二〇二四年一月二十一日日曜日 午前十時十分
パソコンがフリーズしたため、今回の投稿は五分遅れです。
前日の一件で、私はひとつの知見を得た。
やはり人が箒で空を飛ぶというのは、無茶無理無謀な行いであるという動かしがたい真実に。しかしその一方で、大空への自由なフライトという人類の憧れは止まるところを知らない。そこで、私が提示したいのは飛行方法の変更である。ヤマトのアドバイスを受けて、輝くような天啓が降り立った私は、前夜からとあるアイデアに夢中になっていた。
私は、寝ぼけ眼を力づくで振り払い、昨日──というより七時間前に書き終えた画用紙へと視線を落とす。
「…………うん。うん! これ、我ながら力作……天才では?」
「おはようございます、ご主人様」
「おはよーヤマト」
「あなたは先ほどから紙を見ています、なぜですか?」
起床して早々、あらゆる意味で冷静になった頭で設計図のチェックを行う。
祖母への説得の材料は、根拠と証拠と根気と熱意。コミュニケーションは意味の疎通で成り立つのではない、バイタリティと時間との闘いだ。
「なぜ? ……革命のためだよ」
──今日の議題は、「箒に乗らずに空を飛べるようになった方がむしろプラスに働くのでは問題」である。
「というわけで、今から夜なべして考えた代替案をスピーチしたいと思います」
「朝から勇ンで何かと思えばいきなりだね……代替案?」
「題名は『ドロシーの銀の靴』。今のところ女性専用で試運転するつもり。履いた人を望む場所、居心地の良い場所へ連れていく魔法のシューズで、踵を三回叩いて呪文を唱えると、旋回して空中に浮かぶ。ただ、目的地に着く前に靴が脱げ落ちると魔法が解けるしそもそも落下死しかねないところが難点でさ。だから、バックストラップが機能すること前提でいくつか構想を絞ってみたんだけど、やっぱりデザインとか生地とかこだわれるところはこだわりたいから、今のところ形式はパンプスじゃなくてサンダルよりに──」
「あ゛~はいはい分かった分かった! 分かったからちったァ落ち着きな! 長いし速いし聞こえるもンも聞けやしねェ!」
怒涛の熱弁をする私に、祖母は至極煩わしそうに声を張り上げた。
思えば、これほど熱を上げてノンブレスで力説したのは生まれて初めてかもしれない。気が逸りすぎてすっかり我を忘れていた。次回から気をつけよう。
私が一旦黙ると、祖母は呆れ果てた様子でため息をつき、サイドに流した髪を梳いた。
「……できないもンはできンと見切りをつけて代替案を持ち込ンでくるあたり、ホンッットにジジイの孫だねアンタは」
「いや~そんなに褒めなくても」
「喧しい。で、設計図だっけか? 見てやるからさっさと貸しな」
「お願いします」
深く腰を折った私は、ふたつ返事で祖母に設計図を手渡した。
祖母の査定結果を待つ。おすわりをする賢い犬のごとく、ただ待つ。もし私が犬であったなら、尻尾は千切れんばかりに振られていたことだろう。
すると、祖母はいたって平静な様子で設計図から顔を上げた。
「ふむ……魔術歴二日にしては、題材選びのセンスは悪くないね」
「え、本当!?」
「ただ、この童話を術式の下地にするには少しいわれが弱い。ここに書いてある全部の機能を再現するつもりなら、最低でも二、三百年は必要だろうね」
「────」
予想外の査定結果を聞いたショックで、私の思考はショートした。




