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73 目は語る



 今夜は旧ハリス邸に泊まり、明日ルーク達と共に領民が住まう中心部へ向かう。

 この屋敷は人里がある領土の中心部ではなく、狩猟大会の会場となった森の近くにある。だが海にも歩いていける距離で、今回用意された部屋の窓から青い海が一面に見えている。


 思わず絶景に見惚れていると、後ろからベッドの軋む音が聞こえた。

 音の方向を見れば、フォルとステラが楽しそうにキングサイズのベッドの上で跳ねている。


「ご主人さま!ベッドふかふかだよぉ!」

「ふかふかー!」


 それを微笑ましく見ていると、ノックもなしに部屋のドアが開く。

 調理場から紅茶用の湯を貰ってきたらしいサリエルが、ポットを持ちながらはしゃぐフォルとステラに眉を顰めた。


「お前達、遊んでる暇があったらケリスの手伝いをしてやれ」

「はぁい!」

「はーい!」


 ケリスは私の旅行鞄から服を取り出し、丁寧にクローゼットのハンガーに掛けている。

 おい待てケリス、お前が今うっとりと見ている、その破廉恥極まりないネグリジェは何だ?まさか私の寝巻きとは言わないよな?


 変態メイドの姿に顔を引き攣らせていると、横からドレスを引っ張る感触がした。

 そこにはドレスを摘み、眉を下げたレヴィスがいた。次には抱きつき体を擦り付けてくる。くるしい。


「うげぇ」

「なぁ主、俺臭くないよな?キツくないよな?」


 こりゃあ大変だ。あの自信満々なレヴィスさんが天使の所為でしょぼくれてる。魚くせぇと言われたのがよっぽど堪えたらしい。

 思わず私の、絶対にないと思っていた母性が溢れる。私は自分からもレヴィスに抱きつき、右手はレヴィスの頭を静電気が出そうなレベルで撫でた。あああ〜〜〜しょんぼりレヴィス可愛いねぇ〜〜〜!!!


「うんうん!臭くないよ!ぜーんぜん臭くない!レヴィスの匂いだーいすき!」

「あの天使を燃やさなかった俺、偉いよな?」

「えらい!すごくえらい!!よーしよしよし!!」

「こんな偉い俺に、主はご褒美で俺のを受け入れてくれるよな?」

「甘ったれるんじゃない」


 擦り付ける力が強くなった。やめろ。





 そんな事をしていると、部屋のドアを誰かがノックした。

 誰だろうとは想像がつくので、私は色々擦り付けてくるレヴィスを剥がして急いでドアを開く。


 やはり想像通り、少し耳が赤いルークがいた。

 藍色の正装から変えて、シャツにズボンとラフな格好だ。


「イヴリン。あの……よかったら僕と、海を見に行かない?」

「ええ勿論です。すぐに準備いたします」


 後ろにはパトリックもいるし、二人きりではなさそうなので断る理由がない。

 私の言葉にうれしそうに微笑むルークは、先に玄関前で待っていると言い立ち去った。



 さて私も早く準備をしよう。ドアを閉めて振り返れば、悪魔共は全員不機嫌そうに此方を見ている。

 一番最初に口を開いたのはサリエルだ。


「ご主人様、もうキッパリ振ればいいじゃないですか」

「いやぁ、でも殿下告白した事を忘れてるからなぁ。その状況でどう振ればいいの?」

「そんなの簡単です。クソ王子に「もう私の体は、貴方の様なクソガキでは満足できないです」と言えばいいんですよ」

「言えるかい!!」


 盛大に叫んだが、他の使用人達も「違うの?」と言わんばかりの困った表情を見せている。クソッ、ちょっと当たってるからこれ以上言えない。

 玄人すぎる悪魔共と、自分の性欲の強さに嫌気がさしつつ、この場を逃げるためにも急いで準備をした。





◆◆◆






 旧ハリス領地は、百年前の戦後から我が国の漁業の要となっている場所だ。

 国の為にも領主が必要なのだが、大量虐殺があったこの場所は誰も欲しがらなかった。しかも貴族の中には、問題を解決したイヴリンが治めるべきだと主張も出始める。程のいい厄介払いだろう。

 あまりにも厄介な事になるなら、レントラー家で領地を引き取ろうと考えていた矢先、突然ウィンター家が引き取ると宣言した。



 領主が決まった事は有難いが、それでも貴族に虐殺を受けていた領民との溝は深まったままだ。

 そこでウィンター公は陛下に相談し、初代王の末裔でもある殿下の訪問が決定された。


 この国はウィリエ・ルドニアを今でも信仰する者が多い。殿下が領民に働きかければ、この溝もすぐに埋まるだろう。



 殿下は、目の前の水平線まで広がる青い海に目を輝かせている。確かに城にほぼ篭りっきりの殿下にとっては、海を見るのなんて久しぶりなのだろう。普段は大人びている彼だが、年相応の幼い一面を見る事が出来て微笑ましい。


 そう思っているのは隣のイヴリンもなのだろう。目を細め穏やかな表情を殿下へ向けている。だが此方は、まるで母親が息子を見る目だ。少女がする目じゃない。

 俺の目線に気づいたのか、イヴリンは此方に目線を向ける。吸い込まれそうな程の漆黒の瞳が、妙に心臓に悪い。


「そんな見ないでください。お金取りますよ」

「わ、悪い」

「おや珍しい、いつもならツンツンしてるのに」


 その返答には思わず不機嫌になると、彼女はニヤけながら「それそれ」と付け足す。……彼女は本当に、俺に取り繕う事をやめた。その彼女の態度が、嬉しいなんて思っている自分が不思議でならない。


「イヴリン!もう少し波の側に行こう!」


 そんなイヴリンの腕を掴み、殿下は波の側まで近づけていく。

 突然引っ張られる事で足がもたついたのか、彼女はバランスを崩し、引っ張られる殿下の胸の中に飛び込んでしまった。


 そのままイヴリンは数秒、思考が止まったのか固まっている。だがすぐに真っ青な表情になりながら、殿下から離れようと体を動かしている。


 動かしているのに彼女が離れられないのは、殿下が腰を掴んで離さないからだ。


「でっ、殿下!ももも申し訳ございません!!は、離してください!!」

「どうして?君から飛び込んで来たんじゃないか」


 完全に殿下は揶揄っている。自分の胸の中で吃り慌てふためくイヴリンに、蕩けるような表情を向けている。


 腰に触れる手が背中を這うように動き、くすぐったいのかイヴリンは体を震わせた。

 そんな彼女の姿を見て、殿下は色気あるため息を溢した。


「背中弱いの?」

「違います!!殿下の手がいやらしいんです!!」

「僕じゃなくて、イヴリンがいやらしいからそんな反応するんでしょ?」

「なっ!!?」



 真っ青な表情から、恥ずかしいのかどんどん顔が赤くなっていく。その表情を見て、殿下は愛おしいと言わんばかりに体を擦り寄せた。



 そんな二人を見て、何故か腹立たしいと思ってしまった。





 殿下は本当に、この娘を愛しているのだろう。

 その想いは、例え娘が他の男を好きでも、無理矢理奪い手篭めにするもの。そしてさも当然の事の様にしてしまう。




 何故そんな事が分かるか?そんなの簡単だ。

 


 イヴリンを腕の中に収めた殿下の目は、欲望に忠実だった俺の父や、あの悪魔達と同じ目なのだから。





 じゃあ、俺はどうなんだろうか?










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