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61 北区へ




 北区で現在起きている連続殺人事件。

 一番最初の犠牲者は一ヶ月前、住宅街の路地で心臓を抉られた女性の遺体を、新聞配達員が発見した所から始まる。


 当初は女性に恨みがある者の犯行と思われた様だが、その一週間後に河川で、今度は頭を割られ脳がなくなった男性遺体が発見される。


「そして三日前、今度は私学校の寮近くの路地裏で、《平民の学生が、目玉と舌を抜かれた状態で殺害されていたんだ。》それを重く受け止めた北区自警団は、地区の警戒体制を強固にする為に他区の応援を要請したそうだ」


 北区へ向かう馬車の中で、アーサーは事件の詳細を詳しく教えてくれた。

 先に受け取っていた資料を、今回のお供のケリスと見る。資料に載せられていた遺体の写真は、どれも無理矢理鋭利な物で突き刺し、乱暴に臓器を抜いているのが分かる。


「被害者は皆、無理矢理臓器を抜かれた事による大量出血で死亡、ですか」

「ああ、悍ましい事をする」


 そう吐き出す様に言ってる癖に、アーサーの目線は向かいにいるケリスに向けられている。

 というか紹介した時から、ずっとこの男はケリスを熱を込めた目線で見つめている。


 ……これは俗に言う、一目惚れってやつか。まぁ確かに、アーサーとケリスは見た目だけは同世代で、ケリスは貴族男性受けしそうな華やかな美女だ。

 今までも悪魔達にこういった目線を向ける者は多いかったが、それでもアーサーは清々しい程に熱量を隠そうともしない。強すぎる。


 ケリスはそんな目線に耐えかねたのか、色っぽくため息を吐いたと思えば、私へ顔を近づけ耳打ちする。


「ご主人様、鬱陶しいので殺していいですか?」

「駄目に決まってるだろ」


 若者の純粋な恋心を、顔を引き攣らせて鬱陶しいと言うな。

 そんな私達の姿に、アーサーは首を傾げてこちらへ問いかける。


「……えっと、二人とも何を話しているんだ?」

「些細な事です」


 今回の事件、男まみれの自警団との行動が多い為。サリエルかレヴィスを連れて行こうとしていたのだが……朝から大暴れして「最近ご主人様が構ってくれない」と駄々をこねたので、しょうがなくケリスにしたのだ。扱いが面倒なメイドだ。


 ………が、それは間違いだった。早速男を魅了させてしまっている。これから会う団員全員がこうなったらどうしよう。……ケリス置いて逃げよう。







《 61 北区へ 》







 ルドニア国は、他国よりも教育環境が整っている。それは貴族だけなく平民も同じで、殆どの国民が文字の読み書きを習得しているのだ。他国では貴族か、余程努力した平民しか出来ないらしい。


 この世界に来た時、悪魔のお陰で耳だけは言葉を理解していたが、読み書きが全く出来なかった私は、アレクに教えてもらった。彼は馬鹿にしながら教えてきたが、それでも決して見捨てず、上手くできれば鼻で笑いながら頭を撫でてくれた。

 勉強は大嫌いだったが、人間どうしても必要になれば案外覚えるものだ。今では「独特な文字すぎる」と言われるが読み書きができる。しょうがないだろう、どうしても日本語を書きそうになってしまうんだから。故郷の文字ってのは、そう簡単に忘れるものじゃない。



 馬車から見える建物が、中央区の真新しいものから古き伝統的な建物へ変わっていく。北区は建国当初からの建物や学舎が多く存在し、歴史的な文化を現代へ受け継がせている。

 華やかな印象がある中央区より、私は歴史的な趣がある北区の方が好きだ。学生が多いからか古本屋が多く、三十年経った今でもまだ読めていない本が沢山ある。違法悪魔探し以外では暇な私にとって、最高の暇つぶしの地区だ。


 やがて馬車がゆっくりと停まり、北区自警団詰所に着いた。

 アーサーは一番に馬車から降りると、手を差し出してくれる。やるじゃないか坊っちゃん。……と関心していたが、続いてケリスにも手を差し出し、何なら降りても離そうとしなかった。


