戦闘時に見せた凛々しさと頼もしさが嘘のように縮こまり、年季の入った猫背は私への申し訳なさなのか、より前のめりになっている。
そんな彼を勇気付けるために、私は見たことへの感想をありのままに伝えようと、彼の目を見た。
「相良さん」
「は、はい」
「もう、めちゃくちゃかっこよかったですよ。相良さんが強くて、味方で本当によかったって思いました! 安心して背中預けられますから!」
「…………」
祖母が言ったことは、本当だった。
頭も腕も悪い担い手ではない、なんてとんだ謙遜である。ここにいるのが自分でなければ、と言った相良さんもそうだ。ここにはいないふたりの魔女も、きっとそうなのだと信じられる。
私の言葉で目を見開いたまま固まる相良さんを、祖母が肘で小突いた。
「アンタもまだまだ捨てたもンじゃなさそうだ。その調子で茉楠も頼んだよ」
「……あ、はい」
──私は今日、祖父の弟子が祖母で、『枯死』の魔女が相良さんで本当によかったと、心からそう思った。
「おゥし若衆、今日の昼飯はアタシのおごりだ! 食いたいもンがありゃさっさと言いな!」
一服終えたらしい祖母は、携帯していた吸い殻入れをポケットに仕舞い、一段と鮮明に声を張り上げる。
「マジで、やったー! 相良さん、食べられないものとかアレルギーあります!?」
「え……い、いいんですか? 僕も……?」
「今日一番の功労者が何を言うんだか」
「先輩に恥かかすンじゃないよ、小僧」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて、ご相伴に与ります」
祖母の鶴の一声がかかったので、私はさっそく相良さんに食事のリクエストを聞き出す。
聞けば、好き嫌いないし何でも食べられるという、人類にとって羨ましい健啖ぶりを明かしてくれた。食べ盛りの年頃だと思われるので、ファストフード店よりファミリーレストランあたりがちょうどいいのかもしれない。
私はすかさずスマートフォンを取り出し、検索サイトのアプリを起動する。
「そういやアンタ、まァた髪の色抜けたンじゃないかい? アタシらが見てねェ間に無理してンじゃないだろうねェ?」
「そう、ですね。昔と比べると、結構。最近は……そうですね。戦闘の機会も多くなったので、そのせいかと」
「……若かったアンタを戦場に出したアタシらが言う義理じゃないが、あンまり根を詰めンじゃないよ。何のためにアタシらがいると思ってンだい? 報告・連絡・相談の遅れは対処の遅れ。特にアンタは何かと抱え込むからねェ、その辺の信用はまだ回復してねェんだ。意識よりまず行動しな」
「……はい、ありがとうございます。頼りにしてます、すごく」
私が近場の飲食店を検索している間、ふたりの会話がやけに耳に残った。




