67 禁書
エディ・ラドクリフに続けて、もう一人の容疑者も無事拘束された。
容疑者の女学生は捕まった途端、魂が抜けたように喋らなくなった様だ。
だが彼女の部屋には、家族に捨てたと言っていた服が隠されていた。それも血塗れの状態のものが。
家族と共に生活している為に、バレずに捨てる事が出来ずに隠し持っていた様だ。なんともお粗末な事だ。捨てる方法などいくらでもあるだろうに、考えつかなかったのだろうか?
一気に二人、と自殺したのも含め三人。しかし三人の家や部屋からは、被害者から取った臓器は何処にも見当たらなかった。
「拘束された二人とも、最終的には自分の罪は認めるが、それ以上は何も語らなかった」
馬車での移動中、向かいに座るアーサーが取り調べの結果を教えてくれた。予想通りの回答だ。私は先に受け取った調書を見る。
「素晴らしい結束力です。うちの使用人にも見習ってほしいですね」
「……今日迎えにいった時に思ったが……君の所の使用人は、こう……主人愛が異常すぎないか?」
その苦笑を交えた言葉には、私の隣にいたケリスが鼻で笑った。
今日の朝はアーサーが迎えに来てくれたのだが、準備をして応接室に向かった所、アーサーはサリエルとレヴィス、フォルとステラに睨まれ責められていた。
どうやら私がローガンと再会してしまった事をケリスに聞いたのだろう。ローガンとは色々あり、悪魔達はあの手この手で出会うのを阻止していたのだ。余計な事をした自警団に、どう落とし前を付けるのだと責めていた。
……アーサーに言っても、どうしようもないと思うのだが。どれだけ気品高く美しい外見でも、中身は幼稚な悪魔達なのだ。そこまで考える事が出来ないのだろう。お馬鹿さんめ。
「イヴリン、今から何処へいくつもりだ?」
「国立学校です。ちょっと人に会いたくて」
会う相手の名前を言わない私へ、アーサーは不思議そうに首を傾げる。
「誰に会うんだ?」
「…………ケリスを見てください」
「はぁ?一体誰…………うん、分かった。俺が悪かった」
ケリスの表情を見て相手が分かったのか、アーサーは顔を引き攣らせる。
なんだ、多少は頭の回転が良くなったじゃないか。
国立学校へ着いた私達は、受付で面会希望を伝えた。
相手の名前を言えば、受付スタッフは目を大きく開いて驚いていた。余程あの男に会う人間が珍しいのだろう。
それでも無事に受付は終わり、私は後ろで待っていたアーサーとケリスに振り返る。
「アーサー様。ケリスとここで待っていてください。私一人で行きます」
それにはアーサーではなく、ケリスが慌てた様子で声を荒げた。
「私はご主人様と離れるつもりはありません!!」
「久々に会った友人とゆっくり話させてよ。しかもケリス、アイツに敵意剥き出しにするじゃん」
「当たり前です!あの男は危険です!!」
「皆ずっとそれ言ってるけど、何年前の話よ?もう十年は経つでしょ?」
「たった十年ではないですか!!」
駄目だ、このメイド言う事聞かない。
しかしここで折れるわけにはいかない。横でアーサーが顔を真っ青にして、私とケリスを交互に見てる姿が可哀想でもだ。
私は最終手段で、最近やけに自室のクローゼットにしまったパンツの数が少ない事を伝えた。しかも使い古したやつ中心に無くなっている。
案の定心当たりがあるのか、ケリスは言葉の歯切れが悪くなる。アーサーは更に顔を真っ青にしていた。悪いね、好きな人のこんな話聞かせちゃって。
ケリスをそこから更に突いてやると、パンツを盗んだ事を他の使用人に知られる訳にはいかない彼女は、必ず何かがあったら助けを呼ぶ事を前提に許した。パンツを何に使ったのかはあえて聞かない事にした。
やや脅した様になってしまったが、これもこの場所の平穏の為だ。
私は鼻息が荒いケリスをアーサーに託して、受付スタッフに教えて貰った道順を進んでいく。
実は国立大学は来るのが初めてだ。学校に行かなくてもアレクが教えてくれたし、読書ついでに独学で学んでいたので行く意味がないと思ったのだ。
……後は、いつ来るかも分からない違法悪魔に備える為にも、重荷になると思った。
もの珍しく周りを見ながら廊下を進んで行く。進んでいる廊下にも、廊下の外にも。将来へ夢を持つ少年少女が彼方此方で明るい笑顔を見せている。
それがあまりにも平和で眩しく見えて、私は目を細めた。あと二十年頑張れば、あの輪に入る事ができるだろうか?
