表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/193

71 過去の幸運


 いつもと変わらない、定期的に開催されるルークとのお茶会。


 今日のお茶菓子はイチゴのショートケーキだ。それに合うように濃いめのダージリンティーが淹れられている。


 ちなみにこのショートケーキは、後ろで穏やかに微笑んでいるレヴィスが作ったものだ。この悪魔がお供の際は、必ずお茶菓子を作ってくる。

 曰く「目に見える範囲では、俺の作ったもの以外を食うな」との事らしい。……まぁ美味しいからいいんだけど。


 ルークは紅茶を一口飲むと、こちらに顔を向けた。


「旧ハリス領地だけど、ウィンター公爵家の管轄に入る事になったよ」

「ウィンター公爵家、ですか?」

「大量虐殺があった領土だから、不気味がって領土を欲しがる家門はなかったんだけどね。叔父上が是非とも受け入れたいと申し出てくれたんだ」

「それは……よかったですね」


 ウィンター公爵家。ルークの母方の実家で、術で為り変わった天使が当主をつとめている。


 あの天使が、わざわざ悪魔が蔓延っていた領土を欲しがったのか?一体どうして?あと後ろ、おい馬鹿悪魔。名前出た途端その殺気は止めろ。


「それで、元々住んでいた領民達は、貴族が統括するのを不安がっている人が多いんだ。……だから、明後日僕が領土に赴いて、領民の混乱を静めるんだけど」

「次期国王が赴く程の貴族家の統治と思われれば、領民も安心するでしょうね」


 あの領土では、狩猟大会以外でも謎の失踪事件が相次いでいた。どうやら年に一度の大会だけでは腹が減った悪魔が、勝手に領民を喰っていたらしい。

 それも全てハリス伯爵家の所為とされているのだから、当然領民は再び貴族に統治させるのは不安だろう。

 そこに、次期国王のルークがわざわざ赴けば、王室の後ろ盾を持っている貴族と思わせる事が出来る。


 だがルークがこういった政治に関わる公務をするのは初めてだ。おそらく、陛下はそろそろ次期王としての仕事も引き継いでほしいと思っているのだろう。まだ十五歳の子供なのに、もう少し遊ばせてあげてもいいんじゃないか?


 

「………で、どうかな?」

「えっ?」


 そんな事を考えている間で、ルークが何か私に告げていたらしい。

 全く何も聞いていなかったが、ここで「聞いてませんでした」と言うのは失礼すぎる。……まぁ、どうせ次のお茶会の予定だろう。そう思った私は作り笑いを彼に向けた。


「かしこまりました」

「本当!?よかったあ!……じゃあ、明後日屋敷に迎えに行くね」

「えっ?」


 お迎え?何の?

 

 すると後ろから、レヴィスの呆れた様なため息が溢れた。…………なんか、前もこんな事があった気がする。


 目の前のルークは、とても嬉しそうに私を見つめていた。もはや眩しい。もう一度お願いしますとか言えない。

 だが、また私が話を聞いていないが為に、何か面倒な事になったのだけは分かった。








 そのままお茶会はお開きとなり、私は明後日ルークと何かをする事になった。

 レヴィスに内容を詳しく聞きたいが、ずっと後ろからため息を吐かれているので言いづらい。そんなに不機嫌になる事を了承したのだろうか?えぇ〜気になるぅ。




 城の長い廊下を歩いていると、向かいから近衛兵を引き連れた人物が現れる。……この城であれほどの人数の近衛兵を引き連れる者など、たった一人しかいない。


 隣の宰相と厳しい表情で会話をしていた陛下は、こちらに気づくと目を少し開く。

 そして厳格な王の表情を、甘ったるい微笑みへかえた。


「イヴリン、来ていたのか」

「お久しぶりです、陛下」


 私と、後ろのレヴィスは目の前で立ち止まる陛下に会釈した。

 陛下は持っていた書類を、隣で同じく微笑む宰相に渡す。


「ルークから、旧ハリス領地への訪問の話は聞いたかね?」

「はい、先程殿下に聞きました」

「息子にとっては初めての、国に直接関わる公務だ。是非君が側で支えてやってほしい」

「私如きで宜しければ、喜んで」


 私が真っ直ぐ陛下を見つめそう伝えれば、陛下は嬉しそうに頷いた。

 ……成程、つまり先程ルークが言っていた内容は、旧ハリス領地への同行だったのか。


 そりゃあレヴィスも呆れる訳だ。ウィンター公爵家の領土となる場所に王太子が来る。そうなれば必ずあの天使も領地にいるだろう。

 最も危険な存在の元へ自ら向かおうとしているのだ。あー……帰りの馬車の中、大変な事になりそうだなぁ。


「イヴリン?」

「え?……っ!申し訳ございません!!」


 また考え事をしてしまった。慌てて謝罪をすれば、陛下はため息を吐く。


「全く、君の周りを忘れて考え込む癖は、もうずっと変わらないな」


 呆れた様なその声に、私はじっとりと陛下に顔を向ける。


「陛下も、私を揶揄う癖はずっと変わりません」

「……それは」


 私の言い返した言葉に、陛下は何かを考える様な仕草を取った。


 やがて彼は、自分の後ろにいる宰相や近衛兵に振り返った。




「少し、彼女と二人きりにさせてくれ」



 陛下の命令には皆、特に近衛兵は反論があるのか声を出そうとしていた。

 しかし一番陛下の側にいた宰相が、無言で頷きその場を立ち去ろうと歩く。その行動のお陰で何も言えなくなったのか、近衛兵達は混乱した表情で宰相の後ろを付いて行った。


 陛下は次に、目線を私の後ろにいるレヴィスに合わせる。

 レヴィスは外面良く笑顔で答え「ご主人様、先に馬車で待っています」と思わず鳥肌が立ちそうな程の外面の喋り方をした。本当に馬車で待ってろよ?隠れて見るなよ?