 ……坊ちゃん、好きな相手に積極的なのは素晴らしいが、顔を見てやって。ケリスさん今にも胃のもの吐き出しそうになってるから。



 私はアーサーの姿に呆れながら、詰所の前にいる門番へ声をかけようと、前に立っている門番を見た。だが既に門番はこちらを目をまん丸にして見ている。後ろの御者のいない馬車に驚いているのかと思ったが、そうではなく私をまっすぐ見ている。

 もしや、ギデオンに私が来る事を伝えられていないのか?固まっている門番へ、恐る恐る声をかけようと口を開いた。


「あの、中央区自警団より依頼されて来ました。イヴリンと申します」


 そこまで伝えた所で、ようやく意識を取り戻した門番は、今度は興奮げに鼻息を荒くして手を差し出してきた。


「まさか本当に来てくださるとは!お会いできて光栄です聖女様!!」


 唾が飛ぶ程の大声を出す門番に、私は圧倒され後ろへ数歩下がった。

 今なんて言った?聖女?誰が……いやこれは確実に私の事を言っている。とりあえず差し出された手に答えるべく、自分の手を差し出すと強く握られブンブンと振られた。


 思わずアーサーへ振り向けば、苦笑いをしてこちらへ歩み寄る。


「中央区自警団より派遣された、アーサー・ヴァドキエルです」

「お待ちしておりました。他の地区の団員も既に会議室に集合しておりますので、皆様ご案内致します」


 あまりにも嬉しそうな、中央区自警団の詰所と全く違う対応で驚いた。隣に来たアーサーが、門番に聞こえない様に耳打ちをする。


「中央区と違い、北区自警団は平民出身が多い。君を聖女と呼んでいる者達も、ほとんどが平民だ」

「つまり、私はこの詰所では、あの様な対応をとられる事が多いと?」

「あんなのまだ可愛いくらいだ」

「…………会議にはアーサー様だけ出てください。外で待ってますので情報だけくだ、うぎゃ!?」


 これ以上唾を飛ばされたくない。会議なんざ一人が出れば十分だ。そう思い外で待つ提案をしたが、アーサーは急に腕を掴んだと思えば、次には横抱きされていた。

 そのまま案内する門番の後に付いて、詰所の中へ入っていく。流石に恥ずかしいので暴れるが、鍛えられた男には無意味らしい。思わず歯軋りをしてしまった。

 アーサーはそんな私を見て、呆れた表情をしながらため息を吐いた。


「父上が「顔に似合わず、全く可愛くない性格」と言っていた理由が分かった」

「んなっ!?私だって!ヴァドキエル家の子息がこんな無礼だと思いませんでした!」

「父上は他にも「何かあったら拘束しろ。使用人によくされているから慣れているだろう」とも言っていた」

「閣下ァ!!」


 ここには居ないギデオンを恨みつつ、どうしようも出来ないので唇を噛み屈辱を耐える。


 だがここまで、必死にアーサーの対応に耐えていたケリスが我慢の限界だったのか、早歩きでこちらへ来ればアーサーの肩を掴んで止めた。

 肩から鳴ってはいけない音が聞こえる。


「いッ!?」

「ご主人様が嫌がっておりますので!お止めください!」

「ミス・ケリス!?」

「それにご主人様の甘美な柔肌に触れていいのは!!私だけですから!!」


 ……先程の門番よりも大きな声で、しかも詰所のど真ん中でケリスは叫んだ。


 アーサーは呆然としている。門番は何かを察したのか、顔を真っ赤にして口元に手を当てている。違う違う違う!そんな関係じゃない!


 ケリスはそんな空気が分からないのか、固まったアーサーから私を取り上げ、何故か今度はケリスが横抱きしている。おい、足を触る手付きがいやらしいぞ変態メイド。


 絶世の美女は、美しい碧眼を歪ませ、悲壮感漂う表情を私へ向けた。


「嗚呼ご主人様!こんな真っ青な表情で……もう大丈夫です。私がお側におりますからね」

「離せケリス」



 本当に、とんでもなく重い女だ。

 扱いが面倒すぎる。解雇したい。




「北区の殺人鬼編」が始まりました〜!


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