66 アリバイ崩し
目覚ましの音が鳴り、私は重たい瞼を開いた。
最近は深夜まで仕事をする事もなく、しっかり睡眠をとれるようになったので目の隈が消えた。
私はゆっくりと起き上がり、サイドテーブルにある目覚まし時計の時間を確認した。
「わっ!もうこんな時間か!」
どうやら目覚まし時計の設定を間違えたらしい。今日は就任式だから早めに出なくてはならないのに!
私は急いでベッドから起き上がり、掛けていた仕事着を身に纏う。本当は朝食も食べたかったが、そんな事をしていたら式に間に合わない。
だがどれだけ急いでいても、身だしなみは怠らない。
洗面台で寝癖を整え、髭を剃り、歯を磨く。仕事柄見た目には気を使う。今日は仕事が終わったら新しい髭剃りを買おう。もう刃がボロボロだ。
今日から私は、あったのか分からない脳みそを取られ、死んだあの憎き男の後継として、北区の支店長となる事が決まった。
あの男が支店長だった時は最悪だった。全てを自分の力と言い、私や他の従業員をチェスの駒の様に扱ってきたのだ。
でももうそんな事はない。一生ない。
身だしなみを全て整えれば、私は長年愛用している革鞄を持ち、靴を履き玄関の扉を開けた。
少し前までは仕事へ行くのは苦痛でしかなかったが、今はやる気に満ち溢れている。もう誰にも手柄を横取りされないし、誰にも怯えなくていい。
「嗚呼、なんて素晴らしい朝なんだ!」
まさかこんな素晴らしい日々がやって来るなんて!皆には感謝してもしきれない!扉から差し込む朝日の眩しさに、私は思わず目を瞑った。
だが、目を開けると。
扉の外には、自警団の制服を着た者達が何人もいた。
あまりの異様な光景に驚いていると、同じ色の制服に紛れて、奥に深緑のドレスを着た少女がいた。
その少女の瞳は、まるで底なしの闇の様に暗い。
どこかで見た事がある顔だ。あの少女の顔をどこで見たのか思い出そうとしていると、私の一番近くにいた、背の高い女性の自警団員が鋭く睨みつける。
「エディ・ラドクリフ。お前をカロリーナ・ジョナス殺害容疑で拘束する」
その名前と意味に、私は革鞄を地面に落とした。
《 66 アリバイ崩し 》
早朝……いやもう深夜に、ケリスは私を叩き起こして、命令した情報の資料を差し出した。
受け取った途端、ケリスは鼻息を荒くしながら覆いかぶさり……濃厚、いや特濃の口付けを落とした。
唇を噛み血を流し、それを舐めとり再び口付けを落とす。これを十回行った。
その後も興奮が冷めないのか、ケリスはメイド服をどんどん脱ぎ捨てていった。恐怖で体を離そうとするが、片手で阻止された。
生まれたままの姿になった変態メイドは、次に私の寝巻きを掴み……もうこれ以上はいいだろう。あまり語っても需要がない。
そんな変態メイドに頼んだのは、それぞれの事件当日、被害者を憎んでいる人物のアリバイ。
だがその日に殺害された被害者の、ではなく。別日に殺害された被害者のだ。
勿論被害者を憎んでいる人物への取り調べ、これは自警団がとっくの昔に行っている。
だが全ての人物が完璧なアリバイがあったのだ。……深夜の犯行なのに、全員に完璧すぎる程のもの。それは不自然に感じるほどだ。
しかしアリバイがある事に変わりないので、被害者三人が全く関わりがない事から、事件が無差別と決めつけられていた。
ケリスに指示した結果は予想通り、大当たりだった。
例えば一人目のカロリーナ・ジョナス。彼女が殺害された日、二人目のマッツ・ラドリーの部下で、仕事の手柄を常習的に取られ、被害者に苦しめられていたエディ・ラドクリフは仕事を早退していた。しかもカロリーナの事件当日、現場付近でエディを見た者が何人か居たのだ。
二人目のマッツ・ラドリーの際には、三人目のミーシャ・ジョーンズに壮絶ないじめを受けていた同級生の一人が、家族に友人宅に泊まると伝えていた様だが、実際は友人と呼べる相手がおらず、そんな事は不可能だった。しかも翌日、彼女は服を汚したと言い、新しい服で家に帰っている。
三人目のミーシャ・ジョーンズの際も、一人目のカロリーナ・ジョナスに夫を略奪された女性が、現場付近で多く目撃されている。……が、その女性はミーシャが殺害された翌日に、自宅で首を吊り自殺している。
という感じで、連続犯だという決めつけを変えると、あっさり証拠が見つかった。
自警団員に捕らえられ、気力をなくしている一人目の殺人犯エディ・ラドクリフは、ふらつきながら自警団の馬車に乗せられていく。あの調子であればすぐに自白するだろう。
一番後ろでその光景を眺めていると、人を避けながら此方へアーサーがやって来る。表情はとても明るい。
「ミス・イヴリン!君のお陰で犯人が無事に捕まった!感謝する!」
そう言いながら肩を叩いてくるが、そうだったらどれだけよかったか。
私はわざとらしくため息を吐いてアーサーを見つめた。
「これで終わりじゃないですよ。もう一人います」
「もう一人?……いや、でももう犯人は捕まっただろう?」
「いいえ、まだもう一人居ます」
私の言葉に目を大きく開くアーサーは、叩いた肩を掴み前後ろに激しく揺らした。この男、あまりにも礼儀がないから貴族だということを忘れてしまう。
「どういう事だ!?イヴリン!!」
敬称を忘れているが、それ程に混乱しているのだろう。……黙ろうとも思ったが、自警団員のアーサーは何かと役に立ちそうだ。
私は肩を掴む手を払い、小さく深呼吸をした。
「三人目の被害者であるミーシャ・ジョーンズ。彼女の遺体を解剖したドクター・ランドバーグの言葉を思い出してください」
私の言葉に、アーサーは目線を泳がせる。
「ええっと……確か「舌は引っ張られた跡があり、目玉は崩れる程に強く刺されている」だったか?」
「そうです。可笑しくないですか?柔らかい舌を引っ張り無理矢理取ろうとしているのに、目玉は眼球が崩れる程に強く刺しているんです」
まだ理解できないのか、アーサーは首を傾げている。思わずじっとりと見つめると、流石にそんな目線で見られる意味はわかるのか、彼は苦笑しながら頬を掻く。
自警団員でこれとは、頭の回転が速いパトリックが恋しくなってきた。
「彼女は、力がなく上手く切れず、舌を引っ張り取ろうとした犯人。そして眼球を崩すほどの力を持った犯人。三人目の殺害は、犯人が二人いると言いたいんだよ」
続きを説明しようと口を開く前に、近くから声が聞こえる。あまりの素晴らしい回答に思わず其方を見れば、ベリルがこちらに微笑みながら向かってきていた。
「ミス・イヴリン。四人目の犯人の目星は付いているんだろう?」
やや挑発的なその言葉に、私は乾いた笑い声を出した。




