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二〇二四年一月二十一日日曜日 午前十時十四分

「マッ待って……に、にに二、三百年!? 待つだけで死ぬけど!?」


「人の話は最後まで聞きな!」


「ウィッス」



 祖母は膝から崩れ落ちる私の額を指で勢いよく弾くが、その程度の痛みではこのショックから立ち直ることはなかった。

 なんという致命的計算ミスだろう。歴史が深い、浅いというだけで機能に制限がかかるなんてまるで想定していなかった。睡眠時間を犠牲にして練り上げた飛行プランを根本的な問題で覆されてしまった。しかし、悠長に落ち込んでいる暇はない。祖母の反応で判明したこともある。結論から言えば、箒がなくとも空を飛ぶ手段はあるのだ。

 そう、私は気づいてしまった。わざわざ箒に乗るくらいなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。祖母の発言と態度により、その考え方は正しかったと証明されたようなものだ。

 つまり、私の考え方自体に落ち度はなく、むしろ魔術を習い始めて二日でこれまでとは比較にならないほど飛躍的な進歩を──



「あっだあっ!!?」



 ──ポジティブシンキングによる自尊心の回復作用でトリップし始めようとした瞬間、脳天に鈍痛が(ほとばし)る。地に伏した愚かな私の旋毛(つむじ)を視界に収められなくなったのか、祖母に容赦なく手刀で殴打(おうだ)されたらしい。

 御年(おんとし)六十九歳の祖母に付き合っていくにも、困ったことがいくつか挙げられる。特にこの、人が話を聞かないからといって分かりやすく暴力に訴えようとする最低な悪癖(あくへき)は、どうか死ぬ前に改めてほしかった。



「ったく……アンタはことごとく人の予定をフライングしてくれるね。この際だから教えとくが、魔法にしろ魔術にしろ、こういう道具に付与する術式に使われるような題材には、ランクが存在するンだ」


「……ランク?」



 人の心をわくわくさせるような気になるフレーズに、私は涙目になりながらも顔を上げる。



「ざっと上から神話・童話・民話・創話の四つ……そこに加えて、神が創造したとされる古代(こだい)神具(しんぐ)、魔女が作成した魔法(まほう)道具(どうぐ)、魔術師が付加した魔術(まじゅつ)装具(そうぐ)の三つに仕分けできるかね。神秘の(わざ)ってのは、基本的に歴史が長くて知名度が高いほど希少で性能も高く、術式も安定しやすいもンさ」


(ランクは四つ、種類は三つ。……今回の題材は童話だから、上から二番目か?)


「もっとも、神話時代に実在したとされる古代神具の再現ができたヤツは、アタシはジジイしか知らねェし、後にも先にもジジイ並みの魔女にしかできやしねェ芸当だ。マ、アンタは新米にしちゃ発想力も行動力もあるンだ。失敗は成功の母って言うだろ? 本来研究ってやつァ時間と根気をかけてやるもンだ、気長に構えな」


「ぐぬぬ……」



 言外に、題材へのリサーチ能力が甘いと言われている気がして、自分の力不足に歯噛みする。

 私が苦い顔をしてもどこ吹く風と言わんばかりに、祖母はにんまりと笑みを浮かべた。



「話が逸れたが……要は、箒に乗らずに空を飛べればいいんだろ? 飛行能力だけをメインにするなら、方法はふたつある。ひとつは似たような別の題材で組み立てる方法。それが嫌なら──本来の機能にあえて制限をかけて、術式を安定させるって方法がある」


「……つまり?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。原形からは遠ざかるだろうが、アンタの場合構いやしないだろ?」


「うーん……」



 つまり、原典の性能から遠ざかりはするが、私の本来の目的は達成できる確率が高くなるということか。

 形だけでも悩みはしたが、背に腹は代えられない。私は続けて祖母を意見を(あお)ぐことにした。



「じゃあ、初期案で通すとなると変更点ってどうなるの?」


「そうさねェ……たとえば、この『この世のどんな場所でも、瞬き三歩で辿り着く』を添削(てんさく)して、『どれほど時間がかかろうと、必ず目的地に辿り着く』にグレードダウンするとか。これならどうだい?」


「おお~! ……なんかそっちの方が良さそうな気がする」


「ハッ、伊達(だて)に五十年もジジイの弟子は務めてないさ。……仕方ないから、もう一度見直して持ってきな。今のアンタじゃろくに道具作りなンざできやしねェだろ?」


「あ、うん……うん? あれ、ちょ、待って、それって……」



 祖母からのありがたい改善点をまとめ終え、今一度出直そうとしかけたとき、祖母の意味深な発言に思いきり後ろ髪を引っ張られる。

 私が期待半分疑惑半分で言葉の意味を促すと、祖母はわざとらしく頭を掻いてぶっきらぼうにこちらを指差した。



「この作品は、アタシとアンタの初の合作! 記念すべき第一作になるンだ、手ェ抜いたら承知しないよ。分かったらさっさとペンを持ちな!」


「……〰〰っおばあちゃんありがとう!! 絶対大事にする!!」











 ──少し先の未来からフライングして、結論から述べよう。私が考案した『ドロシーの銀の靴』は、従来の飛行方法を踏まえると、シンプルかつ最適化された魔法道具として完成した。この便利性は、後々の未来で目覚ましい活躍の日の目を見ることになる。

 ただし、テンションが急激にうなぎ登りになった熱い勢いと筆が乗りすぎたせいもあり、肝心の試運転がこの日から一週間後に延長せざるを得なくなってしまったことを、このときの私は知る(よし)もなかった。

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