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83 もしもの、可能性


「それで?君は使用人達に屋敷を追い出されたと?」


 ソファに仰向けに寝転がり新聞を読む私へ、エドガーは抱きつきながら笑った。……私は新聞の端から、腹あたりに顔を埋めるエドガーを睨んだ。


「違います、逃げてきたんです。追い出されてません」

「使用人が世話をしないで、君を無いものとして接していたんだろう?追い出されたようなもんじゃないか」

「違います、追い出されてません」

「はいはい、そう思っておくよ」


 困ったように笑うエドガーを見て、私は更に睨みを強くした。




 あの後、私は馬車の中で盛大に喰われた。清められる事も飾り付けられる事もなく、ただ奴らの本能のままに喰われたのだ。

 痛みで泣き叫んだ様な気もするが、人間ってのは良くできていて、耐えきれない痛みに突如襲われると、勝手に意識が遠のくのだ。そのお陰で、私は正気を今でも保っていられるのかもしれない。


 契約では「一度の命を好きな様にしていい」という内容だったので、馬車の中で命を落とした私は対価を払い終わった。が、彼らの思い描いた様な喰われ方ではなかったのだろう。犯しながら喰いたいだっけか?どんだけ欲求不満なんだよ馬鹿悪魔め。普通に喰えそこで色気付くな。



 私が目を覚ますと、そこは血塗れの馬車の中だった。まさかの屋敷の外に置いてけぼりだ。屋敷の中に入り、丁度通ったケリスに着替えをお願いしようとしたが、無視をされた。


 仕方なしに自分で服を用意し、風呂に入り着替えた。夕食の時間なので食堂へ向かったが、私の食事が用意されていなかった。……っていうか、悪魔共の食べているものが、私の好物のグラタン、しかもワインまで飲んでやがる。おい!どこにあったんだそのワイン!と此方が声をかけても全員無視だ。


 ……なんとやる事が幼稚、その辺の子供でもこんな幼稚な事はしないだろう。恐らくこのまま根を上げるまで続けて、私がこの悪魔共に慈悲を乞う事を待っているのだ。


 だが私だってぇ?散々好き勝手されているが、多少はプライドがあるんだよぉ?知らなかったのかなぁ?

 屋敷の金銭関係は全てサリエルくんの許しがないと使えない。多少は私もお小遣いを貰っていたが、前の孤児院事件のエドガーとの出来事……夜中に抜け出しワンナイト騒動で完全に無くなった。……と思ってんだろうなぁ?あの脳筋くんはさぁ?


 私は自室に戻り、ある机の引き出しを開けた。そこには隠すように財布が置かれており、中にはひと月の平民の給料分は入っている。私はその財布を隠し持ち、正面玄関から優雅に出てやった。

 案の定、金のない私が何処にも行けないと思っているのだろう、悪魔達は気づいてはいるが追いかけてこない。全く馬鹿な奴らだ。


 屋敷から出でしばらく、私は解放感で立ち止まり、気持ちよく背伸びをした。


「閣下にお願いして、北区の謝礼を二枚の小切手に分けて貰ってよかったー!」


 私だって好き勝手使える金が欲しい。私が稼いで来たのに、全て悪魔に渡すなんて意味不明だ。これは横領ではなく当然の対価だ!ざまーないぜ馬鹿共め!私がこんな事で泣いて謝ると思うなよ!むしろそっちが謝れ!ちゃんと生活を保障しろ!!



