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62 調査前に



 どうにかケリスを宥め、固まったアーサーと勘違いしている門番に説明をした私は、再び会議室へ向かう為に歩き出した。

 だがケリスは先程の出来事で、アーサーを完全に敵と判断したらしい。私の隣を陣取り、アーサーが近くに寄れば威嚇している。……悪いな坊ちゃん、お前の恋は一瞬で散ってしまった様だ。


 やがて門番はある扉の前で立ち止まる。

 扉へ数回ノックをすると、中から低めの女性の声が聞こえた。


 門番が扉を開くと、部屋の中には何十人という団員達と、中央に短い黒髪の女性がいた。その女性はギデオンが着ていたものと同じ団長の専用服を着ている。

 背の高めのケリスよりも高いし、百八十はあるだろうか?やや筋肉質な体つきの強そうな女性だ。


「ベリル団長、中央区自警団のアーサー・ヴァドキエル団員と、ミス・イヴリンをお連れしました」

「ご苦労。持ち場に戻りなさい」


 門番は女性へ敬礼し、部屋から出ていった。

 女性は此方へ向かって歩みを進める。一歩一歩が大きいので、すぐに私達の目の前に付いてしまった。

 目の前で立ち止まった女性は、こちらへ目を細め微笑む。

 

「ようこそヴァドキエル団員。……それにミス・イヴリン。私は北区自警団の団長をしているベリルだ。君に会えるのをとても楽しみにしていた」


 アーサーは敬礼し、私とケリスは会釈した。



 リナリー・ベリル。十代で北区自警団に所属し、剣と銃の腕前は言わずもがな。自警団に入るまでに国立学校を飛び級し学位を得た頭脳を生かし、所属して数年で団長にまで昇り詰めた女性。……と、門番がここに来るまでに詳しく教えてくれた。相当慕われているらしい。

 ちなみに名前が可愛いのがコンプレックスらしく、リナリーと呼ばれるのを嫌っているらしい。


「ミス・イヴリン。一般人の君を巻き込んでしまい申し訳ないが、是非ともその頭脳を借りたい。勿論身の安全はこちらで保証しよう」

「お役に立てるか分かりませんが、よろしくお願い致します」

「何を言っているんだ。君は私の知っている中で、()()()()()()だと確信しているよ」


 絶対にそれはないが、でも褒められるのはいい気分だ。

 ベリルは今「一番賢い女性」と言った。部屋の中にいる男性しかいない団員への配慮だろう。特に貴族出身の団員はプライドが高いので、この場で平民の女よりも劣ると言われれば、反感がある可能性だってある。

 国立を飛び級するだけあって、なかなか頭は良いらしい。

 


 私とケリスは、他の団員達と同じく会議室に置かれた椅子に座った。勿論一番後ろだ。これ以上目立ってたまるか。おいケリスを見るなお前ら。うっとりするな、残り香を堪能するな。

 アーサーはギデオンに相当言われているのか、もしくはまだケリスを諦めていないのか。同じく一番後ろの椅子に座った。やめろケリス威嚇するな、そんなんでも侯爵家の人間だぞ。



 会議の内容は主に、団員の配置場所など事務的なものが殆どだった。

 魔女……いや聖女に力を借りたいと言うだけあって、三人殺害された現在でも証拠が全く見つからないらしい。この世界に指紋採取など特にないらしいので、現行犯で捕まえるのが確実なのだろう。だから厳戒態勢にする為にも他区から応援を呼んだのだ。

 隣に座るケリスが私へ顔を向けた。


「ご主人様、この後はどうされますか?」

「……そうだな、まずは現場を見る。時間があれば殺害された死体を確認しよう。まだ保管されているらしいし、ベリル団長に頼もう」


 私の言葉にケリスは頷いた。

 そして、何故か反対側の隣にいるアーサーも頷いた。


「俺も同行する」

「……えっ、邪……そんな!アーサー様の手を煩わせる訳にはまいりません」

「邪魔って言おうとしただろ」


 しまった、つい本音が出てしまった。

 私が顔を引き攣らせていると、アーサーは小さく吹き出した。


「俺、最初は君の事を「従姉妹を陥れ、王室に寄生する忌々しい魔女」って思ってたけど。全然違うな」

「いや、そちらの従姉妹に陥れられたんですが」

「それは後で知ったんだ。アリアナが迷惑をかけて悪かった」

「……いや、私も……やり返しすぎたなと……」


 まさかここまで素直な男とは。アリアナの従姉妹だから、てっきり同じ様な性格なのかと思っていたが。

 ケリスも流石にここでは空気を読んだのか、一回荒く鼻息を鳴らすだけで、そこからアーサーへ威嚇はしなくなった。







 会議が無事に終了し、早速ベリルに死体の確認を願い出た。女が死体を見たいと願い出ると思わなかったのか、ベリルはやや驚いていたが快く了承してくれた。


 私とケリス、そしてアーサーは詰所から出て、まずは一人目の被害者が出た住宅街へ向かう事にした。会議では証拠が出なかったと言っていたが、必ず何か証拠やきっかけの様なものがある筈だ。




「…イヴリン?」



 さぁ行こう、そう歩みを進めようとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 声の聞こえた方向を見れば、そこには複数人の男子学生がいる。その中に見覚えのある灰色の髪が見えた。


 他の学生達を押し退け、長い灰色髪を一纏めにした青年、パトリックが驚いた表情で此方へ向かってくる。

 私も流石に、この男に会うと思わず固まってしま……うん?手に持っているのは教材か?


