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87 包丁は、研げば剣になる



 年始に建国王へ祈りを捧げる。それがこの国では当たり前の事なのだろうが、そもそも私は入信をしていないので、今まで祈ってきた事はない。それに殿下を生贄にしようと目論んでいた建国王へ祈る事は、この先も一生ない。この年越しパーティーもタダ飯を食べにきているだけだ。

 だが建国王の真実は、私と悪魔や天使、そして術が効かないパトリックしか知らない。


 ……本当に、この一年は今まで過ごした三十年の中でも、一番濃い時間だった。


 王族と悪魔、そしてごく少数の人間としか関わっていなかった私の世界が広がり、そして深い縁が出来た。面倒な縁ではあるが、別に嫌いじゃない。


 

 パーティー会場である講堂の中は、多くの学生やその家族、友人や恋人達が楽しそうに年越しを祝っていた。中央では、学生達の有志で組まれた音楽隊の演奏で人々が踊っている。

 ……そこかしこにウィリエの像や絵が飾られている以外は、とても素晴らしいパーティーだと思う。勲章式後に行われた、城主催の舞踏会よりも堅苦しくないので平民には有難い。


 一緒に入場していたギルバートは、パトリックの肩に腕を回しながら私を見た。


「ミス・イヴリン。我がルドニア国立学校の年越しパーティー、中々豪華でしょう?」

「そうですね……ここまでの規模のものを、よく若者達が作り上げたなと感心しています」

「いやぁよかった!「辺境の聖女様」に気に入って頂けて光栄です!」


 ギルバートは嬉しそうに歯を見せながら笑った。チャラそうな見た目で可愛く笑うものだ。この笑顔のギャップにやられた女子生徒も多いだろう。


 先程から腕を回されているパトリックは、不機嫌そうに顔を歪めながらギルバートに顔を向けた。


「お前、何時まで俺達の側にいるつもりだ?」

「おいおい、数少ない友人につれない事言うなよ。自分色に染まった想い人を、早くダンスに誘いたいのは分かるけどさ」

「ギルバート!!」

「まぁ?うちの学生は平民も多いし、聖女イヴリン様に焦がれている奴もいるしな。そりゃあ牽制したくなるよなぁ」

「うるさい!!!」


 パトリックは図星だったのか、顔を真っ赤にしながらギルバートの胸ぐらを掴んだ。

 ……成程。通りで先程から女子学生達に、睨まれたり真っ青な顔を向けられると思った。

 恐らくこの贈られたドレスは、一目でパトリックの特別な相手だと分かるものらしい。お揃いの飾りか、もしくは色か?……まぁなんにせよ、そんなドレスを恋人ではなく片想いの相手贈ってくるなんて、はっきり言うと重い。


 私のじっとりとした目線で気づいたのだろう、パトリックはギルバートの胸ぐらを掴みながら、気まずそうに目を泳がせている。

 正直、今すぐドレスを着替えたいが、替えのドレスに着替える時間はない。それに次期公爵であるパトリックの顔を立たせる為にも、大人しくしておいた方が良さそうだ。なんて面倒で重い童貞なんだ。貴族じゃなかったらぶん殴ってたぞ。


 ギルバートに詰め寄るパトリックの裾を引っ張ると、驚きながら勢いよく振り向いてきた。怖い。


「申し訳ございませんが、ダンスは遠慮いたします」

「……何故だ?」

「私、踊れませんので」


 本当の事なので正直に話したが、パトリックの眉間に皺が出来た。本当に表情に出やすいなこの男。


「俺が教える」

「ほー?ダンスとは、教えてすぐ出来るものなんですね?」


 私の挑発的な言葉に何も言い返せないのか、言葉の代わりにどんどん眉間に皺を増やしていく。悪いね、日本じゃこんな洒落たダンスじゃなくて盆踊りなんだよ。


 掴まれた手から解放されたギルバートは、私達の会話を聞くなり声を出して笑い、パトリックの背中を強く叩いた。


「ハハッ!お前完全に振られてるじゃないか!」

「ギルバート!!」


 再び胸ぐらを掴まれている。恐らくこの二人はいつもそうなのだろう、周りは騒がしい二人ではなく、さっきから私にしか注目していない。いやぁ、眩しいねぇ青春だねぇ。おばちゃん目が痛くなってきたよ。



 学生二人の眩しい掛け合いを細目で眺めていると、後ろから小さく笑い声が聞こえた。その声で誰がいるのかは分かったので、私は顔を明るくして後ろを振り向く。


 暗赤色に、黒の絹糸で刺繍がされた正装を着こなしたローガンは、相変わらず隈の付いた顔で微笑んだ。


「少し見ない間に、まさか宰相の息子まで誑かすとは」

「ローガン!この前は本を贈ってくれて有難う。もう直ぐ読み終わるから、また感想は手紙で送るね」

「ああ、手紙が届くのを楽しみにしている」


 どうやらまだ姉の方は来ていないらしい。本当に良かった、あの姉に捕まると面倒だ。


 私とローガンが話している光景に、言い争っていたパトリックとギルバートは目をまん丸にしている。……ああそうか、私がローガンと親しい事を知らないのか。

 私からそれを伝えようとしたが、その前にローガンが二人へ口を開いた。


「レントラーにマゼラン。招待したレディを放って何を騒いでいるんだ。他の生徒や招待客に迷惑だからやめなさい」


 淡々と、ただ少し強い口ぶりで二人を諭している。初めて見るローガンの教師らしい姿に、思わず感心してしまう。


「ローガン……すごい、先生みたい」

「イヴリン、俺は先生だ」

「あんな陰気臭い少年が良くここまで育って……ああ駄目だ、歳とって涙腺が弱くなっちゃった」

「君に育てられた覚えはないが?」


 目を細め、不満げな表情のローガンの表情は昔と変わらない。過去にギリ未遂でちちくり合った仲だが、それでもローガンは可愛い弟だ。そう思えば隈も可愛く見えてくる。いややっぱり隈は可愛くない。



