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二〇二四年四月二十五日木曜日 時刻不明 XⅥ

 ──魔法使いになりたい。それは、()()()()()()()()()()()()()()()だった。



「私、小学生までおじいちゃんのことを本物の魔法使いなんだと思ってました」


「……?」


「あ、今のはさすがに分かります。……実際のおじいちゃんは魔女だったわけで、私があのとき信じたものは間違ってなかったわけですけど、普通は分かんないもんなんですよ。だってそのときの私、まだ四歳ですよ!? 『魔法使いはいるんだ! しかも自分の家族!』って信じちゃうでしょ!」


「……ああ、そうか。そういうことか」



 不可解なものを見たように困惑した眼差しをする先生に弁解しつつ、私は荒げた息を整えて続ける。



「幼稚園でお遊戯会するとき、周りの子たちは王子様とかお姫様とか、やっぱり主役をやりたがる子が多かったんですけど、私はどうしても魔法使い役がやりたかった」


「それは、君の身内が魔女だったことと関係するから?」


「それもあるんですけど──」



 ──魔法使いは、努力し続ければ誰だって誰かに何かをすることができる。


 王子役には絶望的になれない、かといって姫役にも足りてない身長。机ほどしか届かない短い手足。地味で平たい顔。現実離れした知らない世界で、ただひとつの奇跡をただ耐えて待つことしかできない。逃げる場所のない、静かな鳥籠のような人生。

 空想はないない尽くし、現実は正直で残酷だ。一般人というものはどこを取っても、せいぜい名前もない村人E役になるのが関の山。


 日々を誠実に生きるひたむきさも、煌めく髪も、諦めず希望を謳う声も、見る者の目を奪うドレスも、春の日差しのような笑顔も、輝くような靴も、美しいとは思うけれど。それは、どこか遠くの絵画を見つめているような、酷く平面的で完成されたものだった。

 物語の終盤に映る、飾り立てられた王子と美しく誂えられた姫。誰が見たって最高に幸せなふたり。しかし、どちらの存在も、私が共感できる人ではなかったから。

 それは誰かの理想の幸福であって、誰かの人生の目標ではないと気づいたから。



「──魔法使いが、魔法を自分のために使うんじゃなくて、頑張って生きてる人のために使ったのが、すごくかっこいいと思ったんです。大人になって、おばあちゃんになってもあんな風になりたいなって、ぼんやりと」



 分かり合えるとは限らないから、誰にも言えなかった。これから先言うつもりもないと思っていた。

 朝がくれば夢が覚めてしまうように。魔法は、死ぬまで秘密にしていなければ簡単に解けてしまうものだから。



「先生の話聞いて、色々安心したんです。おじいちゃんは魔女だけど、誰かにとっての魔法使いだったんだって。こんな風に思ってくれる人がいるって知ってたら、もっと早く会いたかったですよ」



 同志に向ける熱い視線に面食らったらしい先生は、しばし押し黙って静かに息を吐く。



「────なるほど。ゆくゆくはフェアリーゴッドマザーになりたい、ということか。そうなるとバジーレやグリムではなくペローの魔法使いになるわけだが」


「あ、いや、別に人を超越したいわけではなくて。人並みでいいんです人並みで」


「ふむ……」



 至極大真面目に天然な発言をかました先生にすかさずツッコミを入れると、先生は何か考え込んでしまった。



(……フェアリーゴッドマザーって……)



 発想の飛躍を聞いて途端に気恥ずかしくなったが、それでも先生の天然発言が的外れだとは思わなかった。

 誰かのためのフェアリーゴッドマザー。人にとっては都合のいい存在だと、現実離れした空想だと揶揄(やゆ)するかもしれない。



(それでも、頑張る誰かのために何かをすることは、空想でも夢物語でもないんだ)



 方法が違っても、理想とは程遠くても、『誰かを助けたい』という目的が変わらないのであれば。

 私は、誰かに魔法をかけられる存在でありたいと願える。それで誰かの助けになるなら、それが一番の(もう)けだ。



「……ひとつ、君に聞いておきたいことがある」



 すると、黙り込んでいた先生が疑問を投げかけてきた。



「はい、何でしょう?」


「君は────!?」



 口を開きかけた瞬間、何かに気づいたのか先生が弾かれるように頭上を見上げる。



「先生? どうかしっ……」



 私も先生に釣られて首を動かした瞬間──言葉を失った。



(何だ、あれは)



 どこまでも続く暗闇のはるか先にあったのは、一筋の光だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()裂かれた光の痕跡を中心に、卵の(ひび)割れのような亀裂が次々に天上を駆け抜けていく。



(刃物で、斬られ──)



 ──そこで私は、先ほどの先生の言葉を思い出した。



「先生、もしかしてあれって……?」


「っ鈴木! こっちにこい!」


「ぐええっ」



 蛙が潰されたかのような酷い呻き声が先生の硬い胸筋の中に埋まる。



「すまない、好きでもない男に散々触れられて気持ち悪いだろうがもう少し我慢してくれ。ここで離れると何が起こるか私でも分からない。今はそばにいてくれ」


「りょ、りょーかいれす……」



 人体にぶつかった衝撃で私が鼻を痛めている間に、幾筋もの光が闇を裂いていく。



「って先生! これ、天上が! か、壁も! 何がどうなって……!?」


「おそらくだが外部から結界が崩される。目を閉じろ──!」



 先生に言われるがまま目を閉じる直前、私には見えた。

 崩壊は、ついぞ止まることを知らない。暗闇に差し込んだ光の亀裂が急速に四方八方へ広がっていく。今いる空間が崩れる、という慣れない現象に納得はしても理解が追いつかないまま、足元にも崩壊の兆しが迸る。

 驚きはしても、不思議と恐れはない。──何か、大切なことを忘れているような、そんな錯覚が頭をよぎった。


 硝子の壁が砕けていくような幻聴が内側に響く。瞼の裏で暗闇を切り裂き、すべてが光に溶ける。

 

 咄嗟(とっさ)に繋がれた手は固く、離れることはなかった。











 遠くで、電車の走る音が聞こえた。硬く冷たい地べたに体が擦れる。

 ──現実に帰ってきた。受けた痛みと夜の風がそれを教えてくれる。



「おい、起きな若造ども。いつまでその茶番見せつけてンだい?」


「……!」



 次に聞き慣れた声が辺りに響き、私は飛び上がるように目を開く。



「お……ばあちゃん……」



 月明かりを背に、剣を持った祖母が冷めきった目でこちらを見下ろしていた。

次回更新:10/25、23時予定

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