二〇二四年二月七日水曜日 午後十七時二十分
数分後、祖母は片手に布で包まれた物体と一枚の紙を持って戻ってきた。
「待たせたね、こっちはアタシからだ。誕生日おめでとう、茉楠」
「ありがとう! 開けていい?」
「どーぞお好きに」
はしゃぎたい気持ちを抑えられない私は、さっそく祖母から渡されたプレゼントを包んでいた布を剥ぎ取る。
「こ、れって……」
私は、手の中にあるプレゼントの正体を何度も確認する。
中身は短剣だった。柄はシンプルな装飾に対し、刀身は光沢のある黒色のベルベットのように美しく加工された、人工の輝きを放っている。じっと眺めていると、旧石器時代に使用されたといわれる打製石器を彷彿とさせた。
私が手に持った短剣に目を奪われていると、祖母の捕捉が流れるように右から語られてきた。
「黒曜石で作った短剣さ。魔女に短剣はマストだからねェ、今後花や植物の採取をするならそれを使いな。それと、ほとんどの妖精は鉄と火に弱いから、アンタも妖精と契約するときは鉄製品の扱いに注意を払いな」
「へー妖精が……じゃあ織姫も?」
「ああ。種族や個体差はあるが、妖精は一度機嫌を損ねると攻撃的になりがちでねェ。アイツらは基本的にいたずらが好きで気まぐれで、それでも善いヤツがいれば悪いヤツもいる、人間と大して変わらないもンさ。魔女は人より妖精に近いせいもあるからね。魔術師よりはずっと懐きやすいだろうが、身の振り方にはせいぜい気をつけな。妖精に嫌われていいことなンてひとつもありゃしねェよ」
「はーい……それにしてもこれ、綺麗に整えられてるし、よく切れそう。これってその都度研磨とか必要な感じ?」
「察しがいいね。その通り、刃が欠けたり切れ味が悪くなったら自分で整えな。あとこれも、だ。中身を出してみな」
続けて、祖母は手の平に収まる大きさの一枚の額縁を手渡した。
受け取ると、額縁の中央には 絵が描かれていた。祖母の指示通り、額縁から絵を取り出す。
実際に取り出して観察してみる。これは、紙の材質からしてただの絵ではなく、ひとつの大きなシールのようだった。一度、SNSのおすすめで見かけたことがある。
加えて、指先で翳すとほのかに魔力が込められているのが分かった。つまり、これは──
「……魔術で作ったタトゥーシール?」
「正解。しかもただのシールじゃない。これはねェ、三回までならアタシの刻印を通して間接的に魔法が使えるようになるのさ」
「ごめんなさいなんて?」
思わず通過しかけた衝撃の情報の塊に、当然ながら咀嚼が追いつかず私は訊き返した。
「だーかーら、三回までなら魔法使ってもいいってンだよ! なンだい、もっと喜ぶかと思ったのにそのすっとぼけた態度は! 嫌なら嫌ってはっきり言いなァ!」
「嫌なんて思ってない、むしろ逆! 嬉しい! ……ごめん。ちょ、いきなりでちょっと、理解が……本当に? 本当の本当に言ってる?」
情報の衝撃で物分かりが悪くなった私に、祖母は流れるような怒気を飛ばした。
祖母の機嫌を損ねる前に、私は慌てて本心を述べる。この様子を見るに、どうやら嘘でも冗談でもなく、純粋に私を思っての出血サービスだったらしい。
しかし、三回まで限定されているとはいえ、魔法が使えるなんてこの世のすべてが手に入ったも同然ではないか。世界で無限と万能に最も近い力そのものを、先駆けた経験値としてプレゼントに選ぶとは、我が祖母ながら粋な計らいにも程がある。こんなことされたら祖父だって惚れ直してしまうではないか。
ともあれ、一日でも早く使いこなしたくてたまらない、最高のプレゼントだった。
「おばあちゃん、ありがとう! これ、大事に使わせてもらうね!」
「ン。分かってンならいいさ」
「……それで、このシールどうやって使うの? 消耗品? だよね?」
「はいはい。それは厳密にはシールじゃなくて、エーテル糸で構築された簡易な疑似神経さ。元々はジジイが万が一のときにアタシに贈ったもンだが、結局箪笥の肥やしにしちまってねェ。五十年ものの中古品で悪いが、アタシよりアンタの方が使い道はあるだろう? アタシの刻印と同じ意匠だから、使えば分かるはずだよ」
「へー! それも十分すごいけど、おじいちゃんが……待って何それ構造どうなってるの? エーテル糸って何?」
私は目を輝かせながら前のめりになって祖母に詰め寄る。
そんな私の反応を見て、祖母は半ば呆れたように肩をすくめながらも、それを咎めることもなく流暢に語り出す。
夕飯の時間が近づくまで、私は彼女との魔術談義に花を咲かせ続けていた。




