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二〇二四年一月十八日木曜日 時刻不明 Ⅵ

 目の前に浮かび上がった青白く光る文字の羅列を完全に理解するまで、たっぷり二十秒かかった。

 私は皺が寄った眉間を指で無理矢理引き延ばしながら、もう一度祖母が読み上げた契約の内容を整理する。キーワードは十八、魔女、三代目、継承。それらの情報を総合した上で、言えることはひとつ。

 ──私は今、人生史上とんでもないことに巻き込まれかけている、ということだけだ。



「ほら、分かったンらさっさと手ェ出しな。契約は双方の合意がなけりゃいつまで経っても成立しないって言ったろ?」



 祖母のせっつくような声に、私はようやく我に返った。

 内容は、かなり怪しいが理解できたと思う。意図も、なんとなく掴めたはずだ。しかし、そこに至るまでの経緯がよく分からない。快諾しようにもあまりに情報が足りなさすぎる。

 無理無茶無謀であることを念頭に置きつつ、私は会話の流れを切るように右手で挙手した。



「し……質問!」


「なンだい藪から棒に」


「魔女とか、継承……って、さっきから何の話? 私に、何させるつもりなの?」


「ハッ」



 戸惑いながら言葉を紡いで訪ねた私を見て、心底おかしそうに祖母は鼻で笑った。



「それを知りたきゃさっさと契約しな」


「そ、それはズルくない!? いくらなんでも説明足りなくない!? 詐欺じゃんこんなの!」


「アンタはアタシと勝負して負けたンだ、ズルも詐欺もありゃしないだろ。ほらどうすンだい? 知りたいのかい、知りたくないのかい? 先達として忠告しておくがね、契約する以外の選択肢は身の安全の保障はできないよ。アタシでさえどうなるかまでは知らないからねェ」


「う、うそ……」



 祖母は口角を上げながら、とても楽しそうに右手を振って私の返答を待っている。



「さァどうすンだい? ──()()、するかい?」



 私の中で渦巻いていた緊張感は、急速に明後日の方向へ霧散した。ひとまずはそれを喜ばしく思う一方、先ほどとはまるで違った意味で、到底後戻りなどできそうにない状況にまで悪化している。

 しかし、それはそれとして女に二言はなし。状況証拠だけで早合点したことに加え、自分で勝負を仕掛けてあっさり返り討ちにされた以上、みっともなく撤回して許しを希うなど、この祖母を前にしてできるわけがない。

 事実として、腑に落ちない点はいくつもある。私が進む道は、気づいたときにはなぜか自然と一本道になってしまっていた。肝心な部分を徹底して伏せて進行していく、読者がただひたすら転がり落ちていくような脚本を読まされている気分にさせられている。

 しかし、疑問は多く数あれど──惑わされるより前に、私の心はすでに腹を括っていた。



「……〰〰できらァ!!」



 まさに清水の舞台から飛び降りる気持ちで、私は叫びながら祖母の骨ばった右手を強く握りしめた。

 ──瞬間、右手を中心に見えない力が、火花を散らすように弾ける。



「……っ!?」



 静電気のような突然の痛みに、私は反射で手を引っ込めてしまう。それでも、得体のしれない力は後を引くようで、体中に纏わりつくような錯覚を覚えずにはいられなかった。

 祖母の正体を知った今なら、はっきりと理解できる。先ほどこの身に現れた枷と鎖のような、蒼白の光──()()()()()()()()()()()が、周囲に瞬いている。夜空に輝く星のように小さな光は、当然幻覚などではない。例えようのないこの痛みが、目の前の光景が現実であることを教えてくれる。

 ──しかし、痛いものはどうやっても痛い。後味の悪い不快感に顔をしかめていると、そんな私の様子がおかしかったのか、祖母は突然声を上げた。



「アッハッハッハッ! 右も左も分かってない甘ちゃんのくせに、いい啖呵じゃないか! さすがアタシの孫だ、しばき甲斐もあって大変結構!」



 こちらがせっかく決意した手前にもかかわらず、祖母はこちらの都合など知ったことかと言わんばかりにあっけらかんと笑った。

 多少不穏に感じる単語を口にしつつも、祖母は普段通りに目を爛々とさせながら言い放つ。



「アンタは今日から、名実ともに『夢死』の魔女の弟子──アタシの正統な後継者だ。手取り足取り、ビシバシしごいてやる。気張っていきな!」



 私は、手に残るかすかな違和感を確かめながら、手を開いては閉じてを繰り返す。

 不思議な気持ちだった。今までの謎の一端を知って初めて、本当のスタート地点に立てたような心地がする。今日明かされた真実は、確かに必要なことだったと信じている。私が抱えてきた疑問の数々は、けして幻想ではなかったのだと肯定されたからかもしれない。

 祖母のあたたかな願いを裏切らないためにも、来年の誕生日まではできるかぎり平和に、健やかな生活を送るよう尽力しよう。

 私は、エンシェント・ガーデンと名付けられた植物園を改めて見回す。



(……魔女の弟子。後継者なら、いずれはこの地下にあるものは全部、私の財産になる)



 この責任は、少なくともけして軽いものではないように思う。

 けれど、そんな重責は向こう見ずな情熱を前に軽々と跳ね除けられる。この地下空間の扉を開けて一時間も経っていないというのに、あれほど真実を恐れて蹲っていたのが噓に思えるほど──今は、自分の知らない何もかもを、知り尽くしたくてたまらない!

 今さら疑う余地もない。今日から怒涛とばかりに目撃してきた超常現象の数々のすべては──魔女や魔法使い、魔術師と呼ばれた人々が使う魔法、あるいは魔術と認識すれば説明がつく。これがフィクションでないことは、すでに疑いようもなく痛感している。

 幻想は、現実の壁を突き破って私の目の前に現れた。これにはしゃがずして何にはしゃげと言うのだろう!

 もう誰にも止められない胸の高鳴りに、握りしめた言い表しようのない充足感に、気づけば私は自然と笑っていた。我ながら単純で現金な性格だと呆れてしまう。



(今日から、いい意味で忙しくなりそう)



 右手を辿って私の魂を縛る力は祝福か、あるいは呪縛か。一本道をひたすら邁進するならば、この際どちらでも構わない。

 その答えの是非は、一年後の私が決めることなのだから。

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