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63 現場は清潔



 一人目の被害者、カロリーナ・ジョナス。私学校教員として働く女性で、事件前日まで特に不審な所はなかったそうだ。

 鋭利なもので心臓を抉り取られ、出血多量で死亡。彼女の自宅近くの住宅街路地で倒れている所を、早朝新聞配達員が見つけた。

 他二人の被害者と接点はなし。無差別に殺された可能性が高い。と言うのが自警団の考えらしい。


「無差別ねぇ」


 事件現場の路地を見回しながらそう呟くと、同じく周りを見ていたアーサーがこちらへ目線を向けた。


「彼女を恨む人物達はいるようだが、アリバイがあったらしい」

「……で、調べている間に次の被害者が出た事で、状況は変わったと」 


 カロリーナに恨みがある者の犯行だと思いきや、同じく臓器を取られた被害者が出た。

 そりゃあ無差別だと考えられて仕方がない。三人に関わりが全くないのだから。


 カロリーナの倒れていた路地は、昼間でも薄暗く人目にもつかない。夜中となれば更に人目もないだろうし、犯行現場としてはうってつけだ。


 だが一ヶ月前の事件だからか、既に血痕や荒れた跡も何もない。……よかった、この世界にカメラだけは存在して。写真があるだけ有り難い。


 どうにもこの国は、レントラー家の様な貴族が殺害された事件はまともに取り合うが、平民となるとやや適当だ。

 恐らく三人目が貴族も通う国立学校の生徒でなければ、他区から応援を呼ぶ事もなかっただろう。






 私達はその後、二人目、三人目の犯行現場で向かった。


 二人目はマッツ・ラドリー。北区の銀行員で、一人目と同じく事件前日まで特に不審な様子もなかった。

 河川の石に引っかかっている所を、犬の散歩をしていた婦人が見つける。頭を割られ、無理矢理脳を掘り取られていた。

 飼い犬が何かゴミを拾ってきたと思ったら、割られた頭の一部だったそうだ。ちなみに婦人はそのショックで、知り合いが薦めてくれた病院へ通院している。かわいそう。


 三人目はミーシャ・ジョーンズ。国立学校の学生で、一人目二人目と同じく……不審な様子はなし。

 私学校の生徒と恋人同士だったらしく、寮住まいの恋人の部屋でこっそり逢瀬をした後、翌日近くの裏地路で倒れていたのを恋人が発見した。悲劇かな?

 舌を鋭利なもので切り取られ、目を抉られていたそうだ。



 …………とまぁ、一人目の現場から残りの現場も確認したが、恐ろしい程に綺麗に清掃されており、全く証拠もなかった。レントラー家の時とは大違いだ。完全になかった事にしようとしてやがる。


 ここまで同行していたアーサーも、流石にここまで綺麗さっぱり証拠抹消されていると思わなかったのか、やや不満げな表情だ。


「人が三人も殺されたのに、何なんだこの有様は」

「いや、私もここまでの抹消具合は初めてです。恐らく、子息令嬢を学校に通わせている貴族達に、公にしたくないからでしょうが」


 北区の大半は学校区で占めている。貴族の子供は社交性や、婚約者探しの為に学校に通う者が多い。そして学校の生徒、特に私学校なんかは殆ど貴族生徒で成り立っている。


 そんな中、連続殺人があったなんて公にしたら、家庭教師を雇う程の金がない平民は兎も角、貴族達は後継者を守る為にも休学、もしくは退学にして家庭教師を雇うだろう。


 そうなった場合、生徒数は減り運営費が賄えない。生徒数が減れば、もちろん周辺の小売業の売上も落ちる。北区の経済が歪に変わってしまうだろう。それを恐れているのだ。


 ……と言っても、それで次の被害者が貴族だったら大惨事だ。団長のベリルはそこを考えて、私をこの北区へ呼んだのだ。万が一貴族が被害者になった場合、北区の自警団に呼ばれ調査をしていた私がいれば、王室は重い厳罰は与えないだろう。


 ヴァキエル家での件がそうだ。いくら他の令嬢からの報告があったとしても、平民が貴族に迷惑をかけた時点で罪だ。それを王室が庇った為に、私はお咎めなしになったのだから。……私を保険にするなんて随分と賢い団長だ。……ギデオンめ、何が熱狂的な信者だ。あの男、今まで絶対ろくな女を好きになってないぞ。趣味悪いぞ。


「アーサー様も、女の趣味悪いもんなぁ」

「おい待て、何を考えた」

「さて、では次は死体保管所に行きましょう」

「しれっと無かった事にするな」


 おっと、つい思った事を口走ってしまった様だ。

 




