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二〇二四年一月二十日土曜日 午後十七時四十五分

 相良さんと並んで、熱く語りながら歩いていると、気づいた頃には駅は目と鼻の先にあった。

 時間にして数分のような疾走感、あるいは数時間が経過していたのような充足感を同時に得ている。出会って一日もしない、しかも祖父たちの知り合いを前に、なりふり構わず質問攻めに遭わせてしまったことは我ながら恥ずかしく思う。それ以前に、ここまで熱を入れて人と話し込んだ経験は──手芸部に所属したばかりの頃、作品のこだわりをマシンガントークで語ったとき以来ではないだろうか。



(…………ウッ)



 私がしょうもない黒歴史に内心苦しんでいると、並んで歩いていた隣人が急に立ち止まる。駅の改札口まで三メートルもないところで、突然相良さんが振り返った。



「茉楠さん」


「はい?」


「道中、だけじゃなくて……これから、気をつけてください。茉楠さんは若いから、この先付け込もうとする悪い人は必ず現れる。僕みたいに、後悔してほしくないんです。あなたは優しいから、心配で……これからのことは、ちゃんと考えて、自分の意志で決めた方がいいと思います」



 思いもしなかった言葉に、不意を突かれてしまった。

 自分でもどうかと思うほど脆いところを躊躇いなく一刺しされて、私の喉は絞り出すように音を発する。



「……どう、して」


「なんとなくです。あなたが、昔の僕みたいに状況に流されているように見えて……余計なお世話だったらごめんなさい」



 今までの仕返しとばかりに、さらに追い打ちで二撃目を突き刺された。致命傷だった。



「…………」



 この機会に、改めて自分の意見を問い直してみよう。

 ──ずばり、私が現状に流されてここにいるのか、否か。



(別に流されているわけではない……と、思う。多分、きっと)



 自分のことながら、あまりに情けない反論だった。とても相良さんのことを強く言えた義理ではない。

 相良さんは成り行きの延長線上で、笑いごとではすまない覚悟をもって魔女として活動していることが判明した今、私はあまりに違いすぎると断言できる。

 彼と比較して、私はどうだ。自業自得といっても過言ではないやらかしをした上に、祖母に対しイカサマを仕掛けてその場を逃れようとするも失敗し、挙句の果てに契約で縛られ、一年後の今には魔女になれるよう修行している。

 元より、私は祖母の許可も得ず無断で門外不出の地下室に侵入した()れ者だ。私が得体の知れない魔女の役割とやらをふんわり受け入れようとしているのは、祖父の遺言を自分なりに暴こうとした結果の後始末と、事前に何ひとつ相談しようとしなかった祖母への負い目があるからだ。

 その一方で、純粋に魔女を名乗る存在への抗えない興味と知的好奇心──という名の衝動的な欲求に従い続けているだけなのも、もちろんあった。当然、異論は認める。



(…………)



 なるほど、これは確かに現状に流されていると指摘されても文句は言えまい。文字通りぐうの音も出ない有り様で、ろくな単語も出てきやしなかった。



(さすがに二日前の騒動は知らされてない……よな? この様子だとおそらく)



 それ以前の経歴は不明だが、やはり先輩の魔女だけあって相良さんは只者ではない。

 彼への脅威(きょうい)を感じる以上に、今まで内心を読まれ続けていたかのような気恥ずかしさや、後ろめたさの方が強かった。

 しかし、図星を突かれた程度で転んでやるほど、私はただで起き上がる女ではない。むしろ連続前転した先に倒立でフィニッシュを飾ってみせる気概だけは持ち合わせている。

 私は何食わぬ顔で相良さんの目を見て、何でもないように口を開く。



「心配してくれてありがとうございます。そうですね、もっとよく考えてみます」


「……何かあったら、すぐに駆けつけますから。遠慮なく呼んでください。遅刻するかもしれないけど……緊急時は、もっとちゃんとするので。そこは心配かけないようにします」


「はははっ。はい、ありがとうございます」



 私はなけなしの醜い自尊心を、相良さんには気づかれないように()()()()をかましてやんわりと流した。 

 彼のような、泥臭くて強くて美しい覚悟は、今の私にはない。彼の指摘通り、もっと本気で魔女を継ぐことに対して考えを巡らせた方がいいだろう。結論の良し悪しはあれど、考えも覚悟も中途半端なままで仕事ができる道理などどこにもない。

 今まで以上に、その倍以上に、魔女について考えよう。考え方を改めよう。受動的な動機ではなく、能動的な動機を。消極的な目的ではなく、積極的な目的を。ネガティブシンキングではなく、ポジティブシンキングを。

 私が魔女に()()()()理由ではなく、私が魔女に()()()()理由を見つけよう。その確固たる答えに辿り着いたときには、私は彼に胸を張って会いに行けるようになっているだろうから。

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