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二〇二四年一月二十日土曜日 一時限目

 いよいよ待ちわびた魔術の実践授業だ。

 胸の高鳴りは到底抑えられず、私はいつもよりかなり前のめりで祖母の言葉を聞き逃さないように集中する。



「しそう……」


「この紙は特別製でね、アタシの血が混じってる。とりあえずこれで好きな動物、何でもいいから折ってみな」



 そう言って、祖母は私に特別製の紙を渡してきた。

 支給された紙は、おおよそ市販の折り紙と同じくらいの大きさだった。好きに折れと言われても、折り紙を渡されて日本人が最初に思い浮かぶ動物といえば、当然()()しかあるまい。

 小学生の頃、馬鹿のひとつ覚えのように折った()()の作り方を、思考の引き出しからどうにか引っ張り出しながら、紙を綺麗な三角形に折っていく。



「やっぱ物作りの丁寧さと手際の良さはアンタが一番だね」


「えー……お姉ちゃんはともかく、ママもそうだった?」


「ああ。愛莉華は気の短さと不器用も相まって、しょーもないことでもよくジジイと喧嘩してたもンさ。あの子は針仕事より外に興味を持ってたし、親としてしてやれることはあまりなかったねェ」


「放任主義かー」



 腕を組んで完成を待つ祖母と軽く言葉を交わしながら、手の中で小さな折り鶴が羽を広げた。



「はい、できたよ。次はどうすんの?」


「それで構築式は完成さ」


「…………え?」


「ン?」



 肝心な箇所をピンポイントで聞き間違えたかもしれない。

 向こうのリアクションを確認するために呆然としていると、祖母は片眉を釣り上げただけで終わったので、観念して大人しく尋ねてみる。



「いや……なんか、魔法陣とか書いたりするもんじゃないの、こういうのって」


「何言ってンだい。構築式ならとっくに織り込んでるだろ?」


「……んん?」



 あっけらかんと祖母が言い放った言葉の意味を捉えようとして、私の頭上で疑問符が大量に浮かんだ。

 そこで、情報を整理してみることにした。紙にはすでに魔力が込められていて、式はとっくに織り込まれている。

 それは、つまり。



「この魔術は、作品を完成させた時点でひとつの魔術として成立する……」


「その通り。今アンタが作った折り鶴は、使い捨てかつ即席の使い魔だ。今からコイツに数秒だけの命を吹き込む」


「即席……」


「目を凝らしてよく見な。魔力の通り路が見えるはずだ」



 祖母の言う通りに私は目を凝らす。

 二日前、確かに見えた青白い光の粒子。あれが魔力だったのならば、今回も見えないはずがない。折り鶴から視線を逸らさず、両目に意識を集中させ続けていると、ぼんやりとだが魔力の路らしき光の線が浮かび上がった。



「……見えた!」


「よし。そこに魔力を注ぎ込め。多すぎても少なすぎてもいけない。ゆっくりと巡らせて……水を浸透させるように優しく、だ」



 流れるような祖母のアドバイスを、頭の隅で反芻する。



(ゆっくり……水を浸透させる……)



 そこで、向いていると言われた私の元素属性を思い出す。()()()()()()。魔力と水と仮定して、形を持たないその変化と流動をイメージする。

 大地に降り注ぐ雨のように、滞りなくしなやかな波のように、長い時間をかけて石を削る海のように、魔力を浸透させていった。なるべく均等を意識して、私の魔力で折り鶴のすべてを掌握する。



