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閑話 クリスマスの使用人達 上


 朝、今日はいつもの様に使用人は起こしに来ない。私は自分で起きて、昨日準備していたドレスを着る。


 朝日を取り込むためにカーテンを開ければ、外は雪景色だ。どうやら昨日の夜に積もったらしい。前の世界ではここまで美しく積もる事はなかった。車とか通ってベシャベシャ……ああ、駄目だ、トラックで轢かれたの思い出しちゃった。あちこちが痛い。


「おっと、思い出に浸っている場合じゃない」


 そう、今日は朝から晩まで忙しいのだ。私は急いで部屋から出て、自分の足音しか聞こえない静かな廊下を歩いていく。普段のこの時間なら、ケリスが屋敷中の床を全速力で拭き掃除しているが、今日はとても静かだ。


 食堂に着けば、ケトルでお湯を沸かす。その間にレモンを輪切りにする。

 大量に切り終えた所でお湯が沸いたので、大きめのティーポットの中に注ぐ。そこへレモンを入れていく。はい、レモン入り白湯の出来上がり。

 

 そして五人分のカップと共に、サービングカートに置く。




 カートを押しながら、一番最初に着いたのはサリエルの部屋だ。扉をノックするが反応はない。しかしまだ四人分あるので、中の返事も無しに扉を開けた。



 客間と同じ間取り、同じ家具。個性のかけらもない部屋。そのベッドの寝具が盛り上がっているので、サリエルはまだ寝ているのだろう。私は近くのサイドテーブルに、白湯の入ったカップを置きながら布団の盛り上りに声を掛ける。

 

「サリエルー朝だよー!メリークリスマース!」

「……………ん……」

「何が「ん」だよ、起きろー!」


 呆れながら寝具を引っぺがせば、黒の部屋着を着たサリエルが現れた。


 美しい絹の様な髪はボサボサで、部屋着も一度は脱ごうとしたのか、上半分だけボタンが取れて蛇の皮膚が露わだ。その所為もあって、毛布二枚も被っていたくせに寒いのか体を震わせている。


 サリエルは薄く目を開けながら私を見ると、血色の悪い顔でため息を吐いた。


「………お……よ、う……ご…ざ…………」

「何言ってんだお前」




 さぁ今年もやってきた、悪魔達が激弱になる聖誕祭だ。







《 間話 クリスマスの使用人達 上 》









 十二月二十五日、聖誕祭。前の世界ではクリスマスと呼ばれていたこの日は、なんでも聖なる力?と、ある聖人への信仰心がとても強まるそうで、悪魔達は皆それに当てられて力が弱まるらしい。


 それも強い悪魔であればある程効果が絶大だそうで、私と契約している五人の上位悪魔達も毎年、この日は激弱虚弱体質になってしまう。ついでに精神も弱くなる。今なら私のデコピンで、あの悪魔達を気絶させる事が出来ると思う。その位よわよわ、そのへんの蟻の方が強いかもしれない。


 使用人達は仕事など出来る筈がないので、この日だけは私が皆の世話をするのだ。朝白湯を持って起こしにまわり、昼にはパン粥を作り、夜には唯一作れるオムライスを作る。これがこの屋敷でのクリスマスの過ごし方だ。前の世界のクリスマスの様にチキンもケーキもない。そんな食文化もそもそもない。しかもこの日は、使用人達それぞれ看病……いや対応方法が違う。正直めんどくさい。


 サリエルは体温調整が出来なくなるので、白湯で起こした後は、大量のブランケットと共に暖炉の前で一日過ごさせる。たまに人肌が欲しいと抱き着いでくるので注意が必要だ。うざいので湯たんぽでも抱かせておく。そうすれば暫くは黙る。


 ケリスは逆に汗をかくので、窓を全開にして風を入れる。それでも足りないので、頭に氷嚢をのせて無理矢理体温を下げる。何故かずっと喘ぎ声を出しているので、うるせぇので耳栓を付ける。全裸になりたがるが却下する。


