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69 時効にはならない


 ケイト・ハウドは孤児院で育ち、優しい養父や仲間達と幸せに暮らしていた。

 十五歳で孤児院を出る時もその優秀さから、国から補助金を得て医学の道へ進もうとしていた。


 医学といっても範囲が広い、どの道へ進もうと悩んでいた所に、ケイトはあの禁書に出会った。


 緻密な犯罪方法。何より犯罪者という存在を認め、そして被害者であると記したその内容に。心の隅で本当の両親を憎んでいたケイトは、復讐心は罪ではないと知り救われた。

 作者であるローガンと同じ解剖医の道へ進んだ彼は、やがてローガンを崇拝し始める。



 だが、ケイトが内申の獲得の為に参加したボランティアで、彼の人生は全て変わってしまった。




「夫をカロリーナ・ジョナスに取られた事を憎み、それを全て孤児院に捨てた子供の祟りだと言っていたらしい。日付や年代が同じで、自分が捨てられた孤児院だと知ったケイト・ハウドは、自分を捨てた事をなんとも思っていない母親に怒り、他も巻き込んだ復讐を決意したそうだ。……マリネットの首を絞め、仲間と共に自宅で自殺したように見せかけた。つまりこの事件には、四人目の被害者がいた」


 執務机に並べられた調書を見ながら、ベリルは淡々と私へ説明する。

 私は机の前に立ち、首を傾げた。


「どうしてマリネットを殺人仲間に入れ、彼女の憎む相手を殺したのでしょうか?それに残りの二人は手伝いではなく、代理で殺させた方がケイトはアリバイが作れるのに」

「奴は取り調べで「母が最高潮に幸福を感じた場面で、自分で殺したかった」と言っているよ。憎い相手を殺してやり、幸福に満ち溢れた場面で母親を殺す方が復讐になると思ったんだろう。……だが一人で殺人を犯せば、必ず自分は疑われる。だから無差別の連続殺人に見せかける為に、他の二人と協力したと」


 殺人事件は無事解決し、今は最後の報告をベリルへ行っている。

 ケリスとアーサーは先に馬車で待っているそうだ。仲がいいのか悪いのか分からんな。




 マリネットを最後にした理由、それは嘘だ。


 もしその通りでも、代理殺人完遂の為にマリネットに人を殺させる必要があっても、誰かがカロリーナを殺して、直ぐにマリネットに代理殺人をさせて終わり次第殺せばいい。わざわざマリネットが行う殺人と、彼女の殺害を最後にする必要はない。


 それに完璧にしたかったからといえ、マリネットが仕留め損ねたミーシャを刺さなくてもいい。そこでミーシャが生き残り、マリネットが襲ったと供述すれば全ての殺人を彼女の所為に出来たのだから。



 きっと、ケイトはマリネットが自分に気づいたら、殺さないつもりだったのだろう。

 だから最後まで母親を庇い、守り、そして幸福を与えた。

 そして自分が息子だと最後まで気づかなかったマリネットを、他の様に代理殺人ではなく自分で殺した。まるで歪な親孝行の様に。



「中途半端な犯罪者だ」

「何か言ったか?」

「いいえ、独り言です」


 

 ケイトが拘束された事を知った残りの犯人二人は、ポツポツと事件の事を話す様になったそうだ。ベリルは疲れた様にため息を吐く。


「先に捕まった加害者達は、ケイト・ハウドの話術で洗脳されたと供述している。……あの気弱そうな学生が、そんな事出来ると思えないが……慎重に取り調べを進めているよ」

「それがいいでしょう。彼の言葉には毒がある」


 ケイト・ハウドが悪魔に願ったのは、恐らくヴァドキエル家が悪魔に願ったものと同じ様なものだ。彼の言葉は自然と頭の中に入り込み、自分を信じ込ませる事が出来る力。……それをヴァドキエル家の様に栄光ある道で使うのか、それとも今回の様に使うのかは契約者次第だ。


 だがその対価としてケイトは、殺害した被害者から悪魔が望む臓器を与えた。臓器を与えた人間に「同意」を得ていない。


 ベリルは椅子に座ったまま大きく背伸びをすると、此方に微笑んでみせた。


「三人目の犯人であるマリネットが自殺したのは惜しいが、それでも無事に事件は解決した。……ミス・イヴリン。君がいてくれなかったら事件は解決しなかっただろう。本当に感謝している」


 そのまま再び調書を見るベリルへ、私は会釈をして部屋を出ようとした。


 

ドアに触れようとした手を止めて、後ろを向いたまま小さく息を吐く。



「実は、ここに来る前にケイト・ハウドが育てられた孤児院へ行きました。西区の田舎街の孤児院で、養父と妻が農家をしながら孤児院を開いていました」




 つぶやいた言葉にベリルからの返事は無いが、作業をする音も静まった。

 私はそのまま、彼女を見ずに話を続ける。


「ケイト・ハウドが孤児院に捨てられた日、実は彼の他に、もう一人赤毛の男の子が捨てられていたそうです。その男の子はすぐに里親が見つかったので、ケイトは知らなかった様ですが……確か、マリネットも赤毛でしたよね?」

