91 弁解
私が神の子供だとか、他の人間とは少しつくりが違うだとか。悪魔の存在を知る前であれば、馬鹿らしい戯言だと聞き流していただろう。……今の私は、それを戯言だと聞き流す事ができないが。
……しかしそうか、私の両親のどちらかは神って事か。特に変わりない、普通の両親なのだがどっちが神だ?……まぁどちらにせよ、神の子供ってんならもっと美しい容姿にして欲しかった。
「ねぇサリエル。神様ってどんな人なの?」
城へ向かう馬車の中で、向かいに座るサリエルへ質問した。奴は美しい赤目を此方へ向けた。
「神は姿を変えたり、時には憑依もします。どんな姿であれ、滅多に姿を見せませんのでよく知りません」
「えっ、そんなのに昔は従えてたの?」
「そうなる様に天使はつくられていますから」
吐き出す様に語られる言葉は、元天使とは思えない程に憎しみに溢れたものだった。……つくられているのに、どうしてお前は悪魔になってるんだとか、色々聞きたいがプライベートな事だしやめておこう。別に知った所で何もできないのだ。
なので話を変えて、私に関係ある事を質問する事にした。
「私が神の子供なら、私は悪魔の天敵になるんじゃないの?だってお前達って神と、天使の子供が苦手なんでしょ?」
「ご主人様は、そこまで神の力を引き継ぐ事が出来なかったのでしょう。天使の子供でもごく偶にありますし、そもそも神の子供を見るのが初めてですから、僕も詳しくは分かりません……ご主人様は、万能の治癒能力と、神の汚れない肉体を引き継いだだけなのでは?」
「……つまり。私は悪魔が、神に求めている部分だけ引き継いだと?」
その言葉には、サリエルは無表情で何度も頷いた。後ろに花畑が見える。
「その通りです。ご主人様は悪魔にとって最高の贄です。生まれてきてくださって有難うございます」
「普通に生まれたかった」
神の子供でなければ、私は悪魔とほぼ無理矢理契約させられる事もなく、とっくの昔に生まれ変わっていたのだろう。何という事だ、生まれが珍しいだけで損しかない。むしろ、まるで神の出涸らしの様な人間にされてしまったのか。
城に着くと、私とサリエルはいつもの様に、温室へ向かうために長い廊下を進んでいく。城の使用人達が、いつもとは違い情熱的な目線を向けている。おいおい、本当に聖女様だと思っているのかお前達?今まで使用人悪魔しか見てなかった癖に。
やがて温室の前まで来れば、丁度温室の扉が開き、中からパトリックが険しい表情をしながら出てきた。彼は此方に気づくと瞳が揺らぎ、何処か気まずそうに立ち止まった。
「ご機嫌ようパトリック様。年越しパーティーぶりですね」
「……あ、ああ……暫くだな」
なんだ?随分と歯切れが悪いじゃないか。いつもなら年頃らしい、偉そうな物言いをしてくるのに。
私の表情を見たパトリックは、目線を下げながら小さく口を開く。
「……あの号外の記事の内容は、真実か?」
「血で病を治した事ですか?ええ真実です。まぁ血じゃなくても、体液であれば何でもいいのですが……流石に王族の人に、唾を掛けるわけにもいきませんから」
私の返答に驚愕の表情を見せた彼は、手で固く拳を作っていく。暫くするとため息を吐きながら頭を抱えているのだが、中々その表情は色っぽい。
「それが真実なら、お前は確実に聖女認定される。……この信仰高い国だ。聖女となったお前は、殿下の伴侶となるだろう」
「私は誰の妻になる気もありません。先王の時代にも、アレキサンダー王の側室になる事を提案されましたが、全て断っています。今度も同じ事をするだけです」
先王の時代、私は治癒方法を公表しない事を褒美の一つとして了承して貰った。だがそれは先王との契約であり、その息子のアレクや、孫のルークには関係ない。いつかはこうなると想定していた。流石に側室ではなく王妃として迎えようとしているのは吃驚したが。
ルークは本当に素晴らしい、次期王として威厳や尊厳、そして才能を持っている。だが逆を言えば、自分よりも上の人間が存在しない事を自覚している。自分が望めば、大方全て手に入れる事が出来る事を。
今回はそれが暴走した結果だ。……何故この様な強引な方法を、あの穏やかな殿下がしたのかは分からないが。若者は時に、自分の気持ちで暴走するものだ。それを諭し、正しい道へ誘うのも大人の務めである。
自分の事なのに、落ち着いて話しているのが信じられないのだろう。パトリックは狼狽えているが、私は話を続けた。
「殿下に好意を寄せられている事や、陛下や王太后がその気持ちを後押ししていた事も知っていました。ですが、私は」
「それは勘違いだ、イヴリン」
背後から、見知った声が聞こえた。目の前のパトリックは、その相手に気付けば慌てて頭を下げている。横にいたサリエルは、声の主を知れば一瞬顔を硬らせた。
