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92 気付く


 温室で彼女を待つ間、いつもの様にお茶会の準備をする。今日は積もる話もあるだろうから、冷めても味が落ちない茶葉を用意したのだ。お茶に煩い彼女が、気に入ってくれるといいのだが。


 暫くすると、此方にやってくる足音が聞こえた。

 久しぶりに愛おしい彼女に会える、その嬉しさから顔は綻んでしまう。



 ……だがそこには彼女ではなく、父上が居た。



 父上は紫の瞳を歪ませ、険しい表情で此方を見ている。その怒りもやって来た意味も分かっているので、僕は目を細めた。


「父上、どうかされましたか?」


 来た理由も知っている。だが一応、他の可能性も考えて穏やかに質問をした。僕の声色に父上は、表情は変えず小さくため息を吐く。


 

「ルーク。今日はイヴリンは来ない。私が帰らせた」

「……そうですか、残念です。彼女には話したい事が沢山あったのに」

「何をだ?治癒の真実を公表した事への謝罪か?」

「それもあります。それと彼女の気持ちを考えずに、強制的に王妃にしようとしている事への謝罪もです」


 王妃、その言葉に父上は強く反応した。父上はそのまま僕の向かい、イヴリンの為に用意した椅子へ座る。

 普段彼女が座る椅子は、一番温室の花が綺麗に見える位置だ。

 かつて父上が、僕と同じように温室で彼女とお茶をしていた時から変わらない、彼女の特別席。


「お前が、イヴリンを心から愛しているのは知っている。……まさか、婚姻の為に教会へ手を回すとは思わなかったが」

「本当は父上に相談して、イヴリンに爵位を与えようとしましたが……それは無意味だと察しましたので」

「……何故だ?」


 意味が分からないのか、父上は怪訝そうに此方を見た。

 僕は準備していた茶葉で紅茶の準備をしながら、父上に笑いかける。




「だって父上は、今でもイヴリンの事を愛しているじゃないですか」




 僕が告げた言葉に、父上は目を大きく開いた。

 その表情は、父ではなく一人の男のものだったので、あまりの滑稽な姿に吹き出しそうになってしまう。



「例え、僕とイヴリンが愛しあったとしても、父上は彼女との婚姻を認めてくださらないでしょう。かつで自分が得る事が出来なかったものを、取られたくないんです。……それはもう、愛ではないかもしれない」


 淡々と話を続けながら、ティーポットに湯をゆっくりと注いでいく。


「温室にいる彼女を見る為に執務室に窓をつけたり、彼女を襲ったマーカス・ヒドラーに度を超えた罰を与えたり。……彼女から送られた手紙を、あんな愛おしく見つめたり」


 注ぎ終われば、ポットの蓋を閉めてティーコジーを被せた。


「父上はイヴリンを「友」だとおっしゃいますが……なら何故、彼女が国民から「魔女」と嘲笑われている事を止めなかったのですか?友が苦しんでいて、父上なら止める力を持っているのに」

「……それは」

「彼女が周りから蔑まれる事を、心の底では望んでいたのですよね?彼女の事を自分以外が求めない様に、彼女が関わらない様に」


 

 男はテーブルに置いた手を固く握った。僕はそれを見ても口が止められない。


「自分は求めてもらえなかった、それなのに他人が彼女に求められるのが怖かったんでしょう?おばあ様が指示しなければ、白百合勲章だって本当は与えたくなかった。彼女が注目される度に、彼女に他人が好意を寄せる可能性を恐れていたんです。だから、舞踏会のシャンデリアに細工をして、ヴァドキエルの娘に魔女が呪を掛けた為だと噂を回した。栄光を少しでも曇らせる為に」