「……ああそうだな、美しい赤毛だ」

「じゃあケイトの黒髪は、もしかしたら父親似なんでしょうか?きっと彼と同じく背の高い、賢い人なんでしょうね」

「何が言いたいんだ」


 早口で告げられる言葉に、私は微笑みながらベリルへ体を向けた。

 ベリルは先程の柔らかい微笑みは無く、睨みつける様に此方を見ていた。



「もう時効だからって、孤児院の養父に教えてもらったんですよ。……ケイトを孤児院へ捨てた女性を、養父はこっそり見ていたと。……とても背の高い黒髪の少女で、真新しい自警団の制服を着ていたそうです」




 一瞬、ベリルは目を開くが直ぐに元に戻った。


 だが目線だけは此方に合わせる事はなくなり、暫く沈黙が続く。




 そのまま彼女を見つめていると、観念したのかベリルは頭を掻き、苛立った様なため息を溢した。





「私は、自分の名前が嫌いだ。……名前を呼ばれると、屑の父親を思い出してしまう」




 吐き出す様に呟かれた言葉の意味に、私は彼女へ背を向ける。

 そしてドアノブを回した私は、聞こえるか分からない程の小さな声を出した。




「そうですか。私はリナリーって名前、好きですけどね」





 廊下に出て、扉が閉じられていく最中。

 部屋の中から、嘲り笑う声が聞こえた。






◆◆◆





 詰所から出ると、馬車の前にはアーサーとケリス。そして何故かローガンがいた。

 恐らく教え子が犯人だったので、取り調べでも受けていたのだろうか?

 アーサーが宥めている中、ケリスは青筋をたてながらローガンへ何か叫んでいる。……ローガンは相変わらず、ニヒルに笑っている。



「今後一切ご主人様に関わらないでください!!ご主人様半径五キロには近づかないでくださいこのムッツリ野郎!!」

「君は、いや君達は本当にイヴリンが大好きだな。友人を好いてくれて嬉しいよ」

「うるさい豚が!!締め殺してやる!!!」


 まさに火と油。最悪な光景だ。

 これ以上自分の使用人が迷惑をかける訳にはいかない。早歩きで彼らの元へ向かった。


「ケリス!ローガンに手出ししたら許さないからね。それに私の交友関係は私が決める」

「ご主人様!!」


 獣の様に威嚇していた表情だったが、此方に気づくと直ぐに可憐な乙女の表情へ変わる。目には涙を浮かべながら、私の元へ駆け寄り抱き寄せてくる。今更遅いわ。


「あの豚が悪いんです!私を苛つかせる事ばかり言うから!」

「はいはい、ローガンに謝ろうね〜」

「ご主人様はあの豚に優し過ぎます!私と豚とどっちが大事なんですか!?」

「はいはい〜〜ケリスが大事だよ〜〜」

「適当に返さないでください!!」


 適当に返したのが余程腹が立ったのか、ケリスは顔を真っ赤にしながら更にきつく抱きしめてくる。もはや痛い。

 周りの通行人達もこの騒がしさに遠巻きで見ているし、そろそろうまい事宥めて馬車へ乗ろう。そう思い体をケリスから離そうとした。


 

 が、ケリスは怒りで頂点に達したのか、今日一番の息を吐き出した。




「そんなにも!そんなにもあの豚の体はよかったんですか!!!」





 …………その叫び声は、詰所の前を一気に静寂へ導いた。



 頭の回転が良くなっちゃったアーサーは、顔を真っ赤にしながら私とローガンを交互に見る。ローガンは口元を隠しながら、体を震わせ吹き出している。


 全力でケリスから離れると、私とケリスは睨み合った。公衆の前でなんつーことを暴露するんだこのメイド!!



「ちょ、ちょちょっと待って!!ここで言わないでよ!!」

「真実でしょう!?十年前に酒に酔った勢いで、あのムッツリ豚と体を弄りあっていたではないですか!!私が止めなければ処女喪失してたんですよ!?」

「もう十年経ったじゃん!!時効じゃん!!」

「この豚の家まで迎えに行った時!部屋の中からベッドの軋む音とご主人様のいやらしい声が聞こえた時!!私どんな気持ちだったと思いますか!?ねぇどんな気持ちだったと思います!?」

「知らねーーーーよ!!!」



 身体中から冷や汗を出しながら、私は黙らないケリスの口を手で塞いだ。ケリスはモゴモゴとまだ何かを叫ぼうとしているが、これ以上言わせる訳にはいかない。

 アーサーは私よりも滝の様に汗を流しながら、顔を真っ赤にして怒りの表情を向けた。


「イヴリン!!君は何をしているんだ!?」

「こ、これはその!昔はやんちゃしてたと言いますか……ローガン!!アーサー様に説明してやって!!」


 共犯であるローガンへ目線を向け叫べば、奴は笑いすぎて目に涙を浮かべていた。

 その涙を指で拭いながら、何処かの悪ガキの様に顔を歪める。



「何を説明するんだ?行為の詳細か?」

「ちっっっげーーーよ!!!」





 周りはこの光景を見て「うわぁ……」と言わんばかりの引き攣った顔を向けてくる。

 アーサーは処理しきれなくなったのか、やがて口から泡を吹いて倒れる。

ローガンは我慢の限界なのか、滅多に見ない大笑いをしている。

ケリスは口を塞いでいないと再び叫びながら曝露するだろう。



 私はこの後の処理をどうすればいいのか悩みながら、絶望のため息を吐いた。



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