普段と違って、優しいものではなく慌てた声色。後ろへ振り向けば、そこには陛下がいた。いつもの近衛兵もいないし、どうやら振り切って走ってきたらしい。栄光ある大国の王は、着る量も質も重たいものだから、やや息が荒い。
王としての表情は崩れ、昔の面影ある、素の表情の陛下は息を整え終われば、真っ直ぐ紫の瞳を向けてくる。
「確かに私は、ルークが君に抱いている想いを知っていた。だが、君が受け入れない限りは、伴侶にしようとは思っていない」
早口で語られる言葉に、私は目を細める。
「しかし……先日殿下に、私に爵位を付けて、殿下の妃にする事を陛下に提案されたと聞いていますが」
「それは提案したが、君に爵位を付ければ、王族への発言権を与えられるからだよ。万が一ルークが無理矢理君を妃にしようとしても、貴族なら拒否の発言が出来る。かつてヴァドキエル侯爵家が、ルークとの婚姻を白紙にした様に。ルークには流石に、誤魔化し伏せて話したが……」
確かにそれは正しい。平民と違い貴族は、王族の命令に異議を申し立てる事が出来る。流石に全てをとまではいかないが、相手が嫌がっているのに添い遂げようとする行為は、そう簡単に出来なくなるだろう。聖女と担がれるよりかは時間稼ぎになる。
なんと回りくどい。しかも真実を隠して、まるで息子の為に提案している様にしているなんて……流石アレク、性格が悪い。思わず顔を引き攣らせてしまうし、言葉も鋭くなる。
「そんな回りくどい事しなくても、普通に父親として言って聞かせればいいじゃないですか」
「私の息子は性格もそっくりなんだ。そう簡単に父親の言う事を聞かないよ」
「殿下の方が、もう少し優しさがあると思いますが?」
「その優しい息子に、治療の真実を公表され、伴侶にする為に外堀埋められそうになっている癖に……」
「子供というのは、時に予想外な事をするものですから」
そう言いながらパトリックへ目線を移すと、耳をほんのり赤くさせて目線を泳がせた。おいちゃんとこっち見ろ。年越しパーティーのドレスの件は忘れてないからな。
その光景に陛下は苦笑いを向ければ、此方へ一歩近づく。
「とりあえず、ルークの事は私に任せて欲しい。今日はひとまず、お茶会はやめて屋敷へ帰ってくれないか?ルークには私から後で伝えておこう」
普段と同じ、優しく諭す声色に戻った陛下に肩を触れられる。……どうやら、アレクは私の味方らしい。その事に何処か安堵している自分がいる。
本当に恋とは、面倒なものだ。
忘れたと思っても、忘れたくても。ちょっとした事で思い出してしまうのだから。
その時、軽い叩く音と、肩に触れていた陛下の手の感触が消えた。同時に違う手に掴まれる感触、そしてほのかに香る石鹸の匂い。
見上げるとサリエルの顔が近い。どうやら私は奴に体を抱き寄せられているらしい。普段は人前では猫かぶっている癖に、こんな態度を取るとは珍しい。……おそらく独占欲が爆発したのだろう。最近沸点低いし、陛下がいるし。
美しく冷たい赤目は、私を真っ直ぐ見据えていた。反対の手で私の頬に触れながら、整った口元がゆっくり動く。
「ご主人様。お言葉に甘えて、僕達の家へ帰りましょう」
「う、うん。帰ろうか」
サリエルは昔から陛下を好んでいなかった。私の気持ちに気づいていたからだろうが、それでも他の使用人よりも激しく嫌っていた。それこそ陛下の名前を出すだけで少々皮膚が蛇皮になる位に。……「僕達の家」とは、まぁ牽制していらっしゃる。
流石に陛下も、側で見ていたパトリックも使用人サリエルの態度に驚いている。先ほどまで肩に触れていた陛下の右手、恐らくサリエルに叩かれたのだろう。使用人の行動は、全て主の責任になるって分かってるよねお前?
「……ええっと……確か君は、イヴリンの屋敷の執事で、サリエルだったかな?」
恐る恐る、と言った形で陛下がサリエルに問いかけている。まずい、変な答えを出せばサリエルが罰せられる可能性が出てきた。最近この脳筋はクソクソ言いまくっているので、もしかしたら今の奴なら目の前で「クソ国王」とか言っちゃうかもしれない。本当にシャレにならない。
しかし今、陛下に質問されているのはサリエルだ、この脳筋だ。
抱き止める力を緩めない奴は、生唾を飲み込む私を一瞬見てから、次に陛下を見据えて口を開く。
だがその表情は一瞬で、国王へ向けるものではなく、虫を見ているかの様な蔑んだものに変わった。気づいた時には時遅し、脳筋悪魔は吐き捨てた。
「子の飼育も出来ない老いた豚が、僕の名前を軽々し」「お言葉に甘えて失礼します!!!ありがとうございました!!!!はーーーい!!!」
クソどころじゃなかった、多分クソの方がまだ可愛かった。




