84 酔ったら終わり
昨夜突然やって来た想い人には、丁度会いたいと思っていたので幻覚かと思ってしまった。
だが現実で、どうやらあの使用人達に追い出された様だ。
主人を追い出す使用人なんて聞いた事がないし、あの粘着質そうな使用人達が追い出す理由が気になるが……そのお陰で、彼女と過ごす事が出来るので良しとしよう。気になれば調べればいいだけだ。
夕食には気になっていた東区のリストランテに来て、ミス・イヴリンと楽しく食事をとったまでは良かった。
彼女は見た目と中身の年齢が全く違う。中央区の事なら私の方が知っているが、それ以外になると彼女の方が詳しいかもしれない。それがとても魅力的だ。
……が、来る時から異様にワインに食いついていたので、てっきり普段から飲んでいると思っていたのが間違いだった。
「エドガーさま!きょーは、あし、なめなくていーんですかー?」
「……うん、今日はいいかなぁ」
「えー!きのう、ものほしそーに見てたのにぃー!?」
「……本当に君は、よく見てるね」
「わぁい!金もちにほめられたー!いえーい!」
普段の気が強そうな、自尊心が高そうな彼女はいない。
いるのは座る私に跨り、無邪気に笑う彼女だけだ。
どうやら随分久しぶりの酒だった様で、回るのが早かった様だ。最初こそ普通だったが、終わりかけにはこうなっていた。……本当に、個室を予約しておいてよかった。今は帰路についている所で、馬車で中央区の家に帰っている。
普段と全く違い、艶やかに笑うのではなく満面の笑顔、もはや子供の様だ。だが跨っているのを降りようとしないし、離れようとすると更にくっついてくる。……もはや毒だ、毒。
彼女は、そんな私の気持ちも知らずに、上目遣いをして首を傾げた。
「エドガーさま、あしなめますー?」
「うーん、また次回にしてもらおうかな」
「んぇー?」
魅力的なお誘いだが、酔いが覚めた状態で言ってほしい。
希望通りにならなかったのが嫌なのか、彼女は頬を膨らませて不機嫌そうだ。普段とは全く違う彼女の姿に、私は思わず笑ってしまう。
今日は早く寝かせたほうが良いだろう。今夜の記憶を覚えていないといいが。
だが、彼女は何を思ったのか、私から突然離れて向かいの席に座る。
呆気に取られていると、イヴリンは勢いよく右足を出して、向かいに座る私の腿へ乗せた。
「やって」
「…………」
イヴリンは目線を鋭くさせながら、窘める様に声を出す。右足は腿を軽く叩いているので、恐らく急かしているのだろう。
まるで私を下僕の様に見つめるその目線は、無慈悲で残酷だ。その表情に喉が鳴る。
……目の前の魔女様は、私に命令しているのだ。それが理解できれば、私は歓喜で震える手を伸ばし、彼女の足に触れた。
言う通りに靴を脱がせ始めた私へ、魔女は満足げに笑った。その艶やかな女の表情が、私の興奮を更に強くさせていくのも知らずに。
私は必死に理性的なふりをして、目の前の魔女へゆっくり息を吐いた。
「……イヴリン。今夜は、このまま私の部屋へ行こう?」
「んー?うん?」
嗚呼欲しい、この魔女が欲しい。
私を無慈悲に見つめて、私の欲しい言葉をくれる。他の女では足りない。彼女でなければ駄目だ。
酔って思考が可笑しくなっている彼女には悪いが、私の前でそんな姿を見せつける彼女が悪いだろう?
私が何を言っているのか分からないのか、それでも酒に酔った彼女は何度も頷いている。その無責任さが愛おしい。
この娘に、こうして触れれる男は他にもいるのだろう。例を言うならば使用人達、前回の足の噛み跡は彼らだろう。
早く自分のものにしなければ、この娘はきっと、私以外のものになってしまう。
靴を馬車の床に落として、ガーターベルトに触れようと更に手を伸ばす。
が、それは勢いよく停止した馬車の揺れで叶わなかった。
急停止した馬車に、イヴリンはバランスを崩して、私の胸に飛び込んでくるので反射的に受け止めた。
慌てて馬車の状況を確認しようと、御者に声をかけようとした時、馬車の扉が勢いよく開けられる。
そこにはイヴリンの屋敷に仕える、あの黒髪の執事がいた。
「帰りますよ、尻軽」
執事は無表情で彼女を見つめながら、主人に対して有り得ないあだ名で呼びかける。胸の中にいた彼女は執事に気付けば、一気に顔を明るくさせて「しりがる!かえりまーす!」と叫んだ。
◆◆◆
エドガーさまと、おいしーご飯をたべてー……んぇ?なんでぇ、さりえるにだっこされてるんだぁ?エドガーさまは?
「丁重に、ご迷惑をお掛けした事にお詫びして、尻軽を返して頂きました」
そぉなんだー!ありぇ?わたし、さりえるたちと、けんかしてたよねー?
「ええしていました。……ですがまさか、尻軽が探偵料を横領していて、あろう事にクソ商人の元にいる事を、偵察させていた使い魔に教えられたので、迎えに来ました」
おうりょーじゃないもん!おまえがお金、くれないんだもん!とーぜんのけんり!しりがるもおかねほしい!くれ!まねーぷりーず!
「絶対に駄目です。横領も今後一切させない様に監視します」
えぇ!わたしあるじだぞ!
「そのご主人様が、こんな献身的に支えている僕達に昨日何をしましたか?悪魔もどきと目の前で口付けして、僕達に何を言いましたか?」
…………うー。
「ただでさえ、独占したい尻軽を五人で分けているんです。……なのに、あんな契約も、働きもしていない男へ触れされるなど……あの悪魔もどきを殺さなかったのを感謝して欲しい位です」
…………み、みんな、まだおこってる?
「ええそうですね、特にレヴィスなんて、クソ商人の元にいるとわかった途端、尻軽を嬲るしか言わなくなりました。恐らくこのまま屋敷に帰れば、契約も何も関係なく手にかけられるでしょうね」
さりえる!しりがるはおうちに、かえりたくないー!えどがーさまに、あしなめられた方が!まし!
「…………なら、僕が今から伝える解決方法を、使用人達の前でしてください」
えー!おしえておしえて!やるやるー!
「屋敷に帰ったら、ドレスをたくし上げて「尻軽阿婆擦れで申し訳ございませんでした。卑しい私に罰をお与えください」と皆に伝えるんです。そうすれば皆許してくれます」
うん!わかったー!まかせろー!
…………んぐぇ……さ、さりえる、へんなかおー!ひどいーさりえるのよだれついたー!




