表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/193

70 友人関係とは


 十年前、ローガンが出版した本の内容と酷似した殺人が起きた。

 捕まった犯人はローガンの本を「聖書」と呼び、本の内容に教えを受け真似たと公言している。



 犯人がそれを世間へ伝えてしまったばかりに、ローガンの書いた「犯罪心理学と実用法」は世から姿を消した。

 


 その知らせを新聞で知る事になった私は、慌てて屋敷にあった上等な酒を持ってローガンの家へ向かった。

 案の定、家に籠っていたローガンは浴びる程に酒を飲んでいた。奴のメンタルはボロボロである。


 私はベッドで丸まったローガンに、お前は悪くない、運が悪かっただけ……と慰めながら酒を与え続けた。自分も飲んだ。だって美味しそうだったし。


 持ってきた酒以外にもローガンの家のものまで飲んだ所為か、最後には二人して笑い上戸になっていた気がする。

 で、気づいたらベッドの上で酒臭い体をちちくりあっていた気がする。何せ記憶が殆どないのだ。唯一の記憶は、出会った頃は陰気臭そうな幼い少年だった奴が、随分と官能的な大人になったと感心した所位だ。いやーゾクゾクしたね。


 迎えにきたケリスが音を聞いて、ドアを蹴破り私達の姿を見て激昂し、ヒステリックメイドはローガンの首を絞めた。私は必死に吐き気を抑えながら止めてた気がする。多分。



 その事件後から私が屋敷の外へ出る際には、必ず使用人が交代で側にいる事になった。つまりは監視。一度の過ち位許してくれてもいいのに。


 だが何より悲しかったのは、サリエルが無表情で、地下室にあるワインセラーの酒を一つ残らず床に落として割った事だ。中にはヴィンテージもののワインもあったので止めようとしたが……あいつ、ブツブツと「クソクソクソ」と言ってるんだもん。怖くない?止められなくない?


 そうして私は、十年経った今でもアルコールは一切摂取していない。酷い。あとローガンは使用人達に敵と判断された。殺していないのは私が止めているからだ。





「まさか、またあの本に犯罪を教えられてしまった人間が出るとは……ねぇローガン。あの本もう貸出やめたら?」


 私はローガンの研究室のソファに座りながら、執務机で課題の採点をしている彼へ話しかけた。ペンで丸をつける手は止めずに、ローガンは口を開く。


「それは俺じゃなくて、学校長が決める事だ」

「じゃあ学校長にお願いすればいいじゃん」

「面倒臭い」

「ひでぇ教師だな」


 国の最高峰の学校なのに、何でこんな男を採用したのか分からない。

 私は苦笑いをしながら、ソファに座り傍観するのも飽きたので立ち上がる。そのまま歩きローガンの座る執務机、その後ろにある窓から外を見た。

 窓の外は学校の講堂で、生徒達が楽しそうに何かの準備をしている。


「もしかして、年越しパーティーの準備?」

「よく知ってるな、誰かに招待されたのか?俺も毎年姉を呼んでいる」

「えぇ……私今年、パトリック様に招待されてるんだけど……」

「それはまた、随分と年下の男を引っかけたものだな」

「引っかけた言うな」


 ローガンの姉であるヴィル・ランドバーク子爵は、うちの屋敷のある街の領主である。私の事を、弟を暗黒の道で誘った悪女と思っているらしく、会うたびに小言を言われるので苦手だ。ありきたりなものなら気にならないが、あの人は若干私を心配して小言を言ってくれている。あれは心臓に刺さる。


 前に出会った時の小言を思い出し顔を引き攣らせていると、部屋のドアがノックされる。中からの返事もなしに開けられたドアの先には、無表情のサリエルが立っていた。


「ご主人様、お時間です」


 サリエルはそう言いながら、懐中時計の時間を見せてくる。

 確かにこのままだと夕飯の時間に間に合わない。私は慌てて窓から離れた。


「じゃあ、また遊びに来るよ」

「君ならいつでも歓迎する。今度食事でも招待するよ」


 微笑みながら次の予定を誘うローガンへ、私は大きく頷いた。

 そして嫉妬したサリエルに頭を掴まれた。痛い。







 ◆◆◆






 最初はただの興味だった。

 自分より年上の女性。そんな彼女が見かける度に犯罪心理を調べている姿が、あまりにも異様すぎて興味を持った。

 

