二〇二四年一月十八日木曜日 時刻不明 Ⅳ
「勝負ゥ? はは、賭け事なんて何年ぶりかね。アタシは何でも構わないが、一応聞こうか……なぜ、そンなことをする?」
「その前に、いくつか聞かせてほしい」
一拍おいて、私は深呼吸した。
「なんで……パパとママのし、死体が、ここに」
「……見られた以上、取り繕おうが意味はなし、か」
言い訳を拵えることすらあっさり放棄してのか、祖母は淡々と語り出した。
「ふたりの遺体……言っちまえばふたりの死因が、何もなかった現場に唯一残された証拠だからさ。だから、どうしてもあのときのままの姿で、ここに保存しなけりゃならなかった」
「……証拠?」
「見たまンまの話さ。ふたりは事故で死ンだンじゃない、どこぞの馬の骨に殺されたンだ」
「殺され……事故じゃ、ない?」
十三年越しになって明かされた新情報の濁流についていけるほど、私の脳味噌は柔軟思考にできていない。
ただひたすら、祖母の語る真実に身を委ねる他なかった。
「ああそうさ、今でもあの光景が忘れられない! 愛莉華が、章ちゃんが! 魔術のまの字も知らない子たちが、あの子たちが何をしたって言うンだい!? どンな理由があって八つ裂きにした挙句、体を継ぎ接ぎにされなきゃならない!?」
今までの祖母を知っていれば考えられないほどの抑え込まれていた激情と、苦悶と悔恨に満ちた表情。
一瞬、床をそっと目を伏せた祖母は、私から見ても苦しげに映った。
「アタシだって、一秒でも早くどこぞの大馬鹿魔女野郎をしょっ引いて楽にしてやりたいンだ。……今は、大目に見ちゃあくれないかい」
最初は何を考えているのかと正気を疑った。祖父も姉も、このことを当然知っていたはずだ。知らなかったのは、私だけだった。しかし、祖母だって好き好んでふたりの遺体をここに安置していたわけではない。それが知れただけでも、私は十分だった。
秘められた祖母の想いを尊重し、私は次の質問を口にする。
「……分かった、じゃあ次の質問。おばあちゃんって……魔女、だよね」
言って、背中に嫌な冷や汗が伝う。自分で口にしておいてなんだが、冗談にしても酷い文句だった。
──この部屋にあるものすべてが、真実であることを認めよう。これは映画のセットでもなければ、趣味用でも道楽用の部屋でもない。ここは正真正銘、魔女の部屋だ。
なぜ、そんなものが家の地下に隠されていたのか、そんなことはもはやどうでもいい。私がこの部屋を見つけたことさえもどうでもいい。重要なのは、明らかに秘密にされていたであろうこの場所に今、私がいることだけが問題なのだ。
こうなっては、この祖母を相手に言い逃れなど通じるはずもない。しかし、私は愚かにもわずかな希望をまだ捨てきれないでいる。その口で、冗談だと認めてほしがっている。どうか、冗談であってほしかった。
「アタシが魔女かって? ──そりゃもちろン、イエスさ」
淡い期待はさっそく裏切られた。動揺で胃の中が重くなった気がする。
「嘘……いつから、だったの?」
「つっても継承してからまだ一年も経ってない、この歳にしてペーペーの新米だがね。この部屋もジジイが死ぬ前に数回入ったか? 結局、ジジイが死んだ後もここの物を動かす気にはなれンかったね」
「……え?」
想定の斜め上の回答が返ってきたため、さらに動揺が隠せなくなった。
継承から一年も経っていない。これはどういうことなのだろう。私はてっきり、自分たちが生まれる前から魔女をやっていて、何かしら悪だくみのひとつやふたつを企てているのだとばかり邪推していた。
なぜなら、この秘密基地に置いてある物の数々は、一年二年では到底説明できない年季があったからだ。たとえ素人の鑑定でも、新しいか旧いか程度なら見分けがつく。つまり、祖母の言葉が真実であれば──魔女になって日が浅いから、この部屋の出入りは頻繁に行っているわけではなかったということになる。
では、この部屋の本当の持ち主は誰なのか。新たな疑問が頭を占めて、口が動かなくなる。
