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二〇二四年一月十八日木曜日 午前八時

初投稿です。目指せ、毎日投稿。

 二〇二三年十二月三十一日日曜日、未明。


 ──『私の愛しい孫、茉楠へ。最期にこれだけは言わせてくれ。信濃柿だけは死んでも食べちゃ駄目だし、じゃがいもにだけはなってはいけないよ』


 その日、人様からしてもわけの分からない遺言書を遺して、私の祖父は息を引き取った。











 祖父が亡くなって十八日目の朝を迎えた。

 いつも通りの時間に起きて、いつも通りに洗面所で顔を洗う。鏡には冷水に塗れた私の顔と、祖父譲りの色素の薄い青い目が映る。さっさと顔を拭いて、垢抜けているように見えるだけの短い地毛の茶髪を、櫛で上手いこと整えた。

 いつもの制服を着てから寒々しい廊下を抜け、いつものようにキッチンへと足を運ぶ。



「おばあちゃん、おはよー」


「はいはい、おはようさん」



 途中、洗濯を終えたらしい祖母とすれ違い、いつも通りの挨拶を交わす。

 私はキッチンに入り、祖母が淹れたコーヒーの残りをありがたく頂戴した。私と祖母はコーヒー派、祖父と姉は紅茶派だったので、この家で紅茶を好んで飲む人はもういない。物足りない匂いと寂しい事実に少し物悲しくなりながら、食パンをトースターで焼きつつカフェオレとヨーグルトを用意した。

 出来上がった朝食をリビングダイニングへ運んでいると、電子タバコを持って現れた祖母は、ソファに腰かけてテレビを付ける。

 私はテーブルに腰かけ、朝食をつまみながら朝のニュース番組を右から左へ聞き流す。すると、何かが気に食わないらしい祖母の小言も耳に入ってきた。



「……チッ、な~にが魔女狩りだい。仮にも人様に選ばれようって男がみっともない愚痴を聞かせるんじゃないよ。言葉は正しく選べってんだ、まったく!」



 祖母は電子タバコを咥えながら、眉間に深い皺を寄せながらテレビを凝視し、そんな独り言を呟いていた。発言の端々から聞いても分かる通り、祖母は年々言葉を選ばなくなっているのだが、私はそんなありのままに心情を吐露する正直者な祖母を尊敬している。

 六十九歳という年齢を感じさせない、輝かんばかりの精悍な眼差し。誰にでも強気で男勝り、竹を割ったような性格。さらには江戸っ子気質の気っ風の良さは家族が一番よく知っているから、直してほしいと強く感じたことはない。むしろそんな彼女の孫としては、死ぬ間際まで強くてかっこいい、元気な祖母でいてほしいのである。

 そんな祖母への思いを静かに再確認していると、突然思い出したように祖母が声を上げた。



「そうだ茉楠、アンタ今日部活はどうすンだい?」


「ん~? あるにはあるんだけど、今日は休むよ。まだ遺品整理とか終わってないし」


「そうかい? そいつは助かるねェ。けど、もう九割方終わらせてンだろ? アタシが片づけてもいいが……」


「うんにゃ大丈夫、後は本を移動させるだけだから。ごちそうさまー」



 いつものように朝食を食べ終え、いつものように歯を磨く。

 自分の部屋に戻り、机に置いてあるアクセサリーケースから、今日着けていくピアスを選んで鏡の前で細かな位置を調整する。

 続いて、今日の科目で使う教科書やノートがスクールバッグに入っていることを確認し、チャックを閉めた。



「いってきまーす」


「はいはい、今日も元気にいっといで!」



 冬用に購入した厚手のコートを羽織って、お手製のマフラーを適当に首に巻く。家の鍵を持ったのを確認すると、私はいつものようにリビングにいる祖母に声をかけてから、早足で玄関に向かう。

 今日は雨予報の情報がないので傘を持っていく必要はないのだが、私は折りたたみ傘をオープンポケットに常備している。特に夏場は夕立が多く手放せないので、いつ、どこで通り雨が降っても問題はない。

 持ち物を粗方確認する。忘れ物はきっとない。多分大丈夫だろう。今日もいつも通りだ。

 ドアを開けようとしたが、ふと誰かの視線を感じたので、私は背後を振り返る。



「……」


「……」



 視線の先には、ピンクと紫を基調としたフード付きのギャザーポンチョを身につけた──()()がいた。

 性別は判断できない。顔も判別できない。視線の先の生き物が、私が物心ついた頃からこの家に棲みついている。特段悪さをするでもないことから、守り神のような何かだと認識していた。

 近づいても逃げられるだけなので、私はいつものようにその子にも声をかける。



「いってきまーす……」



 ──いつも通りの、冬の朝。

 二年間履き潰して慣らしたローファーを履いて、私はひとり寂しく学校へ向かった。

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