58 逢い引き
あの使用人は、個人ではなく家と契約した悪魔だった。
ヴァドキエル侯が言うには初代当主が初めの様で、そこから現在まで代々の当主に軍を従える統率力と人を従える声を与えていた。……その対価は、ヴァドキエル家の人間で娘が産まれた際、その娘の処女だった。
「純粋な人間を汚す事が、悪魔にとっては最高の快楽だからな。ああいう由緒正しい家と契約して、代々蜜を啜ってる奴も多い」
「へっ、へぇそう、ッ、なんだぁ!そ、そんな悪魔も、いるんだねぇ!」
「ご主人様は優しすぎます。あそこまで言われておきながら、あの下級をそのまま生かしておくなんて。……確かに契約違反はしていませんでしたが、それでもご主人様を直接ではないにしろ、殺そうとしたんですよ?」
「い、いやッ!こ、侯爵ッ、と!話つけた、からッ!!」
そんな私達の光景を、ギデオンは馬車の向かい席で、窓枠に肘を付き呆れた表情を向けている。
「おい、やるなら私が居ない所でやってくれないか」
「閣下!み、見てないでッ!助けてくださいよ!!」
「知らん、自分の使用人位どうにかしろ」
「そッ、それでも自警団かぁ!!!」
現在私は帰りの馬車の中で、右からレヴィスに抑えつけられ頭を噛まれるわ、左からサリエルにドレスの中に手を突っ込まれ、ガーターベルトを外されそうになっている。私はそれを全力で阻止している。意味がわからん。頭普通に痛い。
どうやら働きの対価を要求されている様だが、百歩、いや二百歩譲ってそれはいいとしても、何故ギデオンがいる前で行う?馬鹿なのか?実は悪魔の脳内はお花畑なのか?
必死に大暴れしている私へ、レヴィスが頭を齧るのをやめて耳元で囁いた。
「主は変態だから、見られるのも好きだろ?」
「それは変態じゃなくてッ!痴女!!」
「あのクソ商人が、思わず引く程に跡を付ける必要があるんですから、ちょっと足暴れないでもらいますか?」
「引いてる!今私がお前らに引いてる!!」
再びギデオンを向くが、呑気に外の景色を見ている。ねぇ、この状況で見る景色ってどんな感じ?
希望の光も閉ざされ、私は他人に見られながら破廉恥な行為をされてしまう。……情けないが恥ずかしさからだろう、目に涙が溢れた。
流石にそれには良心が痛んだのか、気づいたギデオンが助けようと手を伸ばした。
今更すぎるが、それでも助けてくれるのは有り難い。私は唯一動ける手を彼へ差し出した。
が、その前にギデオンはレヴィスにより意識を飛ばされ、その場に倒れ込む。
急に倒れるギデオンに驚いていたが、やがてねっとりとした感触と同時に視界がぼやけた。あと何か、上の方から二人分の興奮した吐息が聞こえる。ゼーハーゼーハーしてる。
私はゆっくりと目線を上に向けると、そこには美しい顔面を恍惚とさせた悪魔共がいた。サリエルの方が口を動かしているので、多分さっきのねっとりしたのは奴の舌だ。最低。
レヴィスは今までの抑えつける力を弱め、頭を優しく撫でてくる。その手はやけにねちっこい。
「本当に可愛いなぁ主は……怖くて泣いちゃったのか?もっと泣けるよな?」
「ご主人様は、悪魔を誘うのが上手ですね」
そんなつもりなかったんです。
その言葉は、どちらか分からない口付けによって出す事ができなかった。
《 58 逢い引き 》
ギデオンを自警団へ送り届けた後、私は中央区のとあるリストランテへ来ている。
サリエルとレヴィスには先に帰ってもらおうとしたが、拒否されたので彼らは馬車で待つ事になった。
ここに向かうまでの馬車の中で、ギデオンを気絶させるわ大興奮して襲い掛かってくるわ、しまいには「クソ商人殺しましょう」とか言ってきた。そんな事したらパトリックに見せる顔がない。
リストランテへ到着しても子犬の様な目で行くなと言うものだから、とても出て行きずらかった。何で私が悪役みたいになってるんだよ。お前らだろお前ら。お陰でガーターベルトが壊れたよ。
