65 浮気者
連続殺人かと思いきや、全て別人の犯行の可能性が浮上した。
解剖医がローガンでなければ、あそこまで死体を調べてはくれなかっただろう。本当に彼が担当でよかった。
ケリスは頼んだ仕事に早速取り掛かる為に、屋敷に戻ってすぐに何処かへ行った。
あの勢いだと、明日の早朝には仕事を完遂させ、私の唇は変態メイドに弄ばれるのだろう。唇だけで終わるならいいのだが。絶対それじゃあ終わらない。取りあえず、唇は保湿しておこう。
今日は一日中頭を使ったので空腹だが、その前に疲れた体を癒そう。
アーサーを送り届けた際に、ギデオンにどうしてアーサーがこうなったのか質問攻めをされて疲れた。勿論真実は言ってない。言ってしまうのは可哀想だろう。
部屋に戻った私は、疲れを取るようにゆっくりと湯船に入った。先日エドガーから届いた入浴剤がとてもいい香りだ。柑橘系の香りで、頭がスッキリする。あ〜〜ケリスの対価怖いな〜〜〜唇ベロンベロンされそうだな〜〜。
湯船から出た私は、先日と同じく気分良くタオルを回しながら風呂場から出た。やはりいい入浴剤での風呂は最高だ。
と思っていたら、レヴィスがソファに座っていた。悲鳴をあげそうになった。レヴィス、お前もそう来たか。
奴は口元だけ穏やかに微笑みながら、目は舐めるように上から下まで見つめる。
「主、夕食が出来たぞ」
「おっ、おう」
おい、しっかり見るな。舐めるように見るな。
まぁ、この悪魔とは前回の対価で、お互い裸を知った仲だ。こんな体を見られるのは嫌だが、恥じらいを持つ関係ではない。私は大きくため息を吐きながら、タオルを体に巻きつけ、下着と寝巻きを着ようとクローゼットへ向かう。せめてパンツは履きたい。色々隠したい。
明日の下着の色を考えていると、後ろから深呼吸が聞こえた。恐らく匂いを嗅いでいるのだろう。やめて。
「サリエル趣味変えたか?やけに鼻につく入浴剤の匂いだな」
「今日は人から貰ったやつ。サリエルがこんな高いの買うわけないじゃん」
「貰い物だぁ?誰だよ」
「……えっと、王太后様だよ」
危ない危ない。ここで男の名前を出したら最後、私は迷惑彼氏に何をされるか分かったもんじゃない。ややぎこちないがセーフだろう。
私の返答に少々疑いつつも納得したのか、レヴィスは暇そうにソファから立ち上がり、部屋の中を物色し始める。もう出てってくれよお前、気になってパンツ選べねぇんだよ。
仕方ない。レヴィスの存在を無いものとして、私は再び明日の下着を選ぼうと目線を戻した。
だが奴は、とんでもない所に目をつけた。
「アンタは本当に読書が好きだな、最近は何を読んでるんだ?」
「えっ?」
その言葉にレヴィスの方を向けば、奴はベッドの枕横に置いていた一冊の本に触れていた。何という事だ。昨日読みながら寝てしまったのでそのままだった。
私はその本を開けられないように、体を隠していたタオルが取れるのもお構いなしで、奴の元へ駆け寄ろうとする。
が、時すでに遅く。レヴィスは本を開き、過去に奴に折られた、ローガンからのプレゼントの栞が差し込まれたページを開いてしまった。
レヴィスはその栞を見て、目を大きく開いて固まる。
私は急いで本、というか栞を奪おうとするが、寸前の所で本に向けて差し出した手は、奴に掴まれてしまう。掴まれた腕の骨は悲鳴をあげ、私は痛みと恐怖で顔が引き攣る。
これはいけない。栞を燃やされるだけじゃあ済まない。レヴィスから出ている禍々しいオーラに、私は身体を震え上がらせる。
「じ、実はローガンから貰った栞と、全く同じもの持っててさぁ!?」
……人間、窮地に追い込まれると余計な事を言ってしまうものだ。絶対に言わないほうが良かったのに、私の口は言い訳をベラベラと喋っている。まるで、ドラマで良くある浮気の証拠がばれた人みたいだ。
レヴィスは掴んだ手はそのまま、大きく深呼吸を何度もしている。心を落ち着けようとしているのか、だが息を吐いた時に煙が出てる。口開けないでね?燃えちゃうからね私?