 ………ああそうか、すっかり忘れていた。パトリックは十九歳だった。この国では貴族は二十歳まで、家庭教師か学校で学ぶきまりがある。パトリックは学校に通うタイプだったか。

 うわぁ友達いるの?絶対いないと思ってた。


 目の前で立ち止まるパトリックへ、私は会釈した。


「ご機嫌ようパトリック様。今から学校ですか?」

「いや、今年の単位は全て取っているから、もう授業はない。今日は後ろの馬鹿供の課題の手伝いだ」

「おい馬鹿って言ったかお前!!」


 後ろの学生の一人、茶髪のいかにもチャラそうな青年がパトリックの元へ走り、背中を思いっきり叩いた。パトリックは痛みと怒りで青年を睨みつけるが、それを無視して私へ目線を向ける。


「もしやお嬢さんは、この堅物男を色々な意味で救ったミス・イヴリンでは?」

「色々な意味?」

「おい!!」


 何故かその言葉に、顔を真っ赤にするパトリックは、チャラそうな青年に掴みかかる。

 だがいつもの事なのか、青年は全く気にせず話を続けた。たくましい若者だ。


「申し遅れました!僕はギルバート・マゼランと申します。……いやぁ、頭ガッチガチだったコイツが急に丸くなるわ、笑うようになるわ!おまけに口を開けばイヴリンイヴリンと!!いい加減好きだって早く認め」

「ギルバート!!!」

「あー……へー……」

 

 マゼランと言えば、今の宰相がそんなファミリーネームだった。って事はこの男は宰相の息子か。後ろの学生達も服装からして高位の貴族だろう。


 まだ本人自覚なし(多分)の恋心を暴露されて、童貞が可愛そうすぎる。何を言い返しても面倒なので適当に相槌した。

 奥にいる残りの学生達も、そんな二人を見て大笑いしている。……大丈夫かパトリック、いじめられてないか?


 暫くしてギルバートを止める事が出来たのか、パトリックは顔が真っ赤のまま大きく深呼吸をした。


「……で、お前は何でここにいるんだ?……後ろの制服、中央区の自警団員だろう」

「………あー……えー……っと」

「……もしかして、最近殺害された学生が関係あるのか?」


 本当に聡い男すぎる。

 しかし、公にしていない連続殺人を伝えるわけにはいかない。私が言葉を濁らせていると、アーサーが後ろから私の肩を掴んだ。


「ミス・イヴリン。時間が惜しい、早く現場へ行こう」

「あ、ああ……そうですね」


 アーサーの言葉に頷く。

 それを見ていたパトリックは、一気に顔を険しくさせた。


「貴殿はアーサー・ヴァドキエルだな。何故イヴリンと行動を共にしている」


 うげぇ、直系でもないアーサーの事を知っているのか。それにはアーサー自身も驚いた表情を向けているが、パトリックは鋭くアーサーを睨み続けたままだ。

 これは面倒な事になる。早く切り上げなくては。


「色々ありまして、ヴァドキエル家とは良好な関係を築く事ができたんです。では失礼します」


 早口で伝え、すぐにその場を去ろうとするが、腕を強くパトリックに握られてしまう。


「待て。……その、お前年末は暇か?」

「年末?」


 ルーク関係の事か?首を傾げていると、腕を掴んでいる手が少し汗ばんできた事に気づいた。


「年末、うちの学校で年越しパーティーがあるんだ。在籍する学生が招待すれば、家族や友人を招いていい事になっている。……それで……その……」


 最後の方は、恥ずかしそうに目線を逸らしながらモゴモゴしている。

 ……これはアレか?そういう事か?

 思わず後ろを見れば、ケリスがジェスチャーで腕を折れと言っている。いや私悪魔じゃないんで無理っすケリスさん。


 と言っても高位の貴族の誘いを、この周りに貴族しかいない空間で断れない。

 しかし行けば、確実に面倒な事になるのは目に見えている。特に悪魔供が。


「えっと、誘う相手なら、エドガー様とかいるじゃないですか」

「叔父上は毎年、中央区の商会主催のパーティーがある。代表だから年末は忙しいんだ」

「いや、でも、私平民ですし」

「平民出の学生もうちには多い。年末のパーティーでは更に多くなるから、お前も気にしなくていい」

「でっ、でもパトリック様は公爵家の方でっ!!高位の方で!!」

「……お前、前に「家督継いでないなら平民と一緒」って言ってなかったか」

「うっ……」

「俺は、友人のお前を招待したんだ」

「………ぐっ……」


 


 ……無理、負けた。

 ケリス、拳抑えて。




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