74 語り継がれる物語
10/31冒頭、ルークへの表現を変えています。
初めて出会ったルークは、痩せ細り骨と皮だけで出来た、まるで老人の様な姿だった。
そのあまりに痛々しい姿に、どうしてこんな状態になるまで自分を呼ばなかったのだと、アレク、そして原因だった王妃へ怒りが込み上げ、強く握った拳に血が滴る。
拳から滴る血を、乾燥し皮が裂けているルークの口に数滴垂らし、やがて血は口の中へ入っていった。
次の瞬間、彼は美しい深紫の瞳を見せてくれた。……私の、大好きな紫の瞳を。
そこから五年、幼いルークはどんどん成長していった。今では私が少し見上げる程にまで背も伸び、体つきも大人へ近づいていく。アレクと似る顔に、恋心ではなく親心が芽生えた。
彼が立派な大人へと近づく、その嬉しさと同時に……自分はまた、置いて行かれるのだと悲しくもなった。
窓から差し込む太陽の光と、近くで聞こえるカモメの鳴き声で目を覚ます。
今日は朝から殿下のお供の予定だ。予定より随分早く起きれたが、二度目をするのは寝坊しそうで怖いので、体を起こそうと上半身に力を入れる。だが両隣を起こさないように、ゆっくりと静かに。
窓の側へ向かい、朝方の美しい海を堪能する。あんな事があった場所なので、寝れないかと思ったが……案外すんなり寝てしまった。結構私は図太いんだな。
そのまま景色を見ていると、砂浜に人影が見えた。
遠すぎてどんな姿かは見えない。だがその人影は此方を見ている。何故かそう信じて疑わない。
私はその姿を、少しでも確認しようと目を凝らす。
だがその時、後ろから服の裾を摘む感触がした。
驚いて後ろを見ると、そこには寝癖が大量についている幼い子供達がいた。
「ごしゅじんさまぁ……すっ、ごく……はやいねぇ……」
「はやおき、さん……すごいねー……」
眠たそうに目を擦りながら、フォルとステラが途切れ途切れに声をかけてきた。
どうやら私が起きた事を知り、必死に起きて側に来てくれたらしい。苦笑しながら二人の頭を撫でると、二人とも腰に引っ付きベッドへ引っ張ろうとする。まだ寝たい様だ。
私は慌てて窓の縁を掴んで、強制連行を阻止する。
「ちょ、ちょっと待って。砂浜にいる人影が誰か見たくて」
「人ぉ?こんなはやくにぃ?」
「ふぁあ……見てあげるよー」
ステラは大きな欠伸をしながら、つま先立ちをして窓から外を見る。確かに、ただの人間の私より悪魔の方が視力ありそう。
「あそこにいる、砂浜の中央にいる人影なんだけど……」
「んー……?」
指差す場所を見つめるステラは、暫くすると不機嫌そうに此方を見た。
「いないよー?」
「えっ」
そんな筈はない。人影は今でもいる。
しかももう一度見れば、人影は此方に近づいているのか、姿がさっきよりもはっきり見える様になった。
長い黒髪の男、薄汚れた白い布を巻きつけた服装。
その男は、真っ直ぐ此方を見ていた。
「いや……でも私には見え」
「ご主人さまぁ、まだ寝ようよぉ」
「フォルの言うとーり、寝よー」
「うわっ!ちょ、待って待って!!」
我慢の限界なのか、フォルとステラは私を強くベッドに引き摺った。あまりの強い力に窓の縁を掴んだ手を離してしまい、私はされるままにベッドに放り投げられる。
そして二人とも大きな欠伸をしながら、両隣に寝転がり再び眠りについた。
すぐに規則正しい呼吸音が聞こえくる。
可愛らしい寝顔を見ながら、私は大きくため息を吐いた。
「…………いや、っていうかそもそも……何で私の部屋で寝てるんだ」
◆◆◆
旧ハリス領地の豊富な資源、特に漁業は我が国になくてはならないものだ。
叔父上が領土を受け入れてくれたのは有難いが、領民は貴族の統治には反対しているらしい。