◆◆◆






 本家から帰ってきた父上は、とても疲れた表情をしていた。

 どうしてそんなに疲れているのかは詳しく教えてくれなかったが……それ以降、父上はヴァドキエル侯の話をしなくなった。

 あれ程尊敬し、毎日の様に兄の様になれと武勇伝を話していたのに。喧嘩でもしたのかと思ったが、謝れば済むものではない様だ。


 そして逆に、辺境の魔女……イヴリンの事は気に入った様だ。

 アリアナを陥れた理由を詳しく知ったからかもしれないが……それでもあの父上が他区の団長に頼まれたからといって、わざわざ辺境まで行き協力を願い出るなど珍しい。

 確かにこの娘はとても賢い。今回の事件も、彼女が解決に導いてくれるだろう。……まぁ、父上に娘のお守りをしろと命令されて、少々面倒だと思っていたが。




 が、今はそれは人生で一番幸運だったと確信している。

 それは娘の後ろを離れない使用人、ミス・ケリスの存在があるからだ。

 

 今日初めて彼女と出会ったが、鳥肌が立ってしまう程に美しい。陶器の様な肌に、亜麻色のウエーブのかかった髪。澄んだ碧眼の背の高い女性。

 こんな美しい人が居てもいいのか?まるで人間じゃないみたいだ。嗚呼早く事件を終わらせてディナーに誘いたい。


「……と思っていたのに……まさか、ミス・イヴリンとそういう仲だったとは」

「アーサー様!?聞き捨てならない言葉が聞こえた様ですが!?」


 北区詰所に着き、死体の保管所に向かう為に前を歩いていたイヴリンが、勢いよく振り返り睨みつけてくる。まるで猫の威嚇だ。

 俺は苦笑いをしながら、娘の頭に手を置き撫でる。


「ただの独り言だ。早く行こう」


 イヴリンは撫でられる手を止めずに、じっとりとした目線をこちらに向けてくる。……俺に妹がいたら、こんな感じだったのだろうか?いや、飼い猫かもしれない。

 そう思えば可愛らしく見えてきて、ついつい笑ってしまう。


 ……が、その直後。横から勢い良く撫でている手を掴まれる。

 掴んできた相手はケリスだ。華奢な手で掴んできているのに、手の骨が泣き叫んでいる。


「っう!?」

「ご主人様に気安く触れないでください」


 想いを寄せている美女が、殺意を含んだ目線を向けている。今までこんな目線を向けられた事がない。


 あまりの悲しみと恐ろしさで体の震えが出始めたが、慌ててイヴリンが彼女を止めてくれたので、体は助かった。……心は砕けたが。





 何とか沈んだ気持ちを隠しつつ、俺達は詰所地下にある保管所に着いた。地上とは違い、とても薄暗く空気が悪い。


 重厚な扉のドアノックを叩くと、男の呻き声と共に扉がゆっくりと開く。どうやら中の死体が腐らない為にも、氷の冷気を逃がさない作りになっているのだろう。


 中から出て来たのは丸眼鏡を付けた青年だ。ズレた眼鏡を掛け直しながら、青年は笑顔を向ける。


「ベリル団長からお話は聞いています!えっと、ヴァドキエル団員とミス・ケリス。それとミス・イヴリンですね?」

「その通りだが……君が解剖医か?」


 自分よりも年下に見えるが、もしかしたらイヴリンの様な相当な年齢詐欺師なのかもしれない。そう思い恐る恐る質問をしたが、部屋の奥から小さく笑い声が聞こえた。



「違う。そいつはただの研修生だ」



 その冷たい声を聞いた時、イヴリンは一度体を震わせた。

 扉の前にいる研修生を押し退け、保管所の中に入っていく。俺も慌ててその後に続いて中へ入れば、検死台の上に置かれた頭が一部無い死体の隣に、細身の男性がいた。


 肩までかかる、濡れた様な漆黒の髪。同じ色の瞳。目元にはくっきりと隈があり、気味が悪い程に色白の肌を持つ男性だ。白衣を着ているが、中の服装が黒に金の刺繍が施された質の良いウエストコートとジャケットなので、高位の学者か貴族だろう。


 だがイヴリンは、そんな幽霊の様な男に一気に顔を明るくさせていく。



「ローガン!」



 ローガンと呼ばれた男は、隈がある目を細めてイヴリンへ微笑んだ。


「久しぶりだな。イヴリン」




 ………後ろから、凄い歯軋りの音が聞こえる。




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