 あの舞踏会は、この男が主催していた。いつも会場の装飾や人員など細かな所まで確認するのに、会場で一番存在感あるシャンデリアの確認を怠るなんておかしいと思っていた。

 それを調べて、故意で落とされた可能性が浮上した時……実の父の今までの行動と、少しずつ感じていた疑問が正解だったのだと納得した。



 僕がそこまで気付くとは思わなかったのだろうか?男の目は、どんどん大きく開いていく。


「イヴリンの使用人達を勲章式に招待したのも、出席していた高位の貴族に彼らを引き抜かせる為。……まぁそこは、彼らの忠誠心もあって失敗になったようですが」




 男は真っ直ぐに僕を見ている。その姿は、僕が辿る筈だった未来の姿だ。

 自分が手に入れられないなら、誰にも触れさせないようにすればいい。例えそれで彼女が孤立しても、彼女の隣に誰かがいるよりよっぽどマシだと。


 その想いは、恋とか愛とは違うのかもしれない。もっと毒々しいものだ、まるで僕と同じ。


 ……でも、僕と決定的に違う所、それは男とイヴリンがお互い愛しあっていた事。それ故に、彼女は身を引いた。それを男は引き止めれなかった。


 そして僕は、彼女を手に入れる為なら何でもする。


「僕は父上と違う。求めて嫌われるのを恐れて、理想的な姿で偽り、彼女を影で裏切るなんてしない」




 男は、あの執務室から僕達を見ていたんじゃない。男に似た僕を、自分と見立ててイヴリンとの時間を過ごしていたのだ。すっかり老いてしまった、彼女と並ぶ事が出来なくなった自分を偽る様に。


 ……それに彼は怖いのだ。彼女の目の前で自分を抑える事ができるのか、王としての姿を保てるのかを。その姿を、誰よりもイヴリンが求めているから。



 男の紫の瞳が、熱を孕んで揺れている。

 その瞳のお陰で、僕はそれが真実なのだと理解した。


 

「例えイヴリンに求められていなくても、それでも僕は……彼女を手に入れます」


 彼女に気に入られようと、優しい王子様になろうとするのはやめた。

 誰にも彼女は渡さない。彼女が隣にいない人生なんて考えていない。



 それに、イヴリンだってずっと過去の男に縛られている訳ではない。

 最近の彼女は、パトリックの前では作り笑いをしない。本当に笑いかけている、本心を話している。……その理由を、まだ彼女自身は分かっていないのかもしれないが。




 嗚呼、本当に哀れな男だ。

 軽く話せば、軽く触れれば彼女をまだ繋ぎ止めれていると思っている。裏の顔をうまく隠して、騙されていると信じている。




 そんな事ないのに。

 そもそも彼女は、お前をもう見ていないのに。












 現在私は、馬車の中でサリエルくんに追い詰められている。馬車の壁に手をついて、狭い馬車の中でも逃げ場がない。

 まさかこれは、前の世界でよく聞く壁ドンというやつか?いや、馬車ドン?


 麗しの悪魔は、顔を近づけて赤目で睨んでくる。それすらも美しいと思えてしまうのだから、整った顔ってのは罪なものだ。

 だがそんな綺麗な顔面から、物凄い大きな舌打ちが鳴った。ツバ飛んだ。


「ご主人様、まだクソ国王に懸想をしているんですか?」

「えっ?」

「前のお茶会でも、クソ国王の事で表情を変えたり。先程も、触れられて嬉しそうでしたよね?」


 えっ、馬車ドンの理由それ?めちゃくちゃ独占欲の塊じゃんこの悪魔……いや、前にもレヴィスが同じ様な理由で懲らしめてきたな。一体なんなんだ最近、二人とも頭可笑しくなったのか?

 しかしここでそんな暴言吐くのは死を意味する。私は必死に弁解を、というか真実を声に出した。


「そりゃ確かに、昔好きだった男に触れられて、恋焦がれた記憶がチラリと戻る時はあるけど……睨むな睨むな!で、でももう好きじゃないよ、懐かしい男って位……っていうか、なんでそんな事をお前もレヴィスも気にするの?」

「ご主人様は僕達のものだからです」

「そうだね、契約期間中はお前達のものだよ。でもそれは体だけで、気持ちは別でしょ?お前達から逃げなきゃいいだけじゃないの?」

「違う。心も体も、全て僕のものだ」


 サリエルはそう言いながら、蛇舌で唇を舐めてくる。なんか気持ち悪いので、絶対に口は開けない。

 それに気付いたのか、無理矢理舌を入れ込もうとしてくる。おいその行為は許してやるが、絶対に後で何か対価で貰うからな。此方も負けじと口を閉じたので、お陰で唇がベシャベシャなんだが。



 うわぁ、病んでるなー。

 前も思ったが、プロポーズみたいだ。………うん?プロポーズ??




「んぐっ……それってサリエル、まるで私の事好きみたいじゃん」

「………………………」




 あっちゃぁ、思いっきり口が滑った。頭を掴まれる、そう思い身構えた。




 だが悪魔は、その言葉に目をまん丸にして驚いていた。

 蛇舌から涎が垂れているのに、それすらも気づかない位に。




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HA☆TSU☆KO☆I!! ひゅーひゅー(*>ω<*)σ)-・ )
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