店内へ入ると、私の顔を見るなり従業員は支配人を連れて来た。そのまま恭しく一番奥の個室へ案内される。
一般の店内も豪華な作りだったが、個室に通じる廊下は更に煌びやかだ。おそらくお得意様向けの部屋なのだろう。
支配人はある部屋の前に着くと、数回ノックをしてドアを開けた。
部屋の中は廊下よりも更に豪華絢爛で、中央に置かれたテーブルには既に褐色肌の男がいた。男は此方に気づくと華やかに微笑む。
「今晩は、ミス・イヴリン」
「今晩は、エドガー様」
エドガー・レントラー。中央区を拠点とした商人で、この区で店を興すなら、必ず彼の了承が必要になる。そう言われる程にこの区では影響力を持つ男だ。
エドガーは座っていた椅子から立ち上がり、向かいにある椅子を引いた。私は軽く会釈をしてから、引かれた椅子に座る。うーん、やはり大人だ。
「今日渡した名簿は、君のお役に立ったかい?」
「ええ、お陰様で」
「それはよかった。何故必要だったか聞いてもいいかな?」
「聞かなくても、もう知っているのでは?」
その言葉にはエドガーは少し驚いていたが、すぐに戻り微笑んだ。
エドガーは自分の席に座ると、テーブルに置かれていた呼び鈴を鳴らした。
「外にいる使用人君達にも悪いし、早く食事を済まそうか」
そう言いながら笑うエドガーに、私は思わず顔を引き攣らせた。
流石大商人エドガー・レントラーが勧めた店だ。出てきた料理は全て一級品で、王室で食べた食事に負けない程素晴らしい味だ。前菜もメインも最高だが、特に魚介のスープが美味しかった。エドガーがそれに気づいておかわりを頼んでくれた際には、思わず惚れそうになった。
食事も全て終えてひと段落ついた所で、エドガーは小さく息を吐いたと思えば立ち上がる。
そのまま私の目の前に傅いたと思えば、靴を履いたままの右足に触れて、靴先に口付けを落とした。あまりにもスマートすぎて、その行為を辞めさせれられず呆然としてしまう。
そんな私に美しく微笑むと、エドガーは靴を丁寧に脱がし、そのままドレスに手を入れて……の所で、ある事に気づいたのか、眉を顰めてこちらを見た。
「ミス・イヴリン。ガーターベルトが壊れているじゃないか」
「あ、あぁー………」
「駄目だろう、レディたるもの脚をそう簡単に見せれる状況にしたら。男を誘っている様なものだ。変な男に襲われてしまうよ」
うん、今目の前のストーカーマゾ男に襲われてる。でもレディって言ってもらえて嬉しい。
私の反応に怪訝そうにしながら、エドガーはタイツを脱がしていく。そしてタイツが剥がれた足に、無数の噛み跡があるのを見つけ固まった。
……再び私を見るエドガーは、どこか野性みがかった目つきをしている。
「こんなにして、私に嫉妬してほしいのかい?」
「い、いやー……えっと……不可抗力と言いますか」
「……まぁ、君はまだ私のものじゃないから、どこで何をしていようが文句は言えないが」
うわぁ、大人だぁ。いつも上書きだのやり返すだのされていたので、その答えには感動して涙が出そうになってしまう。
エドガーは暫く私の足を見て考えていたが……やがて何かを思いついたのか、突然立ち上がり腕を掴んだ。
その行動に驚いていると、エドガーは熱を孕んだ目を見せてくる。
「今日はこっちでいいかい?」
「えっ」
その直後、私は絶叫した。
いやだって前回足で、今回脇って考えもしなかった。
しかも睨めば睨む程、恥ずかしさで罵倒すればする程に鼻息荒く興奮すると来たので、やはりマゾヒストとは奥深い。
大満足したエドガーに介抱されながらリストランテを出ると、サリエルとレヴィスが外面をやめて睨みつけていた。
思わず悲鳴をあげそうな程に恐ろしい形相だが、エドガーは気にせず微笑む。
「やぁ、随分と可愛らしいヤキモチだね」
とんでもない火に油を注ぐ発言に、私はエドガーに介抱されながら、深く大きくため息を吐いた。
次回でのほほん編(?)は終了です。