今回の様な重要な公務は、普段なら父上かおばあ様が訪問していただろう。だが父上は僕に任せてくれた。次期王としての実践的な教育も兼ねているのだ。
賢王である父上の期待に応えれるか分からないが、次期王として出来る限り力を尽くそうと思う。
……だが、僕がここまでやる気に満ち溢れているのには、もう一つ理由がある。
それは今、馬車の隣に座り、窓の外を見ている愛おしい女性、イヴリンが関わっている。
初めて出会ったのは十歳の頃。僕を助けてくれた命の恩人。
あの頃は大人の女性だと思っていたが、今では僕の方が年上に見えるだろう。変わらず美しく、変わらず僕の心を離さない存在。
この公務では彼女が側にいるのだ。想い人に無様な姿は見せたくない。
そう考えている内に、気づけば彼女を熱く見つめてしまっていたらしい。イヴリンは此方に振り向き、可愛らしく首を傾げる。
「殿下、どうかされましたか?」
「ご、ごめん!」
反射的に謝り、恥ずかしさから顔が赤くなっていく。
彼女は何故謝られたのか分からないのか、怪訝そうな表情のまま此方を見つめている。
どうにか話を変えようと考えた時、僕は旧ハリス邸の使用人から聞いた昔話を思い出す。
「そ、そう言えば!旧ハリス邸が「方舟」と呼ばれている理由は知っているかい?」
「いえ、知りませんが……」
「僕も気になって屋敷の使用人へ聞いたんだけど……実はあの屋敷に、かつてこの領土に漂着した巨大な船の「心臓」を隠しているそうだよ」
僕の言葉にイヴリン、そして向かいで話を聞いていたパトリックも此方を食い入る様に見た。
イヴリンは、少し考えるような素振りを見せながら口を開いた。
「心臓、ですか?」
「そう。かつてあの屋敷に住んでいた一族が代々守っていたらしいんだけど、百年前の戦争で一族が全員滅んでしまい、その後「心臓」場所は誰にも分からないそうだ。あの屋敷を引き継いだ代々のハリス伯も、必死に探したけれど見つからなかったから、噂話と思っているみたいだけど」
「……漂着した、巨大な船……」
パトリックは気づいたのか、呟きながら此方に驚愕の表情を向ける。だがイヴリンはパトリックが驚いている理由が分からないのか、もしくはその話を知らないのだと思う。
珍しく呆けている彼女に微笑みながら、その頭を軽く撫でる。
「初代国王のウィリエ・ルドニアは、この大地へ巨大な船でやって来たと言われているんだ。彼はその船を「方舟」と呼んでいたと歴史書には記述されている。それに旧ハリス邸を建築したノア・ハシリスは、ウィリエの知友だった事で有名だ。……ここまで言えば、イヴリンも分かるだろう?」
やはり話を知らなかったのだろう、イヴリンも呆けたものから驚いた表情に変わる。
僕は頭を撫でるのをやめて、馬車の窓から見える海を見つめた。
「もしも使用人が話していた事が本当なら……この領地からルドニア国が始まって、そしてウィリエの方舟の「心臓」が旧ハリス邸……友が生涯最後に設計した屋敷に、保管されている事になるんだ」
自分で言っていて嘘の様な話だが、それでも全てが嘘とも言えない。
どうやら話を変える事には成功したようだ。探偵でもあるイヴリンはこの話に興味を持ったのか、そこから領土の中心地に着くまで、ウィリエやノアの事について何度も質問をしてくれた。
今まで彼女に教えてもらってばかりで、彼女に頼られた事がなかったので嬉しい。……だが、夢中すぎてイヴリンの体はどんどん近づき、もうそろそろで体が重なり合いそうな所で、イヴリンはパトリックに怒鳴られながら剥がされる事になる。
……別に、イヴリンになら何処を触れられてもいいんだが。




