二〇二四年二月十四日水曜日 午後十七時十分
二月十四日。この日を知らぬ日本人は、はたして何人存在することだろうか。
「…………」
バレンタインデー。起源については諸説あるようだが、一般的な説として挙げられるものは、ローマ帝国の司祭である聖ウァレンティヌスの死を悼む宗教的行事がこの日だったらしい。
バレンタインデーは恋人たちの日と称されるのは、時の皇帝に結婚を禁止された若き恋人たちを哀れに思い、密かに結婚させた報いとして処刑された聖ウァレンティヌスの尽力によるものだ。また、古代ローマにおける二月十四日は、女性の結婚や出産を守護するローマ神話の女神ユノの祝日にあたり、英語の六月はこの女神ユノが由来といわれている。さらに遡って言えば、女神ユノはギリシア神話の最高神ゼウスの妻、結婚の女神ヘラのローマ名でもある。
時代は変わり、バレンタインデーは今や世界中で告白やプロポーズをする絶好の機会として周知された。日本におけるバレンタインは、企業側が商業目的で普及させたことがきっかけらしいが、その目論見は見事的中したといえる。バレンタインデーのチョコの経済効果は平均で千億を超え、日本経済の柱のひとつとなっている事実は言うまでもないだろう。
「…………」
いい加減、過去の出来事をひとつずつ数えて現実逃避をするのはやめよう。改めて、思考の海から浮上した私は地面に視線を落とす。
現在、私が何をしているかというと──玄関に添えられるように置かれている所在不明の小包を前に、立ち往生している最中だった。
(いつもの人じゃないのは確定。というか、うちのフォロワーですらない。宛先すらないのはさすがに怪しいし、わざわざここまで届けたとしても、この様子だとおばあちゃん気づいてないよな……どうすべきか)
もし、小包の中身が危険物だった場合、真っ当な手順を踏めば警察に突き出して然るべきだろう。爆発物だったとしたらなおさらだ。犯人の捜索など素人の手に負えるものではないのだから。
覚悟を決めよう。家に到着して思考に十分も時間を費やした。しかし、中身を確認するにしても、やりようはまだある。私は魔女の弟子であり、新米の魔術師でもあるのだから。
私はなけなしの勇気を振り絞り、包みのそばまでしゃがみ込む。包みに手の平を優しく当てることで自分の魔力を流し込み、簡単な精査を試みた。
「…………え?」
そこで、精査は一時中断される。わずかだが手応えのある感覚に、私は思わず声を上げた。
掴み取った自身の魔力は、微弱だが明らかな魔力反応を検知した。これが何を意味するのか。
(……ということは、相手は魔術師? いや、妖精も候補か? 魔女も考えられるか? 誰がこんなことを……)
検知した魔力反応を見て、私は一気に警戒度をマックスまで引き上げる。
宛先不明の謎の小包。ただでさえ怪しいのに、魔術魔法絡みとくれば嫌でもあらぬ想像をしてしまう。もし、これが鈴木家を狙った犯行であれば、いくら温厚穏やかと外から評される私でも心を鬼にせざるを得ない。
私はそっと小包をギリギリまで玄関から引き離し、車の通らないことを確認してから道路の真ん中で小包を開放した。
「こ、これは──」
私は峙てた目を、一瞬にして喫驚の色に染める。
肝心の小包に入っていたのは──整然と巻かれたひとつの綺麗な糸巻きと、一枚の紙切れだけだった。




