表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/193

66 アリバイ崩し


 目覚ましの音が鳴り、私は重たい瞼を開いた。

 最近は深夜まで仕事をする事もなく、しっかり睡眠をとれるようになったので目の隈が消えた。

 私はゆっくりと起き上がり、サイドテーブルにある目覚まし時計の時間を確認した。

 

 「わっ!もうこんな時間か!」


 どうやら目覚まし時計の設定を間違えたらしい。今日は就任式だから早めに出なくてはならないのに!


 私は急いでベッドから起き上がり、掛けていた仕事着を身に纏う。本当は朝食も食べたかったが、そんな事をしていたら式に間に合わない。


 だがどれだけ急いでいても、身だしなみは怠らない。

 洗面台で寝癖を整え、髭を剃り、歯を磨く。仕事柄見た目には気を使う。今日は仕事が終わったら新しい髭剃りを買おう。もう刃がボロボロだ。


 今日から私は、あったのか分からない脳みそを取られ、死んだあの憎き男の後継として、北区の支店長となる事が決まった。


 あの男が支店長だった時は最悪だった。全てを自分の力と言い、私や他の従業員をチェスの駒の様に扱ってきたのだ。



 でももうそんな事はない。一生ない。




 身だしなみを全て整えれば、私は長年愛用している革鞄を持ち、靴を履き玄関の扉を開けた。


 少し前までは仕事へ行くのは苦痛でしかなかったが、今はやる気に満ち溢れている。もう誰にも手柄を横取りされないし、誰にも怯えなくていい。


「嗚呼、なんて素晴らしい朝なんだ!」


 まさかこんな素晴らしい日々がやって来るなんて!()()()()()()()()()()()()()()扉から差し込む朝日の眩しさに、私は思わず目を瞑った。





 だが、目を開けると。

 扉の外には、自警団の制服を着た者達が何人もいた。




 あまりの異様な光景に驚いていると、同じ色の制服に紛れて、奥に深緑のドレスを着た少女がいた。

 その少女の瞳は、まるで底なしの闇の様に暗い。

 どこかで見た事がある顔だ。あの少女の顔をどこで見たのか思い出そうとしていると、私の一番近くにいた、背の高い女性の自警団員が鋭く睨みつける。



「エディ・ラドクリフ。お前をカロリーナ・ジョナス殺害容疑で拘束する」




 その名前と意味に、私は革鞄を地面に落とした。






《 66 アリバイ崩し 》






 早朝……いやもう深夜に、ケリスは私を叩き起こして、命令した情報の資料を差し出した。

 受け取った途端、ケリスは鼻息を荒くしながら覆いかぶさり……濃厚、いや特濃の口付けを落とした。


 唇を噛み血を流し、それを舐めとり再び口付けを落とす。これを十回行った。

 その後も興奮が冷めないのか、ケリスはメイド服をどんどん脱ぎ捨てていった。恐怖で体を離そうとするが、片手で阻止された。


 生まれたままの姿になった変態メイドは、次に私の寝巻きを掴み……もうこれ以上はいいだろう。あまり語っても需要がない。


 そんな変態メイドに頼んだのは、それぞれの事件当日、被害者を憎んでいる人物のアリバイ。

 だがその日に殺害された被害者の、ではなく。()()()()()()()()()()()のだ。


 勿論被害者を憎んでいる人物への取り調べ、これは自警団がとっくの昔に行っている。

 だが全ての人物が完璧なアリバイがあったのだ。……深夜の犯行なのに、全員に完璧すぎる程のもの。それは不自然に感じるほどだ。


 しかしアリバイがある事に変わりないので、被害者三人が全く関わりがない事から、事件が無差別と決めつけられていた。



 ケリスに指示した結果は予想通り、大当たりだった。

 例えば一人目のカロリーナ・ジョナス。彼女が殺害された日、二人目のマッツ・ラドリーの部下で、仕事の手柄を常習的に取られ、被害者に苦しめられていたエディ・ラドクリフは仕事を早退していた。しかもカロリーナの事件当日、現場付近でエディを見た者が何人か居たのだ。


 二人目のマッツ・ラドリーの際には、三人目のミーシャ・ジョーンズに壮絶ないじめを受けていた同級生の一人が、家族に友人宅に泊まると伝えていた様だが、実際は友人と呼べる相手がおらず、そんな事は不可能だった。しかも翌日、彼女は服を汚したと言い、新しい服で家に帰っている。


三人目のミーシャ・ジョーンズの際も、一人目のカロリーナ・ジョナスに夫を略奪された女性が、現場付近で多く目撃されている。……が、その女性はミーシャが殺害された翌日に、自宅で首を吊り自殺している。




 という感じで、連続犯だという決めつけを変えると、あっさり証拠が見つかった。

 自警団員に捕らえられ、気力をなくしている一人目の殺人犯エディ・ラドクリフは、ふらつきながら自警団の馬車に乗せられていく。あの調子であればすぐに自白するだろう。


 一番後ろでその光景を眺めていると、人を避けながら此方へアーサーがやって来る。表情はとても明るい。


「ミス・イヴリン!君のお陰で犯人が無事に捕まった!感謝する!」


 そう言いながら肩を叩いてくるが、そうだったらどれだけよかったか。

 私はわざとらしくため息を吐いてアーサーを見つめた。


「これで終わりじゃないですよ。もう一人います」

「もう一人?……いや、でももう犯人は捕まっただろう?」

「いいえ、まだもう一人居ます」


 私の言葉に目を大きく開くアーサーは、叩いた肩を掴み前後ろに激しく揺らした。この男、あまりにも礼儀がないから貴族だということを忘れてしまう。

 

「どういう事だ!?イヴリン!!」


 敬称を忘れているが、それ程に混乱しているのだろう。……黙ろうとも思ったが、自警団員のアーサーは何かと役に立ちそうだ。

 私は肩を掴む手を払い、小さく深呼吸をした。


「三人目の被害者であるミーシャ・ジョーンズ。彼女の遺体を解剖したドクター・ランドバーグの言葉を思い出してください」


 私の言葉に、アーサーは目線を泳がせる。


「ええっと……確か「舌は引っ張られた跡があり、目玉は崩れる程に強く刺されている」だったか?」

「そうです。可笑しくないですか?柔らかい舌を引っ張り無理矢理取ろうとしているのに、目玉は眼球が崩れる程に強く刺しているんです」


 まだ理解できないのか、アーサーは首を傾げている。思わずじっとりと見つめると、流石にそんな目線で見られる意味はわかるのか、彼は苦笑しながら頬を掻く。

 自警団員でこれとは、頭の回転が速いパトリックが恋しくなってきた。


「彼女は、力がなく上手く切れず、舌を引っ張り取ろうとした犯人。そして眼球を崩すほどの力を持った犯人。三人目の殺害は、犯人が二人いると言いたいんだよ」


 続きを説明しようと口を開く前に、近くから声が聞こえる。あまりの素晴らしい回答に思わず其方を見れば、ベリルがこちらに微笑みながら向かってきていた。


「ミス・イヴリン。四人目の犯人の目星は付いているんだろう?」


 


 やや挑発的なその言葉に、私は乾いた笑い声を出した。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