閑話 クリスマスの使用人達、と天使 下
まさか、クリスマスに天使と七面鳥を食べる日が来ようとは。人生とは予想外の連続である。
しかも天使様、七面鳥の他にショートケーキや、居間の天井にまで付いてしまう程のクリスマスツリーまで持って来た。君はサンタさんかな?
「まさか、この素晴らしい日に君が七面鳥を食べていないなんてね」
七面鳥のローストを、ナイフとフォークで器用に削ぎ落としながら食べるゲイブは、私の後ろにくっついている激震えサリエルを見て嘲笑った。
「君の悪魔達は、今日は役に立たないだろうと思っていたけど……予想以上に弱ってるんだね、ミミズみたいだ」
「……ミミズ」
相変わらず、この天使の言葉は辛辣だ。後ろから私を弱々しく抱きしめたサリエルは、威嚇のような声を出しながらゲイブを睨みつけている。おい、ミミズやめろ死にたいのか。
私は大きくため息を吐きながら、自分に用意された七面鳥を一口頂く。うまい、クリスマス最高。
もう一口食べながら、私は目の前に座る天使を見つめた。
「ご馳走を持ってきて頂き、有難うございます。……ですが、私は契約した悪魔達を怒らせたくないので、ウィンター公と聖誕祭を過ごすのは遠慮します」
天使様は可愛らしく首を傾げた。
「何言ってるんだい、拒否権がある訳ないだろう?」
私は大きく舌打ちをした。
「馬鹿天使さっさと立ち去れ塩撒くぞ」
「君くらいだよ、聖誕祭に天使と過ごすのを拒否する人間なんて」
私の罵倒もなんのその、麗しの天使様は微笑み、先程から威嚇をしているサリエルを見た。そのまま何かを囁いていると思えば……突然、後ろの抱きつく感触が消える。
驚いて後ろを向けば、サリエルはいない。
………が、足元ににゅるりと滑らかな感触がした。その感触の正体を見るために下を見れば、足元にはブランケット。そしてその中に、美しい漆黒の蛇がいた。
「うわっ!?」
「元熾天使のサマエル様でも、流石にこの日は術を跳ね返せないみたいだね」
椅子から立ち上がり此方へ向かってくるゲイブは、軽く笑いながらその蛇を見た。
その言葉を信じるなら……つまりなんだ、この蛇はサリエルって事か?蛇の時でさえ美しいとか、意味不明なんだが?
寒くて足元のブランケットに潜っているのに、私から離れたくないので、尻尾だけ足首に巻き付いてくる。うわぁ、蛇サリエルあざとぉ……。
あざとい蛇に顔を引き攣らせていると、此方に辿り着いたゲイブが蛇を鷲掴みして無理矢理引き剥がした。猫の如くシャーシャー暴れている蛇を掴みながら、彼は眩しい……いや寧ろ狂気の笑顔を向けてくる。
「よし。寒がりの蛇は暖炉の前に置いて、僕達は行こうか」
「……えっ、どこへ?」
「行けば分かるよ」
全く答えになっていないが、ゲイブはサリエルを掴む反対の手を此方へ差し出した。
……正直、嫌な予感しかしない。だが拒否してもこの天使は無理矢理連れて行こうとするだろう。只でさえ今日は忙しいのに、私も蛇になるのはごめんだ。
私はじっとりとした目線を向けながら、渋々差し出された手に触れた。
私はゲイブに連れられ中庭へ向かった。サリエルは離れるのを嫌がったが、最終的にゲイブが術で眠らせていた。大丈夫かな、今日が終わったら私も怒られる気がする。
中庭も雪が積もっており、歩けばシャクシャクと雪が潰れる音がする。ゲイブは庭の中央付近で立ち止まると、急に掴んでいた手を引っ張った。
「うぉっ!?」
可愛らしい声なんて出る筈もなく、私はそのままゲイブの胸の中へ……ではなく、横抱きされていた。鮮やかすぎる。
深緑の目を細くして、ゲイブは私へ微笑んだ。
「ちゃんと掴まってね」
「え、何処」
「何処へ行くのか?」そう質問したかったが、それは必要ないだろう。
何せ今、私を横抱きしたゲイブは空高く飛んでいるのだ。本当に空高く、住んでいる屋敷がちっぽけに見えてしまう程。よかった、マフラーとコートを着ておいて。よかった高所恐怖症じゃなくて。
空高く飛んだものだから、てっきりゲイブの背中には、天使の羽でもあると思ったが……ない。残念だ。
私の表情で考えている事が分かったのか、ゲイブは白い息を吐きながら、意地悪そうにニヤける。
「天使はね、よっぽどの事がない限り翼を見せないんだ。残念だったね」
「えぇ、ちょっと位見せてくれてもいいじゃないですか」
「なら……君が僕と一緒に、天界へ行く時にでも見せようか?」
「それだと一生ないですね」
「えー酷いなぁ」
ゲイブは悲しそうに眉を下げているが、わざとらしさしかない。
本当にこの天使は出会った時から何を考えているのか分からない。私を天界へ連れて行こうとしているのは分かるが……何故だ?
