7 生贄の娘
翌日、私はレントラー公爵家へ向かった。
屋敷の前でサリエルに手を借りながら馬車へ降りた時、私の前を拙く歩く中年男性が通った。髪は荒れ、目は虚ろになっているが、やけに服装だけは一級品の男。
「ご主人様」
「……何でもない、行こう」
私はその男を端に見ながら、門へ向かった。
《 生贄の娘 》
応接室に案内された私は、向いのソファに座り、怪訝そうにこちらを見るパトリックへ目線を向けた。彼もこちらの目線に気づくと、わざとらしくため息を吐く。
「使用人からは「夫人殺しの真相が分かった」と聞いたが?」
「ええそうです。犯人も動機の理由も、何故夫人が殺されたのかも分かりました」
そに言葉に目線を鋭くさせたと思えば、すぐにそれは嘲笑う様な表情に変わる。恐らく戯言や作り話を聞かされると思っているのだろう。彼は足を組み変えながら、ソファの肘掛けに腕を乗せて頬杖をついた。
「真実がどうか、聞いてやろうじゃないか」
高慢な態度を取る彼へ、私は小さく息を吐く。
そして私の後に立つサリエルへ目線を向けると、サリエルは持っていた鞄から書類を何冊か出した。それを受け取り、パトリックと私の間にあるテーブルへ広げる。その中からある書類を手に取り、彼へ差し出した。
「まずこの事件の始まりです。これはレントラー領のとある街で、唯一貴族専用で営業する宿の予約リストです。その中でもレントラー公が予約をした日付だけを抜粋しました」
「……こんなリストどうやって」
「勿論、パトリック様の名前を使いました」
呆れた表情を向けるパトリックへ、私は押し出すようにそのリストを渡した。渋々受け取った彼はその中身を見て、そして僅かに目を見開く。私はそのまま話を続けた。
「月に二、三回。多い時には四回です。領土の視察にしては頻度が高すぎると思いませんか?……それに、全て予約は二名になっています」
私は足を組み、目線を彼からずらした。
「この予約リストを、パトリック様の命令だと言って受け取る際。従業員達は慌てて弁解していました。「私達は公爵様に命令されて、仕方がなくお部屋を用意した」と」
「……………」
「公爵様は、その部屋に毎回娘を呼んでいます。一人は既に病で亡くなっていましたが」
これ以上詳しく教えなくても分かるだろう。その証拠にパトリックは、持っている資料を震える手で握りしめていた。
私は次に違う資料を差し出した。だが彼は呆然としてしまい気づかないので、無理矢理握りしめていた資料の上に乗せる。
「これは王太子殿下に用意して頂いた、夫人の支援者リストです」
貴族は皆、個人や団体に支援をする際は国への申請が必要になる。支援と偽り横領をさせない為だ。
その資料の中の、ある一人の人物の名前へ指を挿す。
「アルバート・マルセル。彼は素晴らしい硝子職人です。同じく硝子職人で、亡くなった母親から譲り受けた街の一角にある店を、たった十五歳で切り盛りしていました。……ただ彼の支援金額だけ、他の者達より遥かに多い」
「………アルバート」
「確か夫人の一番最初の子供、幼い頃に亡くなったパトリック様のお兄様はアルバートという名前でしたね?そこから取ったのでしょう。……アルバートに会い、公爵家の名前を出した所ひどく取り乱していました。「悪いのは公爵で、亡くなった母と自分を気にかけてくれた夫人は何も悪くない」と」
「…………」
パトリックは目線が定まらずに、虚にその書類を見つめていた。
私はソファの背もたれに深く腰掛け、深く深呼吸をした。
「アルバートの母親は、望んで公爵様の愛人になったのかは不明です。……ですが、宿の従業員の話を聞く限りだと彼女は、あの街の生贄の様な扱いだったみたいですが」
宿の支配人、従業員達はパトリックの名前を出した際、まるで自分は無関係だと言わんばかりに言い訳と詳細を話してくれた。
レントラー公は、公爵としての能力や、領土を収める力はあった。だが年若い娘を好んでおり、最初こそ娼婦を相手にしていたが、次第に生娘を望む様になった。
そんな時、レントラー公は街である娘を見て、一目で気に入ったらしい。娘が受け入れなければ公爵家の持つ鉱山の閉鎖をすると脅した。あの街は鉱山で採掘した宝石がないと、ほとんどの家の生活が成り立たない。……だから娘は街の人間に売られ、公爵への生贄になった。
「貴族の家の帳簿は夫人が受け持つ。公爵様も夫人へ隠す気はなかったのでしょうし、夫人も公爵である夫へ強くは出れなかった。この国は、女性の立場がまだ弱いですしね」
「……母上は、ずっとその女とその息子へ支援をしていたのか」
ここまでずっと無言だったパトリックは、怒りを耐えているのは唇を噛み、鋭い目線を向けた。そんな彼へ、私は頷いた。
「街の住民がよく夫人と娘を見かけていたみたいですが、かなり親しくされていたそうですよ」
「……どうして、母上は」
「自分に言わなかったか、ですか?愛する息子に、父親が他所で娘に強姦する男だと、知られたくなかったからでしょう?」
何も言い返せないのか、パトリックは唇を噛みすぎて血を滴らせる。
その時、応接室のドアのノックが鳴る。
ゆっくりとドアが開かれ、そこには夫人の侍女だったメイドが姿を見せた。その手にはあの髪飾りが握られている。相変わらず私を見て、体中が震えていた。
「し、失礼いたします……あの、こ、これを持って来いと」
「ええそうです。有難うございます」
私はメイドから髪飾りを受け取ると、パトリックの目の前に置く。
「これは夫人が大切に持っていた髪飾りです。部屋のベッドの下にあったものですが……可笑しくないですか?こんな小娘が一日で見つけれた、貴族の家にふさわしくない髪飾り。もっと早く、証拠を血眼に探していた衛兵達なら見つけれるでしょう?まるで、見つけて欲しかったみたいですね」
パトリックは何かに気付いたのか、驚いた表情でこちらを見た。
「何者かがわざと、見つかるように置いたと言いたいのか?」
私はパトリックへ頷き、そして震えているメイドを、真っ直ぐ見つめた。
「貴女の事、調べさせて頂きました。あの街の出身みたいですね?しかも貴女の家は、宝石商を代々しているとか?侍女の貴女なら夫人は気を許すでしょうし、万が一の為に合鍵を持っていても可笑しくない。」
「…………」
「宿泊の予約リスト、遡ると相当昔から公爵様は利用していた様です」
パトリックは慌てて、予約リストの一番最初を見た。
「………確かに、二十年前からだ」
「アルバートの母親は当時10歳、若い娘を望んでいたとしても、流石に若すぎる」
私はメイドに顔を近づけた。更に震え始めた彼女の瞳は、パトリックと同じ碧眼だった。……レントラー公と、同じ瞳の色だ。
「衛兵が公爵様の真実を知っても、公爵家に逆らう事を恐れてなかった事にしてしまう。けど、国王陛下に寵愛を受けている私なら、真実を公にする力を持っている。……そう思い、あの髪飾りを分かりやすい所へ置いた。自分の母親、一番最初の公爵様の生贄になった母親の、復讐の為に」
メイドの頬に手を添える。彼女は震えながらその手を取った。
そのまま何度かさすってやると、次第に彼女は熱いため息を出す。
パトリックはそんなメイドを見て、目を大きく見開いた。
「お前は……」
パトリックの声掛けには答えなかった。
だが代わりに、興奮で震えたメイドは私の手を愛おしげに舐めた。
私は、目の前のメイドを真っ直ぐ見つめた。