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一七八二年から二〇二四年まで

 始まりは、小さな(まほう)を持った農民たちの、小さな集会だったとされる。

 魔女と呼ばれ、忌み嫌われた者たちの保護と、時の権力者や司法エリートたちへの復讐を目的として結成された『魔女狩り被害者の会』から、魔術師のすべてが始まった。

 欧州のとある山脈の地下で行われた魔女集会は、年月とともに魔女や魔術師のための巨大な魔術都市へと変貌を遂げた。迫害された魔女や魔術師の保護、魔法や魔術の研究と解明を目的とした世界最大の魔術結社は、噂が噂を呼び、ひとつの国の凌ぐ勢いで急速に膨れ上がっていった。

 最盛期には、数の力を蓄えて、いよいよ自分たちを迫害した国や人々への復讐が始まろうとする一歩手前まで至った。しかし、互いの研鑽と連帯感により極めに極めたその栄華は、ついに陰りを見せ始める。


 時は第一次産業革命。魔術師にとっても、劇的なターニングポイントを迎えた時代だった。

 その最たる事件は、内輪揉めによる魔術都市の崩壊と、後の『魔導公安機関』の発足である。


 崩壊の要因はいくつか挙げられる。所属していた魔女の度重なる失踪。激化の一途を辿る魔術師同士の抗争や殺し合い、前時代的な上下関係。内部で徒党を組み、さらには組織化して次第に独立していった魔術師たちの離反。過激化した敵対勢力との小競り合い。

 しかし、都市の崩壊のきっかけを招いた原因は別に存在する。


 それは、これまで伝説上の存在であり、また所在不明と言われ続けていた楽園──妖精郷の存在証明。その楽園へ至るための次元裂断層(クレビス)──日本における現象としての呼称は神隠しに近い──の発見と、出現方法の特定。絶滅寸前だった幻生生物たちの繫殖実験の成功。世界各地で発掘された歴史的某所の奥や僻地で数多く見つかった、神話時代の魔術で秘匿された巨大地下迷宮への入り口。


 とりわけ、楽園および妖精郷の攻略と到達は、千載一遇のゴールドラッシュに近いものだった。他の誰でもない自分たちの源流なりし神秘への新たな扉と、垂涎極まった目先の復讐を前にして、彼らは我先にと利権と資格の奪い合いを開始した。

 魔術の研鑽に供物を捧げ、家の歴史が長い格上の魔術師ほど、巨額の財産や希少な遺産を守るために必死だった。すべては、代々家が誇ってきた魔法を──魔術を、未来永劫後世に残すため。

 十九世紀を迎える頃には、欧州一を誇った魔術結社は壊滅状態だった。最終的には、地位が高かった魔術師たちによる共有遺産の分配および簒奪、殺し合いにより総員数が十を下回って都市の運営が困難になったことが決定打となった。

 一時の栄華は見る影もなく、暴虐によって荒れ果て、私欲によって寂れて、ほとんど空っぽになってしまった都市跡地。そこに残されたのは、国や社会に立場を追われ、行くべき場所も帰る家も失った者たち。当時、比較的穏健派に属していた、新興して年月の浅い七名の魔術師たちだけが未練がましく残ることとなった。

 残された魔術師たちは、魔術師たちの中でも最後尾の集まりだった。他の魔術師より遅く出現したがために争奪戦に乗り遅れ、残ったものは形骸化した都市の名残と、魔力(マナ)が多く巡るレイラインを持つ土地だけだった。

 利権がどうだ資格が何だと内輪揉めを繰り返した結果、自分たちが誇った魔法はいつしか魔術になり、その技術も歴史の闇に失われつつある。先祖たちが受けてきた数々の仕打ちも、先祖たちが築き上げた遺産も、何もかもが文字通り水の泡と消えてしまう。

 涙ぐましい努力も空しく、復興を図ろうにも重要な技術や遺産は丸ごと取り上げられ、自分たちの研究を進めるどころか、受け継いだ魔術を守ることもできない。それどころか、自分たちの生活すら危うくなるまで追い詰められた。

 全員が崖っぷちに立たされた。生きるためには研究者としての現在を捨て、賊に身を落とす未来しかない。七名の誰しもが諦め、魔術師を廃業しようとしかけた。


 ──そこへ、救世主のごとく現れ手を差し伸べたのが、『夢死』を代表とする四人の魔女たちだった。











 時は少々遡って一七八二年。

 ヨーロッパの各国で魔女狩りが終息しつつあった時代。スイスでは、魔女と告発されたひとりの女性が処刑された年である。そして、ヨーロッパにおける司法制度により魔女と呼ばれた被告人が処刑された、()()()()だった。

 当時スイスで行われた魔女裁判では、奇跡的にも四人の魔女がその場に居合わせ、その結末を見届けた。その後、ひとりの魔女が三人の魔女に声をかけて、記念すべき第一回魔女集会を開いたという。


 ──曰く。この年を契機として、我々魔女もまた在り方を変えるべきであると、長い時間をかけて丁寧に説いた。


 ひとりは、自らを苛む運命とこれからの時代の流れを憂いた結果、了承した。

 ひとりは、魔女たちが流した多くの血と犠牲と怨恨に涙しながら、受諾した。

 ひとりは、本来『夢死』と敵対関係にあったが最終的な目標を聞き、賛同した。


 それから、四人の魔女は共同戦線を敷き、同じ旗を掲げ、その証として『誓約』を交わした。

 かつての栄光を忘却し復讐者と成り果てた魔女から、()()()()()()()霊長類の頂点に立った人類を守護すること。魔女は咎人としてではなく、同じ地球に生きるひとりとして世界の平和と安寧に奔走し、貢献すること。


 目標の達成は、どれも容易ではなかった。

 ゆえに、彼女たちは仲間を探した。自分たちと志を同じくしてくれる、聡く優しい仲間を求めて、各地を旅した。


 結果、後に仲間であり部下になる新興の魔術師たちは幸運にも──意外にも、近場で発見されたという。











 終期『魔女狩り被害者の会』に最後まで残っていた七名の魔術師と、時代の流れに即した四名の魔女。  

 そこへ、新しく新興したラヴクラフトという家系が加わり、合わせて十二の家が合流したことで創設されたのが──現在まで続く、『魔導公安機関』の原形である。

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