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二〇二四年一月二十日土曜日 午後十七時五分

 礼拝を終えて、軽く一礼した相良(さがら)さんは音を立てずに立ち上がった。



「すいません。こんな時間にお邪魔しました」


「いえいえ、むしろ来てくれてありがとうございました。おじいちゃん、喜んだと思いますよ。甘いものも好きだし、花も同じくらい好きだから」


「……そう、だといいんですけど」



 私としては飾りのない本心を述べたのだが、自虐的な相良さんにはあまり響かなかったらしい。

 最初から最後まで暗さの抜けない表情をしたままの彼を、大人しく玄関まで見送る。

 会話した時間は短いけれど、分かる。相良さんは良い人だった。

 祖父との関係性はよく分からないが、詳しいことはいずれ嫌でも知ることになるだろう。今日のところは質問攻めにせず、グッピーを飼うときに少しずつ水温に慣らしていくかのごとく、長い目で付き合っていく他ない。

 道中、相良さんは店の奥で片付けをしているらしい祖母へ挨拶しにいこうと足を進めた。私も後に続き、律儀な相良さんの背後を静かに見守る。



「すいません……(くれない)さん。今日はお邪魔しました。もう帰らせてもらいますね」


「あン? 何だいアンタ、もう帰ンのかい? どうせ帰ンなら飯ぐらい食ってきな! 既婚者でもねェくせに(わび)しくひとり飯なンて二十年早いよ、小僧!」


「……気持ちは、嬉しいですけど。いきなり押しかけてきて、そういうわけには」


「ハッ、幸いにもうちァ女家系なもンでね。ひとりもふたりも増えようが飯の量なンざ大して変わンねェさ。だいたいアンタはこの期に及んで何に遠慮してンだい? ジジイには率先して無茶ぶりしておいて、アタシにはできないってェのかい? 失礼な小僧だねェ、アタシはまだまだ現役だよ!」


「いやいやいやいや。けして(あなど)ってるわけでは」



 二度目の押し問答の結果、意外にも相良さんの頑固な粘り勝ちでその場は収まった。

 ひとり飯に耐性のない祖母は大いに不服のようだったので、次回があれば容赦なくリビングまで引き摺って、満腹になるまで家から出さない腹積もりだろう。

 少し先の未来の相良さんへ向けて心の中で合掌していると、祖母がこちらに顔を向けた。



「そうだ茉楠、暇してンなら小僧を駅まで送ってやンな」


「え? いいけど……なんでまた?」


「薄々勘づいてるとは思うが、小僧は重度の方向音痴でねェ。どうせ今日もここに来るまで迷ったンだろ? 今さら変な意地張ってないで、素直に他人に面倒見られりゃいいンだよアンタは。分かったらさっさと支度おし!」


「そ、んなこと……そんなことは、ないかと……」


(これはあるな、そんなこと)



 限界まで絞り出すような苦し紛れの反論を口にする相良さんを見て、いろいろと察してしまった。

 祖母の指摘通り、どうやら図星らしい。彼が普段ひとりでどうやって過ごしているのか妄想を(はかど)らせた瞬間、なぜか急激に不安になった。とても今日出会ったばかりの他人とは思えない。

 どこか浮世離れした見た目といい、世話の焼き具合といい、放っておけなさといい、(まと)うようなシリアス臭といい──どこぞの誰かを思い出してしまう。誰とは明言しないが、連想せざるを得ない。彼女は元気に過ごせているのだろうか、少しだけ思いを馳せた。

 自分の不甲斐なさで落ち込んでいるらしい相良さんに、私は景気よく声をかける。



「相良さん」


「はい」


「雨に降られる前に、ササッと行きましょうか。いざというときは折り畳み傘、貸しますからね! 先行って待ってます!」


「……すいません。お願いします」



 複雑そうに顔を強張らせながら承諾した相良さんの前を歩き、私は彼が外出するまでの間、玄関先で待機しにいく。

 後回しにしようとしていた質問攻めの、またとない機会が巡ってきたようだった。

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