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二〇二四年二月十四日水曜日 午後十七時十六分

「…………糸、巻き? と、紙一枚? 手がかりはこれだけ……?」



 私はもう一度手の中の糸巻きを観察してみる。

 まるでミシンや糸車にセットするためだけに用意した、どこか高級感漂う立派な小道具だ。市販の糸巻きとは、やはりどこか異質な気がする。先ほどの魔力反応から察するに、ただの糸ではないことだけは確かだろう。しかし、糸巻きひとつ観察しても特に何も起こらない。今のところ危険はないと判断し、詳細は一旦後回しにする。

 次に、私は残された一枚の紙に書かれた文字に目を通してみる。



(『Roses are red, Violets are blue, Sugar is sweet and so are you』……『薔薇は赤い、菫は青い、砂糖は甘い、そしてあなたも』? なんじゃこりゃ?)



 直訳すればおおよそがそういった意味になるはずなのだが、判明したとしても何も理解できない。

 思い当たることも何もない。だから何だ、で感想が終わりそうな文言だ。



(意味は後で調べるとして……さすがにこれは……)



 そこから三分悩んだ末、結局祖母に相談することにした。

 およそ十五分にわたる心の葛藤とこれまでの経緯をかいつまんで説明すると、祖母は電子タバコから口を離すと同時に煙を吐き出した。



「フー……宛先不明の小包ねェ。術式は特に見られないが、ひとまずこれが先か。えーと『薔薇は赤く』……ああ、こりゃあマザーグースだね」


「マザーグース?」


「これはジジイに聞いたことがある。イギリスやアメリカの伝承童謡のことさ。日本でいうところのわらべ歌みたいなもンさね。アタシもさして聞いたわけではないが、アンタも『きらきら星』やら『ロンドン橋』やらはさすがに知ってるだろ? あれだよあれ」


「へ~」



 意外なところで親しみのある名曲の名前が記憶の中で結びつき、またひとつ知見が増えた。

 マザーグースの種類までは把握できていないが、『きらきら星』と『ロンドン橋』だけは幼稚園のリトミック教室並みに覚えるよう、一緒に歌ったことはよく覚えている。

 今になって振り返ってみると、少し違和感を覚えてしまう。私の知る気まぐれで気ままな祖父であれば、万が一自国の童謡に飽きていたとしても、歌のバリエーションくらいは一通り教えていても何のデメリットもないはずだ。

 祖父はこのふたつの歌に何か思い入れがあったのだろうか。あるいは、私に教えること自体都合が悪かったのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「織姫、解析を」


「ハイハーイ」



 私が昔の記憶を掘り起こしていると、祖母はどこからともなく織姫を呼び出す。

 織姫は、紅葉のように小さな手で糸巻きを持ち上げた。少し引っ張って糸の先端を解したりして、しばらく観察し続ける。

 すると、彼女は爪ほど小さな眉間に皺を寄せて顔を上げた。



「ンー? 呪いの類も見られないし、高度な魔術式が施されてるわけでもないネ。魔力が異常に込められただけのエーテル糸だヨ。ねーこれってどゆこト?」


「やはりか。しっかし、どこの物好きがこンなもの……その上で糸巻きって、コイツは分かっててやってンのかねェ……」



 祖母は眉をひそめて手の中の糸巻きを凝視する。



「これはただの糸じゃない。超高密度のエーテルで織られた糸さ」


「エーテルって、あのエーテル?」



 エーテルとは、六大元素のひとつである『空』と同一視されるという、天空・天界・天体──はるか宇宙までをも構成する要素(エレメント)である。また、アリストテレスによって定義された四元素説、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()唯一の元素でもあった。


 つまり、『森羅万象を構成する魔術的粒子』が『エーテル』、イコール『空』と定義されている──らしい。


 ちなみに、私は未だによく理解できていない。

 なぜなら論文並みに解釈の前提が難解すぎて、物理学の基礎も怪しい現役女子高校生の手に余りまくったからだ。結局、祖母直伝の「宇宙空間で例えろ」により強引な解答に導いたが、現在は「とにかく地水火風にめっちゃ強い代わりにとにかくめっちゃ希少」という浅はかな認識で見ている。もう正直これでいいやと思っている。これ以上の考えすぎは前頭葉に良くない。

 閑話休題。

 空はその強大な要素ゆえに、四大元素と比較にならないほど精緻(せいち)かつ慎重な扱いが求められるため、それゆえに使い手もごく少数に限られる。仮にその資格を有していようと、使う腕がなければあっさり宝の持ち腐れになってしまうということだ。それは第六元素にも同じことが言えるのだが──



「……でも、それってさ」


「ああ。少なくとも、そこいらの二流魔術師が用意できるような代物じゃあない。そもそも、よほどの事情でもないかぎり、誰かの手に委ねるようなもンでもないのさ。出るとこに出せば億はくだらない希少品だからね。これを手に入れられる相手は、よほどの手練れか、妖精か、魔女か……最低でもそのレベルの使い手だ。只者(ただもの)じゃないね」



 私も祖母と同意見だった。

 しかし、そうなると問題として浮上するのはやはり、()()()()()()()()()()()()()だろう。

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