 そのまま私は街へ行き、馬車で中央区のエドガーの家へ向かった。ローガンの家と迷ったが、彼の家に泊まったなんて姉の方にバレたら最悪すぎる。足を舐めて喜ぶ男の元へ行くのも気がひけるが、野宿するよりはマシだ。この日ほど女友達が欲しいと思った時はない。

 連絡もしていないので在宅しているか分からなかったが、幸運な事にエドガーは居たし、驚く彼に突然の訪問の理由を伝えると、快く家に招いてくれた。しかも好きなだけ居ていいし、対価なしだ。もう惚れそう。


 その後は彼の行きつけのリストランテで食事を取り、寝る前に高級そうな香油でマッサージまでして頂いた。用意された客間も素晴らしい肌触りの寝具で、もう一生住みたいと思った。

 これで足や脇を舐めて興奮する男じゃなかったら、最高に理想的な紳士だったのに。神とは残酷だ。



 とまぁ、こんな事があり今は翌朝。今日は休みだというエドガーは、ソファで寝転がる私に甘えるように擦り付いてくる。最初こそ嫌がったが、あの最高に美味い蜂蜜を差し出されたので許した。うーん、パンケーキに付けても美味い。

 エドガーは猫の様に擦り寄りながら、私へ蕩けた目線を向けた。……昨日はこの男の甥っ子と口付けをして、今日は叔父。正直、自分が尻軽だと言われても否定できない。


「ミス・イヴリン。今日の予定は?」

「午前中は、北区で少し調べ物をして、午後は知り合いに会いに行こうかと」

「それなら、夕方は私と出かけよう。東区に気になるリストランテがあるんだ」

「……東区……ちなみにワインはあります?」

「赤ワインが美味しいみたいだよ」

「最高です行きましょう!」


 東区と言えば食通の区。十年前サリエルによって割られた屋敷のワインも、全て東区のものだった。最高だ!久しぶりに酒が飲めるぞ!






 私は夕方の予定に夢を膨らませ、エドガーが用意してくれた馬車で南区へ向かった。流石に御者と馬車には南区の入り口で待ってもらい、私は用意していたローブを着て道を歩く。


 繁華街を更に奥に進み、荒れた道を進む。やがて石造りの家が見えると、私はその家の扉をノックした。家の中から家主の了承の声が聞こえたので、私は扉を開ける。


 相変わらずの埃っぽい家の中、汚いソファに寝転がっているのはマルファスだ。足音を頼りに私の方へ向けば、不気味に笑いかける。


「珍しいなァ?ウザってェ程くっ付いてるお供はどうしたんだァ?」

「どうやら、私は嫌われちゃったみたいだね」

「は?あり得ねェ冗談よせよ」


 半分本当なのだが、説明しているとキリがない。

 私はマルファスの場所まで歩いていき、目の前で立ち止まった。マルファスは鼻をひくつかせ、私の匂いを堪能している様だ。それ以上やると金取るぞ。


 気を取り直して咳払いをした私は、盲目の悪魔へ質問を投げた。


「ねぇマルファス。海側にある、この前までハリス伯爵家の領土だった場所って知ってる?」

「んぁ?……ああ、知ってるぜ。人間が大量に喰われれた場所だろ?」

「そう、そこの領土って、このルドニアを建国したウリエルって天使が降り立った場所なんだよ」

「へぇ、神に見放された天使がねェ?」


 そう言って笑うマルファスに、私は目を細めた。



「……何で「神に見放された天使」って知ってるの?私の契約している悪魔達も、戦争に参加してたみたいだけど……皆「兵器を持って逃げた裏切り者」って思っていたのに」


 ……近くから、カラスの鳴き声が聞こえた。それも一匹や二匹ではない、大量のカラスの鳴き声だ。まるで、カラス達は私に警告をしている様だ。

 勢いよく起き上がって、此方に顔を近づけるマルファスへ微笑む。


「歴史書によれば、ノア・ハシリスは元々、方舟からこの土地に降り立ったウリエルと、最初に出会った民族人の長だった。天使の力に感激したノアは、ウリエルが望むままに長の座と人間……自分の娘を差し出した。ハシリス家は珍しい紫の瞳を持つ一族で、そんな娘とウリエルの間に生まれた子供も、紫の瞳だった。今の王族にも続く、その紫の瞳こそが王族の証……だってさ。面白い内容だったよ?」