使用人悪魔達によれば、悪魔によって永遠に生かされ続けている人間は少なくないと聞く。神は人間を愛しているが、それは善良な、悪魔と契約しない人間だけだと。
……私は五人の悪魔と契約しているのに、何故この天使は連れて行こうとする?神は何故それを許している?
そう考えている間にも、太陽は段々と沈んでいく。どうやらゲイブとの食事で時間をとってしまったらしい、この世界でも、冬の夜は早いのだ。
ゲイブは段々と沈んでいく美しい太陽を見ながら、呟く様に声を出した。
「天使が居なくても、太陽は何も変わらないな」
「…………」
そういえば、ウリエルは太陽の運行を司る天使だったか?
旧ハリス領地での方舟騒動では、途中でゲイブの姿が見当たらないと思っていたが……やはり、ウリエルを「解放」させていたのか。
太陽はやがて姿を消し、それと同時に丘の下、近くの街から明かりが見え始める。前の世界の様に電気など通っていないので蝋燭、ゆらゆらと温かい灯火だ。
家々の灯火は、空から見ればまるで星々に見える。近くの街だけでなく、その更に向こうの街の灯りも。目の前の幻想的で美しい光景に、私は年甲斐もなく目を輝かせた。
ゲイブは、私に慈愛を込めた目線を向けた。
「前の世界じゃあ、こんな景色は見れなかったんじゃない?」
「……まぁ、人間は空を飛べませんからね」
愛想のない言葉に、天使は眉を下げる。
「素直に感謝すればいいのに」
いや、無理矢理連れて来られたんだが……しかし、美しいものを見させてもらったのは確かだ。
毎年この日は悪魔の世話と決まっていたし、悪魔達は力が弱まる聖誕祭を毛嫌いしているので、三十年間味わえなかったひと時だった。
正直言えば、最高のクリスマス………
…………しょうがない、感謝してやろう。
私はゲイブに目線を向けた。
「どうも有難うございます」
「そんな嫌そうに感謝しないでよ……」
おっとしまった、感謝を伝えるのが嫌すぎて、目線が鋭すぎたか。
空から屋敷へ戻れば、中からモコモコパジャマを着たステラが、くまのぬいぐるみを締め上げる様に持ちながら駆け寄って来た。くまかわいそう。
「うぇえええんご主人さまぁああああ!!私よりも鳩かまわないでよぉおおおおお!!」
「ごめんごめん!悪かったから!!」
「鳩よりも私の方がかわいいもんんんんんん!!」
「その通りだね!ステラが世界一可愛いよ!!」
腰に引っ付き泣き叫ぶステラのお陰で、魚組をぶち込んだ風呂場から唸り声と、ケリスの部屋から喘ぎ声が聞こえる。連鎖するな、お前らは赤ちゃんか。
流石にこれ以上天使が側にいると危険だ。私はゲイブに即刻立ち去る事を伝えようと後ろを向いたが……後ろに彼はいなかった。
というか、姿を消した。雪の上には降り立った時の足跡はあるが、そこから進んだ足跡はない。恐らく再び空を飛んだのだろう。畜生逃げやがった。
私は上を見上げ、満天の夜空を見た。
「……本当に、押しかけ天使だ」
ちなみに、サリエルは火が消えた暖炉の前で、ブランケットに包まりながら震えていた。絶対に消したのあの天使だろ。
「Carol of the Bells」を聴きながら書きました。
おかげさまで、心はもうクリスマスです。




