86 流行
11/23 ちょびっと言葉を追加しています。名前がギルバー「ド」になっていました。正しくはギルバー「ト」です。大変申し訳ございません……!
昼食のツナサンドを食べていると、玄関のドアノックが鳴った。
どうやら配達が届いたらしい。受け取りに向かったサリエルは、暫くすると再び食堂に戻って来たので、奴へツナサンドを食べながら声をかけた。
「何が届いたのー?」
「レントラー家より、今度の年越しパーティーのドレスが送られて来ました」
これは驚いた、あのガキンチョがそんな気の効いた事が出来るとは。
確かに先日、パトリックにパーティー当日、服装の指定はあるかと連絡を送ったが……なんだ、やればできるじゃないか。
一体どんなドレスを贈ってくれたんだろう?私は機嫌よくサリエルへ声をかけた。
「で、ドレスは?」
脳筋悪魔は、当たり前の様に言った。
「捨てました」
私はツナサンドを一気に口に詰め込み、焼却炉室へ全速力で向かった。
《 86 流行 》
この国では、殆どの国民が教会に入信している。教会で信仰しているのは建国王ウィリエ・ルドニアとノア・ハシリスの娘、マルダとの間に産まれた、アダリム・ルドニアという聖人だ。
父親のウィリエを支え、自身も父親と同じように神業を使う事が出来たという。アダリムは国王にはならず、ウィリエ亡き後は自分の息子、ウィリエの孫に王位を譲った。
父親ウィリエを神と崇め、自身は命が尽きるまで国の為に奔走した陰の王。
教会ではアダリムを聖人とし、彼の誕生日である十二月二十五日は聖誕祭と名付けられ、信者は皆特別な蝋燭を灯してアダリムに祈りを捧げる。
俺も教会には入信しているので、毎年聖誕祭には祈ってはいるが……何故か毎年風邪を引いている。前にそれをイヴリンへ話すと「悪魔って、聖人聖女とか神とかに弱いんで。聖人への信仰心が強まるクリスマスなんてもう最悪ですね」と若干聞いた事がない言葉で返された。意味はなんとなく分かったが。
聖人の聖誕祭が終われば次は建国王、ウィリエ・ルドニアの聖誕祭……という事はなく、実はウィリエは偉業は多く語り継がれているが、全てに証拠がない。しかも死因も分からず、彼は殆どが謎に包まれている。なんならアダリムとウィリエ同一人物説まであるのだ。
だが、何故そこまで謎に包まれているかは、旧ハリス領地での方舟騒動で明らかになったが……建国王が天使だったなんて、少し前の自分なら冗談だと笑っていただろう。
教会も、彼の存在の不透明さや異質さ故にウィリエの聖誕祭を決めていないし、彼を聖人と認めていない。
だが国民は建国王を崇拝しており、彼を祝えない事に不満を持つ信者も現れた。そしてある信者が、彼の逸話の一つで「毎朝、太陽へ祈りを捧げていた」にかこつけて、太陽へ祈りを捧げる事が、彼を祝う事につながるのでは?と考えついた。
そうしてその祝い方に色々尾鰭が付いて「新たな年を祝い、太陽に祈る事が建国王を崇める事と繋がる」と世間に広まった。
教会もその考えに肯定はしないが表立って否定もしないので、今では前日の十二月三十一日は平民も貴族も新たな年を迎える為に祝い、そして翌日の朝日へ祈りを捧げる。これが常識となった。
その祝いは国立学校でも行われており、学生達の間では「年越しパーティー」と呼ばれている。
この日は家族や友人を招く事を許されており、俺は毎年両親と弟を呼んでいた。だが弟は今年は参加できないし、叔父上は中央区の商会で忙しい。
まぁ、別に呼ぶ相手がいなくても楽しめるだろう。……そう思っていた時、イヴリンに偶然出会った。
パーティー会場がある国立学校へ向かう為に、俺はイヴリンと共に馬車に乗っている。
普段ならお供の悪魔でも居そうだが今日は居ない。彼女に聞くと歯切れを悪くしたので、恐らく何かしらで監視しているのだろう。……それでも、二人きりなのは嬉しい。
柔らかい質感で、裾や胸元は流行のレース素材で作られた、焦茶色の髪にも似合う薄水色のドレス。それを身に纏ったイヴリンは、漆黒の正装を身に纏う俺を怪訝そうに見つめた。
「パトリック様、ジロジロとあまり見ないでください。鳥肌が立ちます」
「…………悪い」
「もぉ、本当に大変だったんですからね!全速力で焼却室に行って、そしたらケリスが炎の中に入れる寸前だったんですから!」
「…………そうか」
「話聞いてます!?頼みますから、会場に入ったら元に戻ってくださいよ!?」
彼女は顔を引き攣りながら文句を言っているが、普段なら言い返しているのにそれが出来ない。
……俺が選んだ、俺の着ている正装と同じ飾り、同じ生地で作られたドレス。それを想い人が着ている光景なんて、見惚れるに決まっている。
俺は眉間に皺を寄せながら、漸くイヴリンから目線を離してため息を吐いた。
「……駄目だ、今の状況に浮かれてる」
その言葉には、イヴリンは一気に顔を苦くさせた。
「私、パトリック様とどうこうする気はありませんからね」
「自分から俺に口付けしておいて、よくそれが言えるな」
「だから言ったじゃないですか「この先も永遠に想いに応えないけど、いいですよね?」って」
「……それは、確かにそうだが」
俺の歯切れの悪い言葉に、イヴリンはしてやったりと悪人顔で足組みをした。
「なのでこの前の口付けの責任は、私にありません。童貞が拗らせてるだけです」
「…………馬車が着いた、行くぞ」
「えっ、わっ!」
彼女のほぼ言う通りだが、これ以上言い返してもいい返事はないだろう。国立学校に着いた馬車から降りた俺は、イヴリンの腕を掴むと早歩きで会場へ向かった。……後ろから文句が永遠と聞こえるが、聞こえないふりをする。
そのまま進んでいると、パーティー会場の近くで明るい茶髪が、着飾った女子生徒達に群がられていた。その茶髪は俺達に気づくと、嬉しそうに笑顔で手を振ってきた。
「パトリック!お前も今来たのか……ミス・イヴリン!?そのドレスは!?」
茶髪の男、ギルバートはイヴリンのドレスを見ると驚いた表情で向かってくる。あまりの血相具合に周りの女子生徒から悲鳴が聞こえた。
突進する奴からイヴリンを庇う様に間に立つと、更に驚いた表情……というか、引いている。
「うわぁ……なんつー色で揃えてるんだよ……」
顔を引き攣らせるギルバートと、その光景を見て、理由を知った女子生徒達が顔を真っ青にしている。イヴリンは俺の背中から顔を出して、皆の反応を不思議そうに見た。
「色?なんの事です?」
「嘘だろ!?アンタ知らずに着てるのか!?パトリックお前教えてないのか!?」
「…………」
「うわぁ最低だお前!!このムッツリ男!引くわ!!」
ギルバートが大声で罵倒するものだから、会場に向かっていた周りの生徒達も何事かと見ている。後ろからはイヴリンがじっとりとした目線を向けているが、目を合わせるとバレそうなので合わせないようにした。
イヴリンが知らないのも無理はない。……相手の瞳の色の衣装を身につける事、それを恋人同士で行う事が、今学生の間で流行っているなんて知られたら……確実に彼女はドレスを脱ぎ捨てる。
自分でも引いている、ここまで恋愛とは、人を変えてしまうのかと。