そのまま廊下を進み、やがてお目当ての部屋が見える。
部屋に掛けられているルームプレートには「医学部 解剖学室」と書かれていた。
私は部屋の前に立ち、ドアを数回ノックした。
だが暫く待ってもドアは開かないし、なんなら中に人の気配もしない。
「あれ?受付では部屋にいるって聞いたんだけどな」
入れ違いだろうか?そうなると非常に困った。今日は彼に用事があるのに。
受付にもう一度戻り、彼が他にいる場所を教えてもらおう。
そう思っていると……ふとドアに、自分以外の影が映っている事に気づいた。
驚き自分の後ろを見れば、目を細め此方を見つめるローガンがいた。
「珍しいな。俺に会いにくるなんて」
ニヒルに笑う彼は、私の背にある解剖学室のドアを開ける。片方の手には教材を持っているので、授業が長引いたのかもしれない。
ローガンは先に室内へ入ると、お前も入れと言わんばかりに開けたままで居てくれるので、私は遠慮なく部屋の中へ入った。
部屋の中には壁一面の本棚があり、解剖学や医学の教材の他に人の頭蓋骨の模型なども置かれている。部屋は全体的に、私の好きな深緑を基調とした家具が多い。
真ん中にある執務机には、生徒の課題らしき紙が大量に置かれていた。
「ちゃんと先生してるんだ」
「有り難い事にな。……紅茶でいいか?」
「うん、有難う」
ローガンはそれに頷くと、アルコールランプにマッチで火を付け、三脚と金網の上に水と茶葉の入ったビーカーを乗せた。それ実験に使ってないよね?
私はその姿を後ろから見ながら、彼の背中へ声を投げかける。
「ねぇ、ローガンが出版した本の中に、出版停止された本あったでしょ?」
「ああ「犯罪心理学と実用法」か。発売当初は読んだ者が犯罪を起こしただなんだと騒がれたな」
背中を向けたまま答えるローガンへ、私は再び質問を投げかけた。
「昨日の夜、その本の事を思い出してもう一度読んだんだ。ローガン出版する度に本送ってくれるから」
「それは嬉しいね」
「凄く面白かったよ。特に「犯罪者は皆被害者だ」って所とか」
「…………そんな事も書いた気がするよ」
やがて水が沸騰する音が聞こえた。
私はその音を聞きながら、小さくつぶやく。
「あの禁書、ローガンが勤めてるこの学校では貸出してるでしょ?ここにくる前に図書館棟に行って貸出記録を確認したら……誰が借りてたと思う?」
沸騰した水を、ティーストレーナーの付けられた、ウサギの絵柄のティーカップに注ぐ。
二人分のティーカップにそれを終えれば、ローガンは小さく息を吐いた。
「イヴリン、俺はまわりくどいのは嫌いだ。はっきり言ってくれ」
やや棘のある言い方をする友人へ、私はゆっくりと近寄った。
近寄る気配を感じ取ったのか、友人は此方へ体を振り向かせる。
薄暗い漆黒の瞳は揺れ、此方に欲を吐き出している様な熱っぽさがあった。
なんて顔してるんだと窘めてやりたいが、それをする為に頭を叩いてやりたくても、月日が経ち成長した友人の頭には、背伸びをしても届かないだろう。
目の前で立ち止まった私は、熱に浮かされた友人を見上げた。
「ローガン。またやり方教えたの?」
投げかけた私の言葉に。
長年の友人は歪に笑う。