 その時は全く興味がなかったが、彼女と関わりを持つ為にわざとその分野の本を持ちながら声をかけた。何を勘違いしているのか哀れむ表情をされてしまったが。

 それでも彼女、イヴリンと友人になれた。……そこからは、本当にあっと言う前に過ぎていく。


 二十にも満たない、もはや少女と言ってもいい様な姿の彼女から語られる言葉は、今まで貴族であれ気高くあれと教育された俺には刺激的だった。


 やがて自分でも犯罪心理学、犯罪の仕掛けを調べていく内に、すっかりその道の虜になってしまった。

 その学びを活用する為に自警団に入ろうかとも悩んだが、確実に体力がないので、犯罪者の跡を確認できる解剖医になる事にした。……まさか能力が異常に評価され、母校の教師にも抜擢されるとは思わなかったが。



 十年前の出来事は、俺にとって分岐点になった。

 今まで姉の様に思っていたイヴリンが組み敷かれ、あどけない姿しか見た事がない彼女が、まるで痴女の様に俺を受け入れたあの時間は忘れられない。

 そこからやけに彼女の使用人達が敵視する様になったが、それは正しいだろう。


 椅子から立ち上がり、イヴリンが先程まで座っていたソファへ寝転がる。

 メイドの方は感情を表に出してくれるので軽くあしらえるが、あの黒い執事は無表情なので何を考えているのか分からない。ただ肌を刺される様な感覚が襲ったので、相当俺を恨んでいるのだけは分かった。


 部屋の外からも感じたその刺激に疲れた。

 寝転んだ体を横に向けると、彼女の匂いが仄かに香る。それが心地よい。

 



「…………彼女は、一度懐に入れた人間には無防備だ」


 

 

 そうでなければ、あの日俺が酒に酔っていない事など、賢い彼女ならすぐ分かっただろう。

 俺の彼女を見る目線が、只の友人相手のものではない事など分かっただろう。


 一番危険な身近の存在に気づかないなんて、なんて哀れで愛おしい友だろう。











「あの豚の体がお好きと聞きましたが、本当ですか?」


 馬車の中で、サリエルが首を傾げながら質問をしてきた。絶対ケリスが言った。

 私はわざとらしくため息を吐くと、サリエルは一瞬顔を険しくさせる。


「僕の体ではご不満という事ですか?どの辺りがですか?」

「えぇ、もう十年前だから覚えてないよ」

「思い出してください。僕とあの豚どっちが気持ちよかったですか?」

「ケリスの言い方を見習え変態執事」


 右手を出してきた。確実に頭を狙っているので警戒態勢に入る。


「僕が変態なら、ご主人様は淫乱阿婆擦れど変態女です」

「違いますぅ〜性に興味のあるお年頃なレディですぅ〜〜」

「お年頃?四十は超えたご主人様が?頭大丈夫ですか?」

「お前本当に口が悪くなったな!!!」


 大声で叫ぶと、馬車を引いているケリスの使い魔が低く鳴き声をあげた。多分「うるさいんですけど〜」と言ってる。それにはサリエルが馬車の壁を思いっきり叩くので、お馬さんは悲鳴の様な甲高い鳴き声を上げた。サリエル怖い。


「サ、サリエルが一番だよ!」

「どの辺りがですか?」


 面倒臭い女みたいな事言ってくる。恐らく尋常じゃない執着と嫉妬からきているのだろうが、もうサリエルが地雷系に見えてならない。

 取り敢えずどこが良いのか伝えなければ、奴は無表情なのは変わらないが、右手がボキボキ鳴っている。あの手は私が変な事を言ったら、頭を潰しに来るだろう。



 今までのサリエルとのあんな事そんな事を思い出して……そう言えば、あれは好きだと感じたものを思い出した。私は目の前の地雷系執事を見つめる。



「サリエルがいっぱいいっぱいで、ちょっと耳赤くなるの好きだよ」

「…………」

「あれ?これは違う………アダダダダダダダダ!!!!!!」





 おそらく間違えたのだろう。

 私の頭は破裂した。





北区の殺人鬼編はこれにて終了です〜。

次回は王子様編です〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