やがて強く息を吐いたレヴィスは、灰色の目を鋭く此方に見せた。
掴んだ手を強く引っ張られ、バランスを崩した私はレヴィスの胸の中に飛び込んでしまう。
奴はそのまま後ろへ数歩下がり、私を道連れにベッドに倒れた。ベッドが軋む音と、ほのかに奴の甘い匂いが香る。
気づけば私は、ベッドにレヴィスを押し倒した様な状態になっていた。
しかも全裸で。……もう一度言うが、全裸。
下から私を見上げる色男は、腕を離すかわりに腰に手を回す。
「主が浮気してるなんてな……ああ、怒りで気が狂いそうだ」
「いや浮気じゃな………ごめんごめん、ご、ごめんってレヴィス睨まないで」
「謝らなくていいから、今すぐブチ犯してやるから足開け」
「直球」
えぇ、めっちゃ怒ってるぅ。笑顔で口から煙出してるぅ。
そもそも、人様から貰ったものを壊すお前が悪いだろ!……と言いたいが。それを告げたら私は何かを失う気がする。何がとは言わないが。
どうしたらこの場を上手いこと気に抜けられるか考えていると、レヴィスはそんな私の姿を見て鼻で笑った。
「何なんだよ最近、レントラーのガキに体舐めされるわ、見たくなくてへし折った贈り物を、わざわざ直して使ってるわ。……ああ腹立つ。俺のなのに」
レヴィスはそう言いながら尻を軽く叩く。思わず痛みで顔を顰めると、不機嫌そうに鼻息を荒げた。
本当にこの悪魔は嫉妬深い。私から自分の匂いが無くなれば付け直し、栞の贈り物を喜んでいた私に腹が立ち折ってしまう。
……だがその反応が、全て自分を独占出来ない苛立ちからだと思うと、まるで子供の様に思えて可愛く見えてきた。ほんの少しだが。
再び尻を叩くレヴィスに苦笑いを向けながら、頬を軽く触れる。
そのまま奴の唇に、ご機嫌取りで軽い口付けをした。
「ごめんって、許してよレヴィス」
私の行動と言葉に、レヴィスは少し目を大きく開き驚く。
だがすぐに、その表情は不貞腐れたものに変わった。
「やだね。主が悪い」
「うんうん、ごめんね勝手に直しちゃって」
「主は俺の気持ちなんて分からないからそう言えるんだよ。大事に大事に飼育してる可愛い子ウサギが、あっちこっちに尻尾振りまいてるんだ。腹が立つし、気が気じゃない」
「へぇ、私って子ウサギみたいに可愛いんだ?」
「子ウサギよりも可愛い」
不機嫌なのに、言葉はひどく甘い。
驚いている私に再び鼻で笑えば、頬に触れていた手から離れるように、レヴィスは体の体制を変えて背を向ける。
私はそんな奴の背中が可愛く見えて、思わず抱きつく。……体が一回震えて、後ろ向きのレヴィスは小さくため息を吐いた。
「ごめんと思うなら足開けよ」
「えぇ、嫌だよお腹すいたもん」
「アンタが浮気しなけりゃ、とっくに夕食を食べ始めてたよ」
「はいはい。で今日の夕飯なに?」
「南瓜のグラタンと、デザートに梨のゼリー」
「私の好きなのばっかりじゃん。優しいね」
「…………別に」
レヴィスの背中に抱きついたまま、堪えかねて吹き出す。
それにはなんの反応もないので、体を離して奴の表情を覗き込む。
その表情を見て、私はもう一度笑った。
「レヴィス、ごめんね?」
私の目線の先には、不貞腐れた表情の悪魔がいる。恥ずかしくなってきたのか目元は少し赤く、私よりも遥かに年上なのに、まるで子供だ。
悪魔は小さく舌打ちをしながら、吐き出す様に声を出した。
「…………さっきの、もう一回しろ」
可愛らしく駄々をこねる悪魔に、私は笑いながら再び口付けをした。