「…………」

「でも可笑しいんだよね。歴史書には「ハシリス家は珍しい紫の瞳を持つ一族」って書いてあるのに、現在でも残っているノア・ハシリスの肖像画、彼の目は赤色なんだ。紫じゃない」


 マルファスは無言のまま、静かに話を聞いている。いつもは獣の様な男の癖に、その態度が今までの私の言葉が正しいと教えてくれた。


「そもそも、貧しい民族の長だった男が、今現在まで残り続ける建物を設計できる能力があるのか?知恵を授けたと言っても、堕落した悪魔達が、天使の命令に従うなんて有り得るのか?」


 弱肉強食の世界、堕落した悪魔達が従うのは強者のみだ。


 そして私の目の前に、過去に「あの方」の右腕だった悪魔がいる。

 上位の悪魔達でさえ軽くあしらえない、強者の存在。……もしもこの悪魔が命令すれば、大抵の悪魔は従うだろう。


「その上で考えた私の「可能性」……ノア・ハシリスはお前と契約し、その対価として目を交換した。そしてお前は、契約者が崇拝したウィリエ・ルドニアの正体と陰謀に気づき、それを裏で手助けした」


 ……かつて、美しい紫の目を持っていた悪魔。今は「あの方」に捧げ抉られた目。

 狩猟大会の最中、ドロシーが言いたかった言葉。もしかしたら方舟の存在と、この悪魔の事を伝えたかったのかもしれない。

 

 だが、正直これは「可能性」だ。歴史書が正しいとは限らないし、北区の美術館に飾られたノア・ハシリスの肖像画も、説明文には「手違いで赤目になった可能性がある」と記載されていたのだ。数百年前の事なんて、その当時の人間にしか分からないのだから。


 私の話を聞き終わると、マルファスは大きく欠伸をして再びソファへ寝転がった。まぁ確かに、今の私の話に答えた所で何も得もないし、何なら違法悪魔の手助けをしたと見做されて、三回目の地獄堕ちを経験するかもしれないのだ。


 あーあ、でも聞きたかった。どうしてウリエルの手助けなんてしたのか?とか、ウリエルとは知り合いだったのか?とか。……でも渡せる対価も無いし、これ以上ここに居ても何も得られないだろう。


 私は軽くマルファスの肩を叩いてから、待たせている馬車に戻る為に扉へ向かった。

 扉を開けた所で、後ろのマルファスが寝返りをしたのか、服が擦れる音が聞こえる。




「天使なんざ助けるとか、バカみてぇな事するわけねーだろ」

「うん、まぁその通りなんだけどさ……一応、可能性だからさ……」



 もう一度、服が擦れる音がした。それと同時に、小さくため息も。




「…………まァ?もしもオメーの言ってる事が正しいとするならァ……そうだな……」




 マルファスは、乾いた笑い声を出した。






「崇拝する神の為に、どんどん堕ちていく天使に……「あの方」の為だけに生きていた、あの時の自分を重ねたのかもな」




 その声は、とても悪魔らしくない、澄んだ声だった。






〜ちまちま自己紹介〜


マルファス 外見年齢35歳//身長210くらい

⇨かつて「あの方」の右腕だった悪魔。が地獄生活に飽きて地上にやってきた。南区で「絶対に関わってはいけない男」と呼ばれている。そうなった理由は内緒。基本的に安っぽい不良みたいな喋り方。

⇨素の姿は不明、基本的にカラスが何でもしてくれるので、自分の出番はない。

好きな食べ物はレヴィスの作ったご飯 嫌いな食べ物は鶏肉

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― 新着の感想 ―
へそくり(笑)次から定期的にマルサばりの家捜しが入りそうだな。 例えではなく上司レベルでよく出てくるので、エドガーが足や脇を舐めて興奮する男なのを自分のせいにされてるって気付いた神の反応ってどうなんだ…
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