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64 旧友との再会




 三十年前、私がこの世界に来て最初に行った事は王室に貸しを作る事。そのお陰で今の屋敷に住む事ができるし、管理費を得る事が出来たので生活に苦労しない。


 そして次に行った事は知識を身につける事だ。それも社交性や礼儀作法とかじゃ無い。違法悪魔を捕まえるにあたって必要な知識、犯罪学の様なものだ。

 当時も学問の区だった北区へ、私は暇さえあれば足繁く通い犯罪学を学んだ。悪魔と契約する人間の欲深い性質を学ぶ事は大事だ。



 そしてある日、図書館にいた所を少年に呼び止められた。

 少年らしい無邪気さが無く、物凄い薄暗い、反応の薄い少年。幽霊かと思ったが生きてた。


 少年は北区に住んでいるらしく、良く図書館や本屋に出没する私を見ていた様だ。しかも持っている本が全て犯罪学やら精神学だった為に、どうしてそんなものを求めるのか気になっていたらしい。


 ……と説明してきたが、少年の持っている本も私と同じような種類だった。一瞬、お前も悪魔と契約しちゃった感じか?と言いそうになったが違った。どうやら元々そういうものに興味があるらしい。だからそんなに暗いのかお前、と失礼ながら可哀想な目で見た気がする。


 せめて私が友達になってやろう。そう思った私は、そこから少年と一緒に犯罪学や精神学、その他諸々を学んだ。少年は相当頭が良く、最初は教えていたのに次第に教えられる状況になっていた。意味わからん。

 図書館で幼児と一緒に犯罪者の何たるかを熱弁している姿は、当時の司書には異様に見えたのだろう。よく「あの子供を、どこに道連れにするつもり?」と聞かれた。失礼な司書だった。



 その少年がやがて成長し、首席で国立学校を卒業し医学へ進んだ所で、忙しくなってしまった彼とは一緒に学ぶ機会は減った。


 だがそれは良かったのかもしれない。最初は子供と遊んでいるだけだからと使用人達も気にしていなかったが、少年が成長するにつれて……あと色々あって、会う事が難しくなった。ケリスなんて酷いもので「私と豚どっちが大事ですか!?」とか癇癪を起こしていた。お前は私の何なんだ。


 それでも毎年、新年と季節のうつり変わりの際には手紙を送りあっていた。丁度この前も白百合勲章のお祝いで、綺麗な柄が彫られた栞を贈ってくれた。速攻で嫉妬に狂ったレヴィスに折られたが、何とか接着剤でくっつけて使っている。バレたら今度こそ燃やされそうだ。



 そんな元少年で友人、ローガンとまさかこんな場所で出会うとは思わなかった。そういえば前回会った時に解剖医になったと言っていたな。

 私は数年ぶりの再会の嬉しさで、駆け足で彼に近寄った。


「まさかこんな所で会うなんて!何年ぶりだろう?」

「俺も覚えていない。相変わらず意味不明な老化の進行だな」


 そう皮肉を言いながらニヒルに笑う姿は変わらない。初めて会った時には少年だったが、もうすっかり中年に差し掛かった大人だ。

 私達が薄気味悪く笑っていると、後ろからアーサーが困惑した様子で肩に触れた。


「ミス・イヴリン。彼を知っているのか?」

「ええ、彼は私の長年の友人でローガン・ランドバークです」

「ミスター・ヴァドキエル、お初にお目にかかる。……それに後ろのメイドも、久しぶりだな」


 ローガンは後ろで、先程からずっと歯軋りをしているケリスへ目線を向けた。

 ケリスは引き攣った顔をどうにか微笑みへ変えながら、メイド服の裾を持ちぎこちなく挨拶をする。


「お久しぶりですローガン様。相変わらず不健康で不気味な見た目ですこと」

「そちらは相変わらず美しいな。他の使用人達も息災か?」

「貴方の様な男にご心配されなくても、ご主人様のお側で楽しく仕事をさせて頂いております」


 全ての言葉に棘がある。思わずアーサーも引くレベルだ。


 ケリスがここまであからさまに嫌味を言うのには理由がある。あるがまぁそれはいいだろう。今はそれよりも目の前の死体だ。

 おそらく二人目の被害者マッツ・ラドリーだろう。頭の一部がぶつ切りになっており、そこから脳がごっそり無くなっている。私は目の前にいるローガンへ顔を向けた。


「解剖医から見て、何か不審な所とかあった?」

「脳が掘り取られている以外は普通だ。殺害された時間も、他の二人と同じ深夜だろう」


 私はローガンに更に顔を近づけ、首を傾げて見せる。

 その行動に彼は、眉間に皺を寄せた。


「じゃあ「ローガン」から見たら?」

「……頭を切られ出血死したわりには、抵抗痕もなく死体が綺麗だ。おそらく何か薬でも飲まされていたんだろう。殺害方法からして、犯人は相当被害者に恨みを持っているか……もしくは」

「もしくは?」


 続きは言わず、ローガンは近くにあった死体冷蔵庫の一室を引き出した。

 引き出された場所から、目玉が抉られ無くなっている若い女性が現れる。三人目の被害者、ミーシャ・ジョーンズだ。

 ローガンは彼女の死体の口を開き、切られた舌の根元を見せる。

 