 ローガンに諭された二人は、特に謝罪もなく無言で此方を見ている。謝れ私に。


 暫くすると、パトリックが恐る恐る声を出した。



「ランドバーク先生。イヴリンと知り合いなんですか?」


 パトリックの言葉に、ローガンはニヒルに笑う。


「友人だ。もう知り合って三十年になる」

「先生は、子爵家の出身でしたよね?……それなのに」

「それなのに?」


 ローガンの声かけに、パトリックは顔を歪めながら口籠もる。


「……いえ、なんでもありません」

「…………そうか」


 何だ?いつものパトリックらしくない。私とは違い、男二人はパトリックの続きの言葉が分かった様で、ギルバートはパトリックに苦笑いをしているし、ローガンは吹き出しそうなのを必死で耐えている。


 困惑した私へ、ローガンは耳元へ顔を近づけようとする。有難い、教えようとしてくれているのだろう。





 その時、会場の高い天井で何かが光った。キラッと。



 正体に予想がついている私は、勢いよくローガンの腕を引っ張り自分の元へ来させる。



「っ!?」


 急に引っ張られた事でローガンは、驚いた表情を見せながら声を出した。その直後、小さくドス、と何かが刺さる音がする。


 ローガンに見せないようにしながら、そっとその場所を見れば………床に、包丁が刺さっていた。


 薄っぺらい包丁は、何故か固そうな講堂の床に綺麗に刺さっている。きゃっ、ご機嫌よう包丁ちゃん〜君は果物ナイフちゃんかな〜?どこの家の子か知ってるよぉ〜?


 幸いな事に、落ちてきた音は周りの雑音で掻き消えていた。私はドレスで床に刺さった包丁を隠す。この包丁、床から取れるかな?


 ローガンの頭上めがけて落ちてきた包丁、それを落とした……否、殺意を込めてぶん投げた相手を見るべく、私は天井を見上げる。




 講堂の非常に高い天井、剥き出しにされている鉄骨。

 その鉄骨の一つに、包丁をぶん投げた本日のお供、レヴィスさんが立っている。

 距離が遠くて表情までは見えないが……おいなんかまだキラキラしてるな?まだ持ってんのか。っていうかお前の包丁どうなってんだ、床に刺さるとか鋭利すぎるだろ。




 流石に、レヴィスも私の上には落としてこない筈だ。私はローガンを抱きしめる力を強くして必死に庇う。取り敢えず頭隠しておけばいいだろう。そう思いローガンの頭を胸に押し付けて、両腕で覆う。背の高いローガンには酷な体勢だが、今は致し方ない許せ。


 ニヒル男も流石に人前では恥ずかしいのか、腕の中で耳が熱くなっていく。うわぁ、ローガンの照れ顔見てぇ〜〜。


「イ、イヴリン?」

「ローガン。一瞬の恥ずかしさか命かどっちが大事?」

「命」

「なら黙って抱かれてろ」

「意味が分からない……」


 一番近くで見ていたギルバートは顔を引き攣らせて光景を眺めているが、パトリックには上から落ちた包丁が見えたのだろう。顔を真っ青にしながら上を見て、更に真っ青にさせている。悪魔の血があると、身体能力が上がるのか?


 だが有難い。パトリックが理解しているなら協力してもらおう。


 私は彼へ声を掛けようと口を開き………かけた所で、何処からか忙しないヒールの足音が近づいているのに気づいた。



「ローガン!!それにイヴリン!!!」



 ヒールの音と、体が拒絶するように震えてしまう鋭い女性の声。

 胸の中にいたローガンは、少し顔を出してその声の方向を見た。



「姉さん、久しぶり」

「久しぶりじゃありません!こんな場所で何をしているの!?」


 全身を震わせながら、私も声の方向へ顔を向けた。

 その場所には、腰まである漆黒の美しい長髪の女性がいた。

 黄赤色の体のラインに合わせたドレスには、街の特産である絹を金に染め上げた絹糸で刺繍が施されている。鋭い漆黒の目の周りには、数年前には見なかった小皺がある。

 女性は私を鋭く見たと思えば、思いっきり頬をつねった。


「いひゃひゃひゃひゃ!!!(痛い痛い痛い痛い!!!)」

「随分と久しぶりねイヴリン?また弟と可笑しな事をしている様だけど、一体何をしているのかしら?」

「姉さん、イヴリンが痛がってるだろ」

「ローガン!!貴方はさっさとその破廉恥な場所から離れなさい!!」



 女性の名前はヴィル・ランドバーク子爵。ローガンの姉で、うちの屋敷のある街の領主である。

 私は心の中で「超お節介子爵」とか「喉に拡声器女」とか呼んでいる。


 今日も素晴らしい程に大声量だ。お陰で注目の的だよ、全く。



  


〜ちまちま自己紹介〜


ローガン・ランドバーク 年齢38歳//身長180後半

⇨国立学校で法医解剖学を教え、自身も法医解剖医として自警団に所属している。姉の尻に敷かれながら育ち、逃げる為に北区の図書館で大半を過ごしていた。そこでイヴリンと出会う。物凄い根暗、陰気くさい。絶対にイヴリンは結婚しないと思っているので、このままの関係で過ごしつつ、隙あれば関係持とうと思っている。本当によかったね、この前泊まったのがエドガーの家で。

⇨好きな食べ物はジャーキー。嫌いな食べ物は大人なのでありません。


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いた(笑)選りに選ってレヴィスさん。彼の目の前でタダ飯食べられるのか!?←色々それどころじゃない
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