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68 犯罪者は犯罪者



 その日、僕は尊敬する先生に呼び出しを受けた。

 指定されたのは先生の研究室。時間に間に合う様に僕は早歩きで向かう。


「一体何の用だろう?」


 疑問はあるが、それでも先生に呼ばれた嬉しさで顔がにやけてしまう。





 廊下を進んでいると、中庭で生徒達が騒いでいるのが見えた。彼らは貴族階位の者達だ。不機嫌そうに顔を歪める灰色髪の生徒に向かって、周りの生徒達は何かを頼み込んでいる様だ。


 確か灰色髪の生徒は公爵家の子息だったか?最高位の爵位を持っている者にしては、平民とも分け隔てなく接する優秀な生徒で、最近はよく笑う様になったらしく、より魅力的になったと同学部の女子生徒が黄色い声で話していた。


 確かに何処か冷たい雰囲気もあるが、女性受けしそうな美しい顔だ。じっと見つめていたからか、子息は此方に気づいて目が合ってしまう。……平民である僕が、貴族と関わると面倒だ。それに僕は今急いでいるので、軽く会釈だけしてそのまま歩みを進めた。




 先生の部屋に着くと、僕は心臓の鼓動を静ませる為に深呼吸をした。


 呼び出しを受けたのは始めてだ。まさかこの前の解剖で不手際があっただろうか?……それとも、気づかれてしまったのだろうか?

 作者の先生なら、きっと喜んでくれているに違いない。



 何とか心臓の音を静ませた僕は、ドアを数回ノックする。すると中から聞こえたのは、聞き覚えのある女性の声だった。

 僕は思いがけない声に驚きながら、ゆっくりとドアを開ける。



 部屋の中に居たのは、自警団で出会った魔女だった。

 焦茶色の髪で、先生と同じ漆黒の瞳を持つ女性。先生がよく話していた旧友。


 魔女は僕に艶やかに笑いかけ、小さな口を開いた。


「ケイト・ハウドさん、ここまでご足労いただき有り難うございます」

「えっと……ミス・イヴリン?」

「はい。先日お会いしましたね」




 辺境の魔女、イヴリン。彼女の存在はよく知っている。

 何十年も見た目が変わらない謎の存在。国王陛下と王太子の病を治し、様々な事件を解決に導き、その功績で平民で初めて白百合勲章を取った女性。彼女を聖女と崇める者もいれば、黒魔術を使う魔女だと恐ろしがる者もいる。


 そして僕の尊敬するランドバーク先生の友人で、先生が唯一心を許した女性だ。


 初めて会ったのはついこの前だが、僕はこの女性が苦手だ。


 先生はこの女性の前では、ただの人になってしまう。数々の犯罪心理学の本を出版し、あの禁書を書き上げた先生を、なんの変哲もない人に変えてしまうのだ。


 笑った表情のまま、魔女は僕に再び口を開いた。


「北区で行った連続殺人事件。ミーシャ・ジョーンズの目玉を刺したのは貴方ですね?」


 その言葉に、心臓を強く掴まれた感覚がした。

 僕は震えそうになる手を抑えながら、必死に笑いかける。


「ぼ、僕が何でそんな事をする必要が?」

「自警団に犯人の事を調べて貰いました。その結果犯人達は、皆同じ病院の精神科に通院している患者でした。月に一度行われる患者同士の交流会、そこには貴方も学生ボランティアとして、患者の話や相談を聞く手伝いをしていた。犯人達とは特に仲が良さそうだったと、同じボランティアの学生から聞いています」


 僕を見つめながら、魔女は淡々と話を続けていく。


「貴方は孤児院に捨てられていた子供だったそうですね?孤児院を出た後は国の補助金で学校に通い、最高峰である国立学校で優秀な成績をおさめている。……そして、貴方はローガン・ランドバークと出会った。犯罪心理学の権威で、あの「禁書」を書き上げた存在に」


 魔女は僕に一冊の本を差し出した。重厚な黒い表紙、題名は「犯罪心理学と実用法」と箔押しされた本だ。

 

