二〇二四年三月二日土曜日 午前十二時
私の眼前で、魔力を纏わせた無数の紙と糸が、祖母と織姫の周囲に展開される。
「我々は紡ぐ 其の者の運命を」
「我々は織ル 其の者の未来ヲ」
呪文は発話による詠唱だった。しかも、ふたりがかりの同時発動である。
形のない魔力を言葉に乗せて整列させることで、自分の持つ魔術を発動させる技法が呪文だ。呪文そのものが魔術の象徴ともいわれ、その逸話が古く長く、親和性の高い詠唱内容であるほど高い効果が発揮される。
祖母と織姫が作り上げるその美しさは、見る者の心を動かす光の躍動と、オーロラのように揺らめく魔力の煌めきを与えた。
「これなるは運命の糸 撚り 解け 木片は火に投じよ」
「これなるは黄金の糸 裁ち 定め 蝋燭の火は絶えヨ」
人間が編み出した紙操魔術と妖精が生み出した魔糸が飛び交い、さながら手術台のごとく周囲の空間を支配する。規模にしておよそ直径五十メートル。悪性妖精と化した妖精たちの三分の一が、この魔術の射程圏内だ。
一度狙われたが最後、舞うように襲いかかる紙と糸から逃れる術は、ない。
「──さァさ皆様、お手を拝借」
彼らの体が紙と糸により繋がれた瞬間──そこから、崩壊が始まった。
かつて在った命は糸のように解けて、糸は光の粒子となって元ある場所へと還っていく。
「その命は花のごとく その魂に貴賤なし」
「その命に 安らかなる息吹の名を贈ろウ」
これこそは、フィクションならざるイリュージョン。
紙と糸を媒体に、強制的に生ける魂を大地へ還元させる複合魔術の極致。日本の紙とイギリスの糸による縫合魔術、その結晶!
「────千紙万紅・縦横抜糸」
体中の血液が、温かさと興奮で沸騰していた。
今まで見たこともない輝きの体現。その瞬間に立ち会い、私は呆然と息を呑む。
「……っ」
織姫の魔糸の余波で切断されてしまったのか、紙吹雪が宙を舞う。まるで劇場の大団円を観劇しているかのように錯覚できるほど、美しく鮮やかな命の終わりだった。
目を、思考を、意識を奪われ尽くされた。最初は血の気が下がるほど凍てつき、激しさを増す戦いを予想していた。しかし、気づけば胸躍るファッションショーに様変わりしたかのような化学反応を起こしていた。叶うことなら、眼前の光景を死ぬまで一生目に焼き付けていたかったほどに。不必要にも、アンコールを願ってしまうほどに。
魔術なんて括りでは生温い。これは奇跡──これこそが魔法なのだと、そう誰かの認識を簡単に書き換えてしまうほどに。
「──綺麗」
体の震えは、いつの間にか収まっていた。