「一人目の死体は、解剖後すぐに焼却されたので遺体はない。……だが一人目も二人目も、そして三人目も。抉られ切られた箇所が不可解なんだ」

「と言うと?」

「一人目の心臓、あれは見事に抉られていた。だが二人目の脳は、頭を一部しか切れなかった為に、狭い隙間から掘り起こしている。そして三人目。舌の根元からは、何度も引っ張った形跡があり、逆に目玉は眼球が一部崩れる程に強く刺されている」


 隣にやってきた研修生が、私に一枚の写真を渡す。アーサーとケリスも近寄りその写真を見るが、そこには一人目の被害者カロリーナ・ジョナスの上半身が映されていた。

 見事に左胸は引き裂かれ、綺麗に心臓だけ切り取られている。


 アーサーは顎に手を添えて、小さく唸りながら考えるような素振りを見せた。


「どうして遺体にはここまで違いがあるんだ?」


 私は写真と、目の前の死体達を見て……小さくため息を出し、再びローガンを見た。




「三人とも、それぞれ違う犯人が殺したって事?」




 ローガンはその言葉に、皮肉そうに笑いながら頷いた。

 

「その通り。《三人とも、全くの別人によって殺されている可能性がある》」

「別人!?どういう事だ!?」


 ケリスはもう気づいた様だが、アーサーはまだ答えが見つかっていないのか、混乱した様に声を荒げた。……ここまで説明されておいて、まだ分からないのかこの男。


 私はため息を吐きながら、持っていた写真を彼に差し出す。


「一人目の被害者を殺した犯人は、心臓を綺麗に取り出せる程に力がある。しかし二人目の被害者の際は、力が弱く頭の一部だけ切って、そこから脳を掘り取っています。最後に三人目は、切るのではなく引っ張り抜こうとしている。同じ犯人ならここまで臓器の取り方にバラ付きは出ない。……つまり、三人とも違う犯人に殺されているという事です」


 写真を受け取りながら、アーサーは納得したのか何度も頷く。


「な、なるほど……確かにそれなら、遺体の違いの説明が出来る」


 むしろそれ以外何があるってんだ。

 私の呆れた表情で何となく察したのか、アーサーは恥ずかしそうに下を向いてしまう。……何だ、その顔は結構可愛いじゃな……すいませんケリスさん、嫉妬で睨まないでください。はいそうです、世界一可愛いのはケリスさんです。


 死体を研修生と冷蔵庫に戻しながら、ローガンは言葉を続けた。


「だが一つ疑問がある。もしそれぞれ別の人間が殺したとしても、同一人物の犯行と見せたいなら、何も臓器を取らなくても他の方法が有る筈だ。……なのに何故、こんな面倒な事を?苦しめる為に?やはり被害者に恨みでもあるのか?もしくは偶然同じ殺害方法をした、単独犯か?」

「……もしくは、別の理由かも」

「イヴリン、何か分かるのか?」


 ローガンは作業をした手を止めて此方を向いた。

 私はそれには反応せず、代わりにずっとこちらを睨んでいるケリスへ顔を向けた。




「ケリス、お願いがある」


 そう伝えれば、ケリスは睨んだ顔を一気に明るくさせた。


 やがて色気のある恍惚とした表情で此方へ近づくものだから、アーサーと研修生が官能さにやられて頬を赤くさせている。


 目の前で上目遣いをするケリスは、私の手を取り自分の手と恋人繋ぎさせる。えっ何で?


「ご主人様、あの……私、ご褒美は口付けが良くて……」

「……えっ!?」



 アーサーは辛うじて息をしている。

 研修生は私とケリスを交互に見て、口を大きく開けている。

 ローガンは気にせず死体を片付けている。



「えっ、あの……今ここで言う事かな?」

「私、ご主人様の嫌がる事はしたくありませんもの!ちゃんとご褒美の内容はこれでいいのか、確認しておかないと」


 はい嘘ーー!!過去に二回寝ている間に、夜這いしてきてるよね!?全裸にさせてるよねーー!?

 絶対にアーサーに聞かせる為にしてるだろ!?私を人の恋路に引き摺り込もうとしてるだろ!?


 引き攣り離れようとする私に、ケリスは手の力を強め阻止した。手が痛い。


「ご主人様の唇を噛んで、出てきた血を舐め取りながら……口付けがしたくて……」



 アーサーが泡を吹いて倒れた。

 研修生は大きく開けた口から「ウヒョォ」と声を出している。

 ローガンは気にせず死体の記録を付けている。



 ケリスは頬を赤くし、潤んだ瞳で私を見つめる。



「ご主人様…………よろしいですか?」




 このメイド、契約云々がなければ即刻解雇したのに。くそう憎い。

 第四の対価の決定権は悪魔側にしかない。私にはない。……だから、答えなんて分かっているだろう、この変態メイド。



 私は恥ずかしさで頬の熱を感じながら、目の前の変態メイドの潤んだ瞳を睨む。




「……………分かったから……お願い聞いて……」



 その絞り出した声に、ケリスはとびっきりの美しい笑顔を向けた。


 ちなみにアーサーはそこから、数時間は目覚めなかった。

 




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