二〇二四年一月十八日木曜日 午後十九時十八分
魔女呼ばれるものの存在には、大まかに見れば二種類に判別できる。
ひとつは、人々から魔女として告発され、魔女狩りまたは魔女裁判の判決により有罪となって初めて魔女とみなされた偽物、もとい当時の社会の犠牲者。もうひとつは、科学技術では到底説明できない超常的な力を持った『本物』。
彼女たちは史実や空想の登場人物などではなく、その時代の九割以上は認知さえまともにできない自然的存在だったいう。後者の魔女と呼ばれる存在は、現代でもなお実在するらしい。
──曰く。魔法が神秘の具現化現象を指すのであれば、魔女はあらゆる死の体現者である。
つまり、魔女が所有する魔法とは、すなわち死そのものを意味する。魔女とは、魔法という名の死を司る者を指す。霊長類の規格では到底到達しえない『死』を乗り越えた、その時代の超越者であるという。
彼女たちは、世界各地を風靡した魔女狩りや魔女裁判から難なく逃げおおせた。人々の認識の外で活動し、死を越えた長い生を疑うこともなく、思うがまま謳歌していた。
しかし皮肉かな、たった三世紀程度の年月が──科学技術の発展が、民衆の理性の獲得が、迷信からの脱却が、神秘性の剥奪が──魔法の仕組みを、魔女の存在意義を、あっという間に崖っぷちまで追い詰めるに至ったのである。
どんな魔法を駆使しても覆しようのないパラダイムシフトは、人類に対し絶大的な力を持った魔女にも致命的な影響を与えた。
ある者は卑俗と化した社会との軋轢に耐えられず姿を消し、ある者は事実上の支配者となった人類を粛清するために、今もなお地上を彷徨っている。ある者は人類との共存を図り、あえて魔法のみを継承させて次代の魔女として生まれ直させることで、存続を繰り返した。また、ある者は二十一世紀を迎えてもなお、人類と自然、神秘の最後の調停者として今も存在を残し続けている。
そうやって魔女はひとり、またひとりといずこかへ行方をくらましていった──らしい。
「──で、その生き残りのひとりがおじいちゃん。他にも現代まで生きている魔女の継承者がいて、分かっているだけでも味方は三人いる。ひとりは日本人、ひとりは来日中だけど現在地不明、ひとりはそもそもどこにいるかも分かんない……って、その人たち本当に大丈夫? その、いろいろとヤバいんじゃないの?」
「そりゃあアタシからすれば考えも青けりゃケツも青い、一癖も二癖もある連中だし、キャリアもまずまずの若手だからねェ。マ、少なくとも、アタシらを守れないほどの頭も腕も悪い担い手じゃないさ。そこは安心していいと思うがね」
夕食中、祖母から現在にいたるまでの魔女の歴史をかいつまんで嚙み砕いていく。
途中から世界史Bレベル以上の歴史の話が飛び出してきたときは、今日の睡眠不足を覚悟した。しかし、改めて情報を整理すると、祖父がその歴史の影の当事者のひとりだったらしい。そう実感すると、これはどこか遠い世界の話ではないのだと強く思えた。
数次元先も壁越しだと思っていた空想が、気づけば現実のすぐ隣の席でよろしくやっていた。魔女の存在に一喜一憂していた私が言えることではないが、多少座りの悪い気分になるのは否めない。私の場合、一日で今までの固定観念がほとんど崩壊してしまったのだから、拒否せず受け止めろという要求は無茶だろう。今日は人生で一番心と頭が忙しいのだから許されたい。
人類のロマンが手中にあるのだから楽しむだけ楽しめと楽観主義な私が叫べば、ファンタジーは夢のままで終わらせておけと現実主義な私が諭す。ここまでアンビバレントな感情に悩まされたのは、衝動でバケツティラミスを購入したとき以来である。
しかし、相反する板挟みなど今さらだ。私が受け入れようと悪足掻きしようと、現実は変わらない。私はすでに魔女だの魔法だの、空想的な現実という矛盾に満ちた光景をさんざんこの目で目撃している。それらを思い出すと、遅れてやってきた緊張感で少し喉が渇いた。
私は冷たいお茶で喉と食道を潤しつつ、先だった疑問を口にする。
「別に魔女をやるのはいいんだけどさ、具体的に何をすればいいわけ? っていうか魔女って何をする人なの? 役職名なの?」
「そうさねェ、やることか。あるにはあるが……強いて言えば、必要なときに必要なことをしてくれればいい。それまではひたすら修業と仕事だね」
「修業としご……いやそれはいいんだけど、その必要なことが具体的にどういうことかって聞いてんのですが」
「アタシが知るわきゃないだろ、そンなもン」
きっぱりと言い切った祖母に耳を疑いそうになった。
なぜ一番大事なところで急に投げやりになるのだろう。風の向くまま、人に流されるままなのんびりフリースタイルに開いた口が塞がらなかった。
「知らっ……え、分かんないの!?」
「そりゃ分からンさ。それを決めるのはアタシたちじゃない」
「……どういうこと?」
意味深な言葉に眉をひそめた私が訝しんでいると、祖母は啜ったビール缶を置いて腕を組み始めた。
「──少し、昔の話をしようか。昔っつってもざっと二百四十二年前の話だがね」
「いやそれ結構昔じゃない? 室町幕府より歴史あんじゃん。すごっ」
「いいから黙って聞きな」
「はい」
言葉の圧で黙殺された私は、祖母の言う通り昔話に耳を傾ける。
祖母は、色褪せたページを優しくめくるように滔々と語り出した。




