二〇二四年四月二十五日木曜日 時刻不明 XV
「やっぱり、おじいちゃんに会って変わりましたか? その、色々と」
「もちろん。あの人に出会って、ようやく自分がどこへ向かいたいのか、定まった気がする。どれほど努力しようとああはなれないとは理解していた。けれど、あのとき芽生えた情熱は、生きがいとも言える衝動は止められなかった」
「それは今も、では?」
「……そうだな、君の言う通りだ」
私が訂正を入れれば、先生はあっさりと肯定する。
「君は、異端狩りの仕事を立派だと言ってくれたな」
「? はい、そう思ってますよ」
──先生と出会って、話を聞いたときから、そこはかとない予感はあった。
「私もだ。人に誇れなくても、私は誇りに思っている。けれど、それ以上に……」
「?」
「……君なら理解できるかもしれないから言うが、今でも思い出せることがあるんだ」
祖母でもなく、父でも母でも姉でも、ましてやヤマトでもなく。
「赤い髪、赤い服、赤い唇。暗い部屋を優しく照らす、星空を切り取ったようなキャンドルの光」
自分以外、誰もいないのだと信じていた。誰ひとり、共有できる者はいないと諦めていた。
「まさにサンタクロースのような出で立ちで、彼女がそこにいるんだ。なんでもないような顔で魔法を唱えて『家に帰りたくなるまでここにいればいい』と言う彼女の姿が、目に浮かぶ」
夢とは、本来は時間とともに遠く色褪せるもの。
「あんな風になりたいと思った」
子どもじみて見向きもされない幻想は、置き去りにされてしかるべきだ──そんな、誰かにとって都合のいい言葉を、はたして誰が最初に言い出したのだろうか。
「これからのことも、何も信じられなくなっていたのに……不思議なものだ。漠然と、悩んで道に迷う人にこういうことができる大人になりたいと思った」
現実を見ろ。身の丈に合わない。周囲が望む尺度に合わせて生きろ。より楽に、そのとき都合がいい選択を──その声は、はたして誰のためのものだったのだろうか。
今なら言える。何も諦める必要なんてないのだと。それは、自分以外のすべてに都合がいいだけの、傲慢な諦めなのだと。
「あの瞬間からずっと──」
どちらかなんて選べない大切なものを、ひとつでも、譲らなくてよかったのだと。
「──あの聖夜に見た、真っ赤な魔法使いのようになりたかったんだ」
──今宵、私は自分の意志で一緒に育った家族を犠牲にした。
私のせいで、あの子は死んだ。私が弱かったせいで、私がもっと強ければ。私が、なんとかしなければいけなかったのに。
今年で十三歳になったばかりの私の小さな王子様に、死という選択を選ばせてしまった。
(…………私は)
私は、とても酷い人間だ。とても愚かで、強欲で、人に指を差されても仕方のない人間だ。
(…………私、は)
──人は、何かを犠牲にして、望んだものを得る。
(犠牲にして、勝たなくたってよかったんだ)
──けれど、犠牲にするのが本当に嫌なら、手放すべきではなかった。
(おじいちゃん、ごめんなさい)
──ヤマトも、絵本も、目標も、知識も、技術も、店も、ペンダントも、魔法も、思い出も。
どれもこれもあれもそれも、祖父が私に遺してくれた宝物だったのに!
(どうして、失ってから気づけない。私が壊してしまった、たくさんの中のひとつを、私が、台無しにしてしまった)
涙を瞼に押し込めて、私はただ祈る。
ヤマト。真っ白で小さな私の王子様。
旅立たずにまだここにいるなら、どうか、どうしようもなく欲深い私を叱ってほしい。
両親が死んで、祖父が亡くなって、ヤマトを喪って一番に悲しむべきはずなのに。誰も分かり合えることはないと諦めていたのに。心は暗闇で泣いているはずだったのに。愚かにも私は、その先に新しい光を見出してしまった。
(ああ、そうだ)
暗闇を越えた光の先に、先生がいたから。
(この人も──先生もきっと、おじいちゃんが遺してくれた縁だったんだ!!)
知っている人がいるなら、どうか教えてほしい。抱えきれない出会いと別れを、どうやって表せばいい。
(今度は取りこぼしたくない、もう二度と!!)
同じ人に、同じ夢を見せてもらった人を──同志とも呼ぶべき人を、私は生まれて初めて見つけてしまった。
この出会いを、この必然を、どうして運命と感じずにいられようか!
「────わ」
私がこれからすべきことは、目の前のこの人と引き合わせてくれたすべてのものへの、感謝と恩返し。
「わ?」
「私もです!!」
そして、繋がれたものを必死に引き留めるように、思いは口を突いて飛び出していた。
次回更新:10/11、23時予定。諸事情により二週間に一回更新が多くなります。