 

 私と陛下以外が全員出払い、長い廊下は静まり返る。


 ……そういえば、陛下と二人きりになるのなんて何時ぶりだろう?少なくとも十年前からは悪魔達がお付きで側にいたし、陛下もその時には既に婚姻しルークがいた。


「君とこうして、二人で話すのは何時ぶりだろう?」


 どうやら陛下も同じ事を考えていた様だ。穏やかに私を見つめる目は、懐かしい記憶を思い出しているのか少し細くなる。


「少なくとも、王太子殿下がお産まれになってからは一度もありません」

「もうそんなに経つのか?どうりで記憶の中の私は若いと思ったよ」

「今でも十分お若く見えますが」

「君には負けるだろう?」


 意地悪そうに笑う陛下は、私の頭に手を置き撫でる。


「君と初めて出会った時。君は血を飲ませた後、こうして私の頭を撫でてくれたね」


 当時を思い出しているのか、陛下の声は穏やかだ。もう呼吸も拙い程だった彼が、よくそんな事を覚えているものだ。



 あの時に撫でた髪は軋んでいて、所々固まっている見窄らしいものだった。

 だが今の彼の長い髪は、まるで絹の様に美しい銀髪だ。


「どんどん病に蝕まれていく私の姿に、皆恐れて触れるなどしなかった。……だから君が躊躇なく触れてくれたのが嬉しくて。体調が戻った後、君にお礼を伝えようと思ったんだがね。……あの時の私は、プライドも高く恥ずかしさが勝って、想い人に素直に言葉を告げられなかった。ついからかって、そして君が帰った後に反省していたよ」

「お、おも……」


 小学生かよ!!と叫びたいが……今は過去の真実に恥ずかしくて、どんどん顔が下に下がり、目を瞑って湧き出る感情に耐える。

 また前回の様に顔に触れられるかと思ったが、そんな気配も感触もない。



 少しだけ顔を上げて目を開ければ、何故か目の前に陛下の顔があった。

 どうやら背の高い彼が、わざわざ腰を曲げて顔を目線に持ってきているらしい。



 思わず悲鳴が出そうになるのを耐える。が陛下は顔を動かし、私の額に口付けを落とした。


「ふぎゃっ!?」


 突然の事に今度こそ悲鳴をあげ、私は後ろに下がろうとする。

 それを阻止する様に腕を掴んだ陛下によって、強く引っ張られ次には彼の腕の中にいた。その全てがあっという間の事で、止めることも何もできなかった。


 陛下の腕の中は百合の匂いがして、それが昔と変わらない匂いだと気付けばもう駄目だった。


 林檎の様に真っ赤になりながら震える私の耳元に、陛下は息を吹きかけるように声を出す。


「あの時、体調が戻ったら私は、君にまず感謝を伝えて、次には額に口付けして、それが終われば感謝の抱擁をして……」

「へ、陛」


 陛下、と呟こうとした声は、耳元に触れる吐息で阻止された。


「今ぐらい、昔の呼び方をしてくれよ」

「…………ア、アレク……」

「うん、イヴリン」


 絞り出す私の声に応える様に、アレクは体を離す。

 そのまま私を優しく見つめながら、目の前で片膝を付けた。


 片手を胸に置き、まるで騎士が主に忠誠でも誓う様だ。恥ずかしさで顔を隠そうとした私の手をそっと掴み、手の甲に口付けを落とす。

 その姿があまりにも美しくて、それでいて心臓に悪い。


 アレクは唇を微かに離して、わざと当てる様に声を呟いた。



「こうして君に傅いて、必死に考えた口説き文句を長々と並べ語り。……君の名前を聞こうと思ったんだ」




 ………その時、私は今にも爆発しそうな頭の片隅で思った。

 本当に、この男に当時これをされなくてよかったと。

 こんなものされたら、三十年前の純粋無垢な私は想いが止められず、悪魔だの契約だの全てを犠牲にしてでも、うっかり愛を囁いていただろうから。



 嗚呼よかった、彼が当時クソガキで。



 







 とんでもない事をした後には、陛下は元の調子に戻り息子を頼んだと笑顔で鼓舞してくる。

 の癖に肩に触れる手はねちっこい。国王でなかったら胸ぐらを掴み怒鳴り散らしたい。どんだけ翻弄するんだと叫びたい。


 そのまま私は陛下に別れを告げ、馬車に向かうために長い廊下を歩いていく。

 だが後ろから妙に気配を感じるので、後ろを向くが誰もいない。




 気のせいだろう……そう思っていたが、それは間違いだったと気付くのは、後少し。

 

 馬車の扉を開ければ、コウモリの目から全てを見ていたレヴィスが、笑顔で私の腕を強く掴み、上書きするように自分の腕の中へ招くのだ。


 そこからはもう、あまり覚えていない。



 唯一覚えているのは、耳元でずっと「俺のだ」と獣のような吐息と共に呟かれた、下品な男の声だけだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