 ステラも同じく体温調整が出来なくなるが、サリエル程ではないので部屋の寝室の寝具を増やす。かなり寂しがり屋になるので、落ち着くまで手を握ってやる。その間、定期的に告げられる「ご主人さま私のことすきー?」には三秒以内に答えないと泣かれるので注意が必要。


 フォルとレヴィスは皮膚から海水を垂れ流しているので、二人ともまとめて水風呂に入れておく。そして寝具を適当に洗濯しておく。こいつらが一番簡単だがあんまり放っておくと、フォルとレヴィスが不機嫌になってうるっせぇ獣の唸り声を上げてくるので、たまに様子を見にいく。魚語なのかキューキュー言いながら甘えてくるのは可愛い。だらしねぇ顔で何を言ってるのかは知りたくないが。



 ……と、こんな感じで毎年クリスマスは忙しい。今まで私がいない間はどうしていたんだと聞きたいが……まぁ、使用人達には普段世話になっているのだ。一日位、主が面倒を見てもいいだろう。クリスマスにはしゃぐ歳でもないし。くそう、チキンが恋しい。


 朝の仕事を終わらせると、私は食堂に再び戻り昼食の準備を始める。食材倉庫から硬パンに牛乳、チーズを持ってきて適当に作る。持論だが、どんなものにもチーズと胡椒さえぶち込んでおけばどうにでもなる。


 熱々のものはサリエルへ、ちょっと冷ましたものはレヴィスとフォル。皆、特にレヴィスは味に文句が有りげだが、それを指摘する気力もないので黙って食べている。


 昼食を食べさせれば、束の間の休息だ。居間でレヴィスが作ってくれていたジンジャークッキーを食べようとしたら、暖炉の側にいたサリエルが幽霊の様に後ろについてきていた。無言で背中に擦り寄ってくるが、その体は冷たい。……私は後ろを向いて、寝癖まみれのよわよわサリエルくんを見た。


「………何、今から休憩なんだけど」

「…………さむいです」

「湯たんぽ、新しいの持ってこようか?」


 サリエルは、潤んだ瞳で首を傾げた。


「…………さむい」

「………………………」



 畜生、ツンデレのデレしかないサリエルは凶器だ。心臓を止めにきてやがる。


 盛大に大きなため息を吐きながら、私はジンジャークッキーとココアを持って暖炉の側に座った。サリエルも付いてくれば、後ろから抱きしめて暖を取っている。サリエルは暖かいのか嬉しそうだが、私は背中が寒い。



 そのまま、唸り声や喘ぎ声、鳴き声が聞こえるまで休憩するつもりだったが、玄関のドアノックが鳴る。……食材の配達か?でもこの世界では、聖誕祭の日は店も何もやってない筈。誰だ?


 激弱脳筋を振り払い、私は玄関へ向かう。向かっている最中にも再びドアノックが鳴るので急いだ。うちの屋敷のドアノックは、遠くからでも聞こえる様にかなり煩い音だ。お陰で風呂組から唸り声が聞こえてきた。後で宥めに行こう。



 玄関にたどり着けば、返事をしながら重厚な扉を開ける。外は雪なので、凍える様な冷気が屋敷に入り込んでくる。



 一体誰が来たのだろう?……そう思い外を見れば、そこにはもの凄い機嫌の良さそうな男がいた。


「やぁミス・イヴリン。メリークリスマス」

「…………」



 この日、悪魔が激弱であるならば、この男は激強なのだろうか?

 ゲイブ・ウィンターは、両手に沢山の荷物を持ちながら笑顔で挨拶をしてきた。



 天使の声に、屋敷の中にいた悪魔達の唸り声が強くなった。



長すぎて二話になっちゃいました。間話なのに……。


えっ?クリスマスの話が早いだって?………(遠くを見る)

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