「よーしよし、あとは呪文だけだ。──コイツに命じてみな。最初は簡単な命令からやるのが吉だ」



 祖母の言葉に頷き、私は折り鶴を注視する。

 折り鶴は今、名実ともに私の一部に成った。溢れんばかりの力に震え、今にも飛び立ちそうにしている折り鶴に、私は魔力が込められた言霊で解放する。



「────飛べ!」



 当然ここには風などなく、また他に何らかの力が働いてもいない。



「────」



 にもかかわらず、羽を休めていた鶴が、私の手を離れて見事に飛び立った。

 空中で踊るように飛び回る鶴は、この瞬間だけ生きているかのような躍動感を得て、自由に輪を描く。



「────」


「一発で成功か……まったく、アタシらと違ってこういう才能は人一倍とはねェ。因果なもンだ」



 息を漏らすような祖母の小言など耳にも入らないほどの感動が、私の五感を襲う。

 私は今、自分の力で魔術を行使している。その事実が、実感が、私の心を何度も打ち震わせた。



「……〰〰!!!!」


「ついでに言っとくと、魔力を帯びてるとはいえ耐久力は紙のまンま。慣れたら部分的に魔力で強化することも覚え……聞きな! 話はまだ終わっちゃないよ!」


「あっす!!」



 途中から何も聞いてなかったが、最初から何ひとつ分からないことだらけだ。

 魔女としては半人前以下、魔術師としても新米の身分なのだから、これから分かるだけのすべてを知ればいい。

 見れば分かるほどはしゃぐ私に呆れつつも、どこか楽しそうに祖母も空中を見上げる。



「……これはね、アタシがジジイの弟子になったとき、最初に教えてもらった魔術でね」



 懐かしいものを思い出すように、祖母はしみじみと語り出した。



「曰く、宝石魔術の理論の応用なンだとさ。宝石と違っていちいち集めて壊す手間がない、費用を思えば安上がりな魔術だの言ってたが……万が一の備えと手数を考えれば、これ以上使い勝手のいい魔術はないってね」


「へー……」



 確かに、祖父の指摘ももっともなものだった。

 宝石は希少性が高い分、そう易々と手に入れられるような代物ではない。それを魔術に利用するならなおさらで、その費用は桁違いに跳ね上がる。そう考えると貧乏人には到底扱えない、むしろ王族や貴族など金銭に余裕がある人が扱うような、ゴージャスかつセレブリティ溢れる魔術と言える。

 一方、紙は宝石ほど高い効果は望めなくとも、シンプルに数の暴力で攻めようと思えばそれが可能な生産性が利点である。仮に戦闘状態に入ったとしても、事前に用意したものを使うことができれば、すぐ負けるといった事態にはならないはずだ。



(私は宝石より紙の方が性に合ってるっぽい。鶴以外も動かしてみたいし)



 魔術と紙。

 最初に聞いたイメージでは、もっと魔導書(グリモワール)めいた魔術の行使をするのかと期待したが、いい意味で予想を裏切られた。これはこれで日本人に馴染みがあり、むしろ本を媒体にするよりずっと多用性も高い。

 当然魔術にも精通していたであろう祖父が、祖母にも扱いやすいようにと折り紙に目を付けた理由も分かる気がした。



「さて、ひとまずは簡単な命令なら徐々に慣らしていこうか。つっても紙でできた即席の使い魔にできることはたかが知れてるが、それもアンタの腕の見せどころかねェ?」


「よっしゃあ、やらいでか──」


「そンじゃまず、紙を作って用意しな」


「…………紙? 紙!? え!? マジ!? 一から!?」



 風船より軽い調子で放たれた祖母の衝撃の発言にワンテンポ遅れて、私は思わず目を剥いて叫んだ。

 素っ頓狂な声を上げた私に、祖母は肩をすくめて応える。



「てめェの分はてめェで補充する、ったり前だろ? ガーデンの外に通じる扉の近くに、使える草がまとめて置いてあるはずだ。作り方なら壁のどっかに貼ってあるか、本のどっかしらに挟んであるはずだからそれを見な」


「はーい……」



 結局、例の紙の作り方が書かれたレシピが見つかったのは、業務用と思しき鍋が大量に置かれた棚の下だった。

 書いてあったレシピによると──まず、多めに集めた適当な草を適当な鍋に入れて、水とともに安物の漂白剤で煮込んでほぐす。煮込んだら草を水で洗った後、あらかじめ採取した自分の血を混ぜる。重し用の石で潰して、太陽光で乾かすと完成する──らしい。後は紙をちょうどいいサイズに裁断し、大量に作り置きしておくだけ。内容を読むだけなら、何も知らない私でも作れるような気がしてきたから不思議なものだ。

 そもそも紙を作る以前に、まず簡単な操作ができるよう鍛錬しなければならない。そして、折り紙のレパートリーを増やす必要があると思われるので、練習用に普通の折り紙もほしい。後でコンビニに行って折り紙を束で買ってこよう。



(なんか、こういうことやってる間に人前で気を抜くと、ボロが出て変な目で見られそう……)



 今後、クラスメイトや部活動のメンバーに怪しまれないよう気を配る必要がありそうだ。



「……早くできないかなー」



 二時限目は午後から始まるそうなので、昼食の時間まで魔紙(まし)作りに全力を尽くすことにした。

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