祖母は目を細めて、一歩だけ足を前に踏み出した。
「質問は終わりかい? ちょうどアタシも聞きたいことがあってね……どうやってこの部屋に入った? ああ、ヤマトに聞いて開けたって言い訳はなしだよ。ヤツには前から設定が施されてるからね。どンな手使おうが、このお喋りが口を割ることはできないのさ。分かったらさっさと吐きな」
この質問に答えるのは、賭けだ。しかし、今はひとつでも情報がほしい。
私は祖母の反応を見るために、正直に洗いざらい隠していたことを伝えた。
祖父が私に遺言書を遺したこと。今日までずっとその意味が解けなかったこと。遺品整理の際にどうしても取れない本があったこと。その本を押し込んだら謎の扉が現れたこと。遺言書の内容が扉を開けるためのヒントになっていたこと。それをヤマトがほのめかすように教えてくれたこと。
私が話している途中から、祖母はもう聞いていられないとばかりに片手で顔を覆ってしまった。
「……」
「……」
「……あンのクソジジイ」
短い単語の端々から祖母の怒りと嫌悪の感情が滲み出ているのが分かって、私の肩は露骨に震えた。
明らかに祖父と祖母の間で見解の不一致が発生しているようだ。実際、ふたりの間に何があったのかについては私が計り知れることではない。よって、今は深掘りを避けることにする。
気まずい空気が場を満たす前に、私は本題を切り出した。
「そっちの事情は分かった。話を戻そう」
私はポケットに仕舞い込んだ銅のコインを取り出し、顔を上げた祖母の視線に突きつける。
今日まで日の目を見ることのなかった、祖父仕込みのコイントス技術の出番だ。
「勝負はコイントス。どちらかが望んだ絵を出したら、相手の要求をひとつ受け入れること……ただし、殺すのはもっての外だし、精神的に追いつめるような方法も絶対なしだから。私は表を出す。オーケー?」
「はいはいアタシは裏だね。契約成立だ。それでいいから早く始めとくれよ。……ちなみに、何本勝負するつもりだい?」
「一発勝負」
「いいねェ、アタシ好みだ! 粋ってのを分かってるじゃないか!」
祖母好みの即断即決な回答をしたことで、流れは一気にこちらの手の内となった。本題はここからだ。
──私は、幼かった頃の祖父の教えを思い出す。コイントスで狙った絵柄を出すのは、私にとってそう難しいことではない。
私の知るかぎり、コイントスのイカサマは三つ存在する。ひとつは無回転、いわゆるパストス。もうひとつは手の甲で受け止めた際に、手の平で裏表の模様を瞬時に判断して望みの面を出す、言うなれば反転操作。
しかし、この状況におけるあからさまなパストスや反転操作は、怪しんでくれと白状しているようなものだ。ゆえに、今回は第三の方法を使用する。
まず、コインを親指と人差し指で軽く挟む。次に、手首をゆっくりスナップさせながらコインをなるべく内側に、かつ同じ面がくるように回転数が極力少なくなるように弾く。公平を期すように見せかけるため、キャッチではなく地面へ落とすのがコツだ。
唯一の懸念点は、使用するコインの比重をまったく知らないこと。表面が裏面と比べて少し凹んでいるため、落下する際の角度次第では失敗する可能性も否めない。それでも、表が出れば私の勝ちだ。多少のリスクは承知の上で、この方法で勝負しようと決めたのだから。
徐に息を吸って、吐く。覚悟は決まった。私は、手にしたコインの表面が上を向いているのを確認する。
(……泣いても笑っても一発勝負。確率なら八割は固い)
私は、親指でコインを中空に弾いた。
「────」
指の力の調整。高さ。スピード。手首のスナップ。コインの軌道。投げるタイミング──すべてが想定通りだ。今までで完璧と言っても過言ではなかったと思う。
(よしっ、このままいける!)
勝負は決まった──
──はずだった。
私が出した絵柄は、間違いなく表面だった。
「────は?」
しかし、地面に落下したコインの絵柄は、なぜか文字や数字が彫られた裏面になってしまっていた。