「一般では流通していない本ですが、自学校の准教授が出している本ですから、ここでは貸出しています。……貴方がこの本を借りたのは二年前。そして、貴方がローガンの研究室に入ったのも同じ年です。余程お気に入りだった様ですね、何度も借りている記録が残っています」

「…………」

「今回の事件、三人目の犯人であるマリネットという女性。彼女は十代の頃に出産経験があります。元旦那には死産だったと話していた様ですが」


 差し出した本を受け取る事ができない僕は、魔女の顔が見れずに下を向いた。

 代わりに手は拳を作り、どんどん強く握っていく。


「その本が禁書になったのは、作者が考えた犯罪の実用法が数多く書かれていたから。それもフィクションで終わらない様な、完璧なものです。発売当初、ある読者がその本通りに殺人を犯し、その影響で本は禁書となった。…………そして貴方は、その読者と同じ事をした」


 魔女は本を開き、あるページを僕に見せつける。


「……「代理殺人」です。殺人者が協力し、自分が殺したい相手を殺してもらう代わりに、相手が殺したい相手を殺害する方法。しかも被害者の臓器を取る事で、あたかも連続殺人の様に見せた。これなら完璧なアリバイが作る事が出来ます」

「た、確かに……確かに今回の事件では、それが使われたのだろうけど……でも、僕みたいな只の学生が提案した殺人を、犯人である()()が実行すると思いますか?」


 確かに三人とは面識があるし、僕と親しくしていた。

 それでも殺人なんて大罪を、学生の僕に提案されたからって実行する理由がない。



 まだ逃げ切れる、そう思い顔を上げる。

 だが、魔女は此方を嘲笑うように見ていた。




「私、一回も「犯人が三人」なんて言ってませんよ?先日とのローガンとの会話の時も「可能性がある」と言っているだけですし、先ほども「犯人達」としか言っていません。それにこの連続殺人事件は、世間には公表されていない。故に犯人逮捕も人数も知られていないのに……どうして確信を持って「犯人は三人だ」と言えるんですか?」



 捕らえられた。

 僕は魔女から逃げられないと悟った。



「貴方は三人目の被害者であるミーシャ・ジョーンズの目玉を刺した。おそらく、舌を切られたミーシャはまだ生きていたのでしょう。殺したと思い込み逃げたマリネットに代わり、貴方は目玉を抉り殺した」

「ああ……あ、あああ…」

「どうして貴方が居たのか?それは臓器を受け取る必要があったから。三人には「安全に証拠を処分する」とでも言っていたのでしょうが、それなら二人目のマッツ・ラドリーを殺害した学生の血まみれの服も受け取る筈。……証拠処分なんかじゃない。貴方は臓器を受け取る必要があった。何故なら「対価」として差し出さねばならないから」




 目の前の魔女が恐ろしい。

 怖くて怖くて言葉を出せない。



 暴かれる真実と、魔女への恐怖に耐えきれずに僕はドアへ向かって走った。

 それでこの問題が解決する事はない。だが今すぐこの魔女から逃げ去る事しか考えれなかった。



 魔女は逃げ出す僕を、追いかける事も為ず見つめている。それが更に恐ろしく見えて足がもつれてしまう。

 



 どうしてこんな事に!先生の計画は完璧なのに!!!

 自警団だってなんの証拠も掴めずにいたのに!!

 どうして魔女が対価を知っているんだ!!




 遠くもないドアにようやく辿り着いた僕は、急いでドアノブを回す。

 急いで助けを呼ばなくては。あの悪魔に頼めば、あんな魔女簡単に殺してくれるんだ!



 「僕は犯罪者なんかじゃない!被害者なんだ!!」




 ドアが開く。僕はそのまま廊下を走り悪魔の元へ行く筈だった。

 けれど僕は、ドアの向こうにいた誰かに体をぶつけてしまう。




「俺も昔はそう思っていたがな。やはり犯罪者は犯罪者だよ」





 誰かは、僕に諭す様に声を出す。

 僕はその声の主を誰よりも知っている。



 覚束無い呼吸をしながら、僕はその人物の顔を見た。


 


 先生は、魔女と同じ漆黒の瞳で僕を見ていた